映画『アット・ザ・ベンチ』奥山由之×生方美久に聞く、誰かの日常と愛おしい会話
写真家、映画監督として第一線で活躍する奥山由之による映画『アット・ザ・ベンチ』は、変わり続ける東京の中で変わらずに佇むベンチだけを舞台に、ある日のある人たちによる会話劇で描くオムニバス長編。第1編と第5編の脚本を手がけた生方美久とともに、監督自ら作品に込めた思いを語る。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2025年1・2月合併号掲載)
一つのベンチを舞台にした自主制作映画の始まり
──奥山さんが生方さんに脚本をお願いした理由は?
奥山由之(以下O)「生方さんの『silent』と『踊り場にて』を拝見して、登場人物だけでなく、情景や物語に対して温かなまなざしを向けて書かれていると感じました。気がつくとその登場人物と自分自身がつながり合う部分を無意識に接続させて見るようになって、どの人物にも愛おしさを感じていました。それと、人間を決して記号的、一面的には描かずに、多面性や矛盾に注視していることからも、各人物の好きな部分、嫌いな部分を全て引き受けて、愛情を持って書いてらっしゃるんだなと感じました。人間の面倒さにしっかりと向き合う創作体力に驚いたんです。
また、僕らが日常で話している口語体と台詞然とした言葉のあわいのような感触が台詞にあって、それがまた心地よくて、自分が演出をさせていただく際のイメージが広がりました。それから『踊り場にて』を見たときに、言葉が持ってるユーモアの側面に注視している人なのではないかと思ったことと、一つの場所、シーンに尺をじっくりとかけるスタイルが好きな方かなと思ったので、一つのベンチを舞台に登場人物たちやこの作品全体を愛おしく思ってもらえる入り口ともなる第1編のお話を書いていただけるのは生方さんしかいないと思いました」
生方美久(以下U)「自分の作品に対する感想が『本当に深く見てくださっているんだな』と思える内容で、とても信頼できる方だと思いました。タイミング的に自主制作の依頼が来ることは珍しかったので興味が湧いたこともあってお受けいたしました」
多面的で矛盾している人間の愛おしさを描く
──今作も含めてお二人の表現からは想像力を膨らませる余白を感じるのですが、意識されているのでしょうか。
U「テレビドラマはどうしてもはっきりした結末を求められがちで、それはそれで面白さがあると思っていますが、映画は観客が余白を楽しむものだと思っています。今回はありがたいことに1編と5編の間に時間の経過があるような作品だったので、その間に何があったかを考えてもらえるものにしたいなとは思いました」
O「1編目と5編目は広瀬さんと太賀くんを基本的に背後から撮っていて、二人の表情や感情を想像させる余白を持たせている意識があります。生方さんの脚本には、精神的に誰かの背中に手を添えるような優しいまなざしがあったからこそ、そういった撮影手法を自然に選んだんだと思います。
僕はあまり人と目を合わせて話せない性質があるのですが、直さなきゃと思いながらも、正直にもの作りをすると、そういった人や世界の捉え方の癖が表出するんだと思います。例えば写真にしても被写体に真正面からこっちを見られるとあまりリアリティを感じられなくて。その人の姿形が情報としては伝わってきますが、本質的に伝えたいことが逆に抜け落ちてしまっている気がするんです。物理的に捉えにくい角度から認識したほうが、その人の身振り手振り、声の出し方に集中できるときもある。表情にしても、見えていない部分、つまり想像の余白があるからこそ、逆に見えてくるものがある。だから1編目と5編目は自分自身の視点、人の捉え方と近しく、安心して見ていられます」
──登場人物たちの会話をのぞき見しているようなリアリティを感じました。
O「莉子も徳人も、とても愛おしかったですよね。1編目と5編目は別の時期に撮られているのですが、実際に物語の設定上空いている期間くらい空けて撮影しています。不思議だったのは、1編目を作り終えて、久しぶりに5編目で二人を撮影したときに、広瀬すずと莉子、仲野太賀と徳人、その本人と役柄の境界線が曖昧になる錯覚に陥りました。モニターを見ていて、心から100%『あぁ、久しぶりに莉子と徳人に会えたなぁ…』と思っている自分がいる。でも、ふと『あ、これは撮影だ』と気づく。一体これは何を見ているのだろうかと。台詞として書かれた言葉なのか、その場で本人たちが思ったことを話しているのか、いま自分はどこにいて誰の何を見ているのかわからなくなるような感覚がありました。
広瀬さんと太賀くんも『自分が今しゃべっていることは、脚本に書かれていることなのか本当に自分が思ったことなのかの境目が曖昧でわからなくなった』みたいなことを言ってくれていました。それは視界の先にカメラがなかったからということだけではなく、生方さんが1編目を見た上で、より登場人物やキャストの個性を踏まえて5編目の脚本を書いてくれたことも影響しているんじゃないかと思います」
──生方さんの作品は登場人物が愛おしくなってしまうものばかりですが、なぜそういう作品が生まれるのだと思いますか。
U「登場人物たちは極力『どこかにいる人』にしたいと思っています。長所も短所も持っている何も悪いことをしていない人たちが、何かのきっかけで人間関係がねじれるということを描きたいんです。物語というよりは人間関係を描くというところを掘り下げていくと、ああいう作品が生まれるんだと思います」
──今後手がけてみたい作品アプローチはありますか。
O「今の生方さんのお話とつながるかもしれませんが、僕の創作テーマとして『矛盾に向き合うこと』と『虚実皮膜』があります。矛と盾、光があれば影があるように、何かが存在していたら、必ずその反対、相対する物事が用意されていて、その間には緩やかなあわいが存在している。この世界は一概には説明できない物事であふれています。何かと遭遇したとき、何かと向き合ったとき、表面があるということは必ず裏があって、奥行きを持たせて捉えたら側面が立ち現れて…というように多面体であることに気がつきます。
情報過多な現代を生きる上で『これはこういうもの』と、どんどん一単語でカテゴライズしないと時間的にそれらの情報を処理できない状態にある気がするので、自分自身でしっかりと考えて、じっくり一つ一つの物事を掘り下げる視座を持った作品作りができたらいいなと思っています。生方さんはそういうことを続けていらっしゃるのだと思うので、尊敬しています」
U「ありがとうございます。私は今10代の役者さんにとても興味があります。学園ドラマというジャンルにおいて、一昔前は10代の役者さんが高校生役で主演するという作品が多くあったのに、今はお客さんを呼べる20~30代の俳優さんが先生役で主演というケースが増えています。
私は実際に当時10代の俳優さんが多く出演していた『野ブタ。をプロデュース』などを見ていた世代ということもあり、たった半年でも随分と顔が変わるような10代の俳優さんが演じることで生まれる一瞬の煌めきみたいなものを切り抜く作品に関われたらうれしいなと思っています。『いちばんすきな花』で中学生役を演じてくれた白鳥玉季ちゃんと黒川想矢くんは実際に中学生だったんですが、愛おしくて仕方なかったし、深く刺さるものがあったんですよね」
『アット・ザ・ベンチ』
舞台は、川沿いの芝生の中に佇む一つの小さなベンチ。久々に再会した幼馴染の男女、別れ話をするカップルとそこに割り込むおじさん、家出をした姉と、そんな姉を探しにやって来た妹、ベンチの撤去を計画する役所の職員たち。さまざまな人々のちょっとした日常を切り取るオムニバス長編。
監督/奥山由之
出演/広瀬すず、仲野太賀、岸井ゆきの、岡山天音、荒川良々、今田美桜、森七菜、草彅剛、吉岡里帆、神木隆之介
脚本/生方美久、蓮見翔、根本宗子、奥山由之
全国公開中
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Photos:Shunsaku Hirai Interview&Text:Kaori Komatsu Edit:Chiho Inoue