ラティティア・ジャケトン インタビュー 吹きガラスと石がつくる花器という小宇宙 | Numero TOKYO
Art / Feature

ラティティア・ジャケトン インタビュー 吹きガラスと石がつくる花器という小宇宙

イタリアのムラーノ島で活動する、アーティストのLætitia Jacquetton(ラティティア・ジャケトン)。高度な職人技による吹きガラスと彼女が世界中でインスピレーションを得た天然石を組み合わせた花器は、いまにも動き出しそうな一瞬を完璧なフォルムで捉えている。ラティティアは、もともとはマルタン・マルジェラなどのファッションの世界でキャリアを積んでいたが、沖縄で出合った吹きガラスに魅了されてアーティストに転身。作家本人に、アートの世界に足を踏み入れるまでの経緯や創作活動、自然に対する想い、12月に日本で開催した個展について話を聞いた。

ムラノのガラス工房で使う窯の口に置いているレンガブロックを再利用した新作シリーズ《Les métamorphiques》
ムラノのガラス工房で使う窯の口に置いているレンガブロックを再利用した新作シリーズ《Les métamorphiques》

──ファッションの世界からアーティストに転向した理由は?

「マルタンマルジェラの後は友人のニットブランド『ローレンマヌージアン』で働いていました。ある時から、『もっと自分の手によって何か作ってみたい』という気持ちが芽生えたんです。デザイン画を描いて縫製工場に作ってもらうのではなく、0から自分で形を作られて、さらにサスティナブルな創作をしたいと願うようになりました。

私がパリから移住したムラノ島は、イタリア北部にあるヴェネツィア諸島の一つで、長い歴史があるガラス製造で知られる地です。古い教会やガラス工房があり、職人が数多く暮らしています。古き良きものに溢れた街と明るい人々、シンプルな暮らしは、ずっとパリのファッション業界で働いていた私にはとても素敵に感じました」

──沖縄で吹きガラスに魅せられたそうですが、どのようにしてアーティスト活動を始めるに至ったのですか。

「ファッション界を去った後、オブジェを作ってみたいと思いました。それまでと全く違うものを作りたかったんです。離職後は休暇を取り、日本のいくつかの地域を訪れました。特に印象的だったのは、京都と沖縄。京都では石の庭園を鑑賞し、沖縄ではガラスの工房を訪れました。京都の庭師たちの天然石を使った仕事は本当に素晴らしく、自分の創作活動でも天然石を使いたいと思いました。実際に沖縄のガラス工房では現地の職人に話を伺ったり、吹きガラスを実際に作らせてもらったりしました。すっかり吹きガラスに魅了され、私がやりたいことはこれだと思いました。そしてフランスに戻り、天然石と吹きガラスの作品を作る構想を練っていきました。

Photo:Lorenzo Basadonna
Photo:Lorenzo Basadonna

創作への情熱から南フランスの山中を歩くことで、自分の作品に最適な天然石を探し出すきっかけとなりました。また、ムラノガラスの存在を知り、ムラノ島でガラス工芸のコースを受講し、その後 CERFAV (欧州研究訓練センター) でガラスアートを学ぶことになりました。フランス東部の町、ヴァンヌ・ル・シャテルはガラス製造の歴史的な地域で、Daumの製造所の近くにあり、GalletやLalic、Meisenthalのガラス工場とクリスタルメーカーのSaint Louisなど繁栄した企業が集まる地域です。ここでガラスの美しさに本格的に惹かれて、2021 年にロックダウン最中にパリからムラノ島へ移住しました。それが、活動の始まりです」

ガラス工房の窯で使われたレンガブロックの山。Photo:Lætitia Jacquetton
ガラス工房の窯で使われたレンガブロックの山。Photo:Lætitia Jacquetton

──ムラノガラスと他のガラスの違いとは?

「私が愛するムラノガラスは、他のどんなガラスとも異なっていて、かなり重量があります。そして代々伝わる秘密の製法が保持されていて、一見クリスタルガラスに似ていますが全く異なるものです。特別なプラスティシティ(形成のしやすさ)がありながら、繊細さもあり、私の作品にとても適応すると思いました。実を言うと、フランスでもガラスを使った作品作りを試みましたが、相性があまり良くありませんでした。

沖縄ガラスはフランスのBIOTガラスによく似ています。どちらも気泡があって美しく大好きなガラス製品ですが、重さがない柔らかい素材で、少し触れただけで形が変わるのでとても形成が難しいです。ムラノガラスは、引き伸ばしたりして自由自在に形を変えられ、さらに色付けしやすくピュアな輝きがあることも素材として選んだ大きな理由でした」

Photo:Lætitia Jacquetton
Photo:Lætitia Jacquetton

──天然石を求めて世界各地を赴くことについて教えてください。

「作品は天然石との出合いから始まります。山の中や川、寺院の中など、石自身から受ける印象やストーリーはそれぞれ全く異なるものです。京都滞在中、天然石とガラスを組み合わせることに考えを巡らせていましたが、技術的、物理的な難しさも感じていて。私が愛する自然のエレメントである花や水を用いる可能性を模索した時期もありました。

天然石を探す場所は、南フランスに幾つかのスポットがあります。それからイタリアのドロミテで見つけることも好きで、持ち帰ってそのままムラノ島に入ることもあります。最近はニュージーランドなど世界中を旅する中で、魅了された石を用いることが多いですね。そうやって、石を探すことをライフワークにしていると、だんだん私が石を選んでいるの同時に、石が私を選んでいるような感覚になっていきます。もともとあった場所や経てきた年月をを石自体が知らせてくれ、まるで語りかけてきてくれるようにも感じます。瞬間的なことですが、『あっ』と感じるんです。

信条としては、火山の近くなど地質的に魅力的な地では、よりその地域を象徴する性質の天然石を選んでいます。中には異なる石の性質が混ざっていることも。こうした地球の変化や地経学的な動きの証しを反映する天然石は非常に面白い。天然石を求めてどこかへ赴くとき、特徴的な石質を調べてから、グーグルマップで行き先を決めることが多いです。目的の地ではインスパイアされ、そして求めていた天然石との出会いがあるんです。もちろん、天然石を採るときは各国のルールを重んじています。まだ日本の石は使ったことがないので、いつか使ってみたいですね」

──あなたが実践するサステナブルな創作とは?

「天然石は、ドロミテや南フランスなどの自然の中で見つけたものをよく使っています。一つのスポットから一度に多くの天然石を手にする訳では決してありません。また、採石場は環境災害の原因となることが多いため、常に採石場を避けるようにしてきました。しかし、生産量が増えた今では、採石場の残り物を自分の仕事に使用するほうが倫理的に思えるようになり、環境問題に正しい方法で取り組むサプライヤーとも出会うことができました」

──どんな天然石を選んでいるのでしょうか。

「天然石は手に取れば、その石が経てきた年月やストーリーが、エナジーとなって伝わってきます。それこそが石の持つ素晴らしさです。もともとその地に存在していた、静けさを持つ石に魅了されます。分かりやすい強さがある見た目のものより、静寂を感じる石に特別な力を感じます。よりシンプルな石の方がポジションやダイナミックな動きを見つけて、作品へ発展することにやりがいを感じます。ときには複数個を散在させたりして、より多くの気づきを得られます。これは、日本の石鑑賞芸術である水石の影響を受けています」

Photo:Netzstudio
Photo:Netzstudio

──一方で、ガラスの魅力や造形美、形にすることの難しさと意識していることを教えてください。

「吹きガラスの技術は、長い時間をかけた鍛錬が必要です。また、天然石はデリケートなので熱したガラスに耐えられないものもあります。中には高温のガラスで石が壊れてしまうものも。なので、常に石を失うリスクがあるんです。それに石の上でガラスを成形するには、ガラスがある程度固まるまで20秒ほど吹き続けなくてはなりません」

Photo:Netzstudio
Photo:Netzstudio

──天然石とガラスを組み合わせることで生まれる相乗効果とは。

「たくさんのコンセプトがあるわけではありません。それぞれ強さのある素材と弱さのある素材を掛け合わせています。過度にデザインをせず、本物の感情的なものをもたらすと考えています。あわせる花がなくても、私の作品を鑑賞する方にとって大切なこととコネクトできるはずだと考えています」

──作品で表現したいことは何ですか。

「自然に対する畏敬の念。自然界で流れてきた長い時間と今も流れている時間、静けさ、そして文化的、物質的に発達した社会の状態でしょうか。石を持って家に帰ってくると、人であることや、地球上で生きる中でなぜ自分がここにいるのかをよく考えています」

Photo:Maud
Photo:Maud

──どういうプロセスで作品は完成するのですか。

「天然石を持ち帰ったら、すべての石のドローイングを繰り返しします。そうすることで石の理解が深まり、作品の方向性を模索してアイディアを膨らませます。山で探した石は、一つずつ加工しています。熟練のガラス職人とともに、ガラス工房の釜で液状にしたガラスを吹き竿というパイプの片側に付け、パイプの反対側から息を吹き込むことでガラスを成形します。溶けたガラスが石の上に固定され、固まるにつれて形が決まります。途中で吹き竿をガラスを切り、1時間ほどかけて冷まして固めていき、切り離した部分に磨きをかけます」

──新シリーズ Les métamorphiques(レ・メタモルフィックス)について教えてください。

「直訳すると、フランス語で『変身』という意味です。ムラノのガラス工房で使う窯の口に置いているレンガブロックと天然石、吹きガラスを組み合わせたプロジェクトです。窯のレンガブロックには、常に液状化したガラスが溶け落ちています。このレンガブロックは普段なら使ったら捨てられるものですが、まるで鉱石のように色が美しく混ざりあい、ユニークな輝きがあります。偶発的に生まれた廃材を美しいと思い、作品に用いることにしました」

──TSUBAKIとのコラボレーションについても教えてください。

「彼らにはまず、私の作品を受け入れてくれたことに感謝したいです。ヨーロッパとのフラワーアレンジメントは、より多くの花の種類と色に溢れています。その一方で、日本は梅の花の枝一本だけを使うなど、量は少ないですが季節に合ったものを用い、自然へのリスペクトに溢れています。作品のアイディアができる過程の多くを京都で過ごしたので、また日本を訪れられたことに大きな幸せを感じています」

Numero CLOSETでラティティア・ジャケトンの作品をチェックする

Photos:Namiko Kitaura
Interview&Text:Aika Kawada
Edit:Masumi Sasaki

Profile

ラティティア・ジャケトン Lætitia Jacquetton 1970 年、フランスのディジョン生まれ。マルタン・マルジェラなどファッションの世界でキャリアを積んだ後、パリのギャラリー・ファイエットでアートディレクターを務める。その後、沖縄の吹きガラスと出会いアーティストに転向。世界各地で採取した石にガラスを手吹きで重ねる作品を手がけている。
TSUBAKI 2014年4月創業。宮原圭史・山下郁子がTSUBAKIとして海外メゾンのイベントのしつらえや、個人邸から施設の庭づくりまで、さまざまな場で花と植物の生命力を表現。都会の暮らしの中で自然本来の姿を感じてほしいと、ビオトープ「OYAMA」も提案する。

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