「ミス ディオール展覧会」で注目のアーティスト、江上越インタビュー | Numero TOKYO
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「ミス ディオール展覧会」で注目のアーティスト、江上越インタビュー

1947年、メゾンの設立と同時に誕生した永遠の名香「ミス ディオール」。このたび、新 ミス ディオール パルファンの誕生を記念して、クチュール作品やアーカイブ コレクション、アーティストたちの作品を展示する「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」が、ここ東京で幕を開けた(※1)。一つのフレグランスから大規模な展覧会を花開かせた、前代未聞の試み。本展に抜擢された気鋭のアーティスト・江上越(えがみ・えつ)が、「ミス ディオール」と響き合う自身のヴィジョンを語ってくれた。

(※1)関連記事/Numero.jp「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」6月16日開催! ミス ディオールは新章へ

出展作品とともに。江上越『Rainbow』油彩、カンヴァス  2024年
出展作品とともに。江上越『Rainbow』油彩、カンヴァス 2024年

展覧会のクライマックスを飾る、気鋭の日本人アーティスト

──江上さんの作品が展示されているのは、展覧会全体の流れのなかでも、クライマックスともいえる場所。ご覧になって、どんな印象がありますか。

「びっくりしました。『ミス ディオール展覧会 ある女性の物語』という展覧会名が表しているように、心躍るような旅の終盤に私の作品が置かれたことはとても光栄なことです。ご覧になる方に対しても、ディオールに収蔵された本作品が印象的な問いかけになったなら、うれしいですね」

──作品のタイトルは『Rainbow』。どんなコンセプトで制作されたのでしょう。

「私は『日本戦後第三世代の芸術家』と呼ばれています。この言葉には、現代の国際性と多様性を背景に、自分の体験を生かして人間と社会の本質を問いかける姿勢が表されていると感じます。そして、私の制作のキーワードであり、今回の作品のコンセプトにもなっているのが“虹色”です。

虹を構成する色は、交わることなく平行線を描きながらも共存し、自由に延伸していきます。それぞれの色が美しく輝き、希望や夢に満ちている。鮮やかな色、動的なストローク、流動的なリズムのなかで固有の形が崩れていくとともに、新しい形が生まれてくる。その美しさを、女性の多様な美しさに重ねました」

──「ミス ディオール」の世界観をどのように捉え、作品に反映していきましたか。

「香りをいかに可視化するのか。『ミス ディオール』の香りやイメージから感じたのは、エレガントであり自由奔放、繊細さと強さといった、相反する性格です。それはまた、伝統と革新を持ち合わせる現代の女性像のようだと思いました。そしてもう一つ、感じたこと。それは『ミス ディオール』の持つ魔法です。時代を牽引し、女性たちの多様な魅力を引き出してきた力に、強い共感を覚えました。

そこから虹色をテーマに、女性に秘められた多様な美しさを表現したいと思いました。美しさとは何か、人間とは、時代とは何か——そうしたことを問いかけています」

「ミス ディオール」の広告キャンペーンでナタリー・ポートマンが着用したオートクチュールドレスとアート作品が並ぶ、夢幻のような展示空間。正面奥に江上越の作品が。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)
「ミス ディオール」の広告キャンペーンでナタリー・ポートマンが着用したオートクチュールドレスとアート作品が並ぶ、夢幻のような展示空間。正面奥に江上越の作品が。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)

「ミス ディオール」が開いた、新たな表現の可能性

──今回の制作で新たに試みたことや、従来の作品と異なるアプローチがあれば、教えてください。

「私は基本的に“直接画法”という技法で作品を制作しています。入念に下準備を重ねて、描く時は水墨画のように一気に完成させていく。描き直したり重ねたりといったことはほとんどしません。そのために下絵をたくさん描くのですが、今回は新たな可能性を探求するために、下絵の段階で生成AIを併用しました。さまざまな人種や体形の女性たちの画像を読み込ませ、出てきたイメージを自分の中で膨らませる。そうすることで、自分の描く習慣にブレーキをかけながら、新たなリズム感を得ることができました。

下絵を描く過程で葛藤と向き合うからこそ、それが本画へ向かう自信につながっていく。油絵というクラシックな素材を用い、本質を追究することによって、まったく新しい表現を見出そうと試みています」

出展作品とともに。江上越『Rainbow』油彩、カンヴァス  2024年
出展作品とともに。江上越『Rainbow』油彩、カンヴァス 2024年

──中国の北京とドイツのカールスルーエで芸術を学び、その後は世界各国で旺盛に展示を行っています。そのなかで東京という都市、そして「ミス ディオール」の展覧会で作品を発表する意義をどのように感じていますか。

「東京は、アジアで最も早く近代化を遂げた都市の一つです。近代から今日まで世界が大きく変わるなか、東洋と西洋の美意識がぶつかりながら交流と融合を深めることで、多様な美しさと魅力を育んできました。その歴史的な意味に思いを馳せながら、東洋人として世界的なメゾンと同じ舞台で共演させていただくことは、もちろん貴重な体験ですし、今後の制作を考える上でも大きなきっかけになると思います。

私の作品は油絵であり、これはもともと西洋の素材と技法です。ですが、私の中では『西洋絵画を描いている』とはまったく感じないほど、東洋と西洋の要素が完全に融合しています。その意味でも『ミス ディオール』との協働は、日頃忘れかけていたものへ目を向け直す機会になりました。東洋人が油画を描くことで、西洋ではなく東洋の油画が生まれる。では、東洋油画とはどういうものなのか……日本の近代化と美術にまつわる問題が、呼び起こされてくるように思います。

一方で、ディオールのように歴史あるメゾンでは、時代とともに人々の手によってイマジネーションやクリエイションが更新されていきます。変わらないもの、変わりゆくもの……流動的、即興的でありながら、それが普遍のものになるということについて、とても考えさせられますね」

「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」のエントランス空間。「ミス ディオール」のイマジネーションと歴史を巡る、めくるめく物語が始まりを告げる。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)
「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」のエントランス空間。「ミス ディオール」のイマジネーションと歴史を巡る、めくるめく物語が始まりを告げる。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)

響き合う物語のなかで、自分の美と向き合う展覧会

──そうして描かれた絵がこの空間に置かれることで、今度は来場者との間にどんな化学反応が生まれていくのでしょう。

「『ミス ディオール』の魔法に、私の絵が“もう一つの魔法”をかける……そんなイメージです。時代とともに移り変わる美の価値や、着飾ることの多様性——好きな人のために装うこともあれば、自分のために装うこともあるなど、決まった見方にとらわれず、それぞれが持つ美しさを輝かせるための勇気や自信を見つけてくれたらと思います。

人の数だけ物語があり、そして、香りというものにはその人の記憶を封じ込め、甦らせる力があると感じます。同じ香りであっても、『デートの時に私がつけた香りだ』と思う人、『あの人の香りだ』と感じる人がいる。そうした魅惑的な香りの世界が、今回の作品に大きな影響を与えてくれました。私のストロークも、柔らかな曲線へと発展したスタイルになっていると思います」

──AIに対して人間には、何かを“感じる”力があります。感じることで、さまざまな感情や記憶を紡いでいく。絵にもまた、人間の持つフィジカル(身体的)な体験に働きかける力がありますね。

「そう思います。私の描く作品は、近くで見れば絵筆のストロークが強く見える一方で、離れて見ると人間の姿や動きが見えてきます。でもAIは、この絵から女性像を見出すことはありません。その差がすごく面白い。今後もAIを併用しながら、人間にしかない普遍的なクリエイティビティを描きたいと考えています。

特に今回は、香りの感覚をとおして、より深い記憶と結び付いた人間の本質に近づく体験になりました。それも言葉ではなく、より原始的な感覚……いわば触覚に近い皮膚の記憶を、ダイレクトに描き出すイメージでしょうか」

展覧会には、クリスチャン・ディオールが描いたデッサン画、歴代のボトルなどに加え、アーティストによる作品も多数展示。写真は、ルネ・グリュオーとマッツ・グスタフソン、2人の作品で構成されたスペース。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)
展覧会には、クリスチャン・ディオールが描いたデッサン画、歴代のボトルなどに加え、アーティストによる作品も多数展示。写真は、ルネ・グリュオーとマッツ・グスタフソン、2人の作品で構成されたスペース。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)

──そうした思索やイメージを、世界中を巡りながら膨らませ、作品へ反映していくわけですね。

「はい。今もこの『ミス ディオール』展に加えて、スイスではチューリッヒのZWEI WEALTHでの個展があり、ニューヨークのAlbertz Bendaにて7月13日までグループ展に参加しています。日本国内では、7月26日から8月14日まで銀座 蔦屋書店のGINZA ATRIUM(GINZA SIX 6F)で個展が、8月10日から10月28日まで群馬県の富岡市立美術博物館にて展覧会を開催予定です。ここで得た感覚や気づきが今後、どう広がっていくのか……私としてもとても楽しみです」

──これから作品をご覧になる方へ、メッセージをお願いします。

「ぜひ、作品との距離感を楽しみながら見ていただけたら。色彩とストロークの表現は、私の作品にとって重要なコンセプトであり、芸術言語です。認識とは何か、認識的な距離が可視化された物理的な距離を作品の中でどう表現しているのか……そういったことに思い巡らせていただけたら、うれしいです。

また、ギャラリーでの展示は白い壁が基本ですが、私自身、このように香りで始まり、物語性のある空間で展示をするのは初めての体験になりました。『ミス ディオール』の物語をメインストリームに、ご覧になる一人一人の物語が響き合い、私の作品を感じていただく。私にとっても、本当に特別な体験になりました」

※掲載情報は6月27日時点のものです。
最新情報は公式サイトをご確認ください。

「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」
新 ミス ディオール パルファンの誕生を記念して、ディオールが受け継ぐクチュール作品やアーカイブ コレクションに加え、井田幸昌やサビーヌ・マルセリス、荒神明香、江上越ら、国際的に活躍するアーティストたちのアート作品を展示する。会場内のカフェやブティックに加え、会期に合わせてディオール公式オンラインブティック内に「バーチャル ミュージアム ブティック」も展開。

なお、予約・入場・会場内での製品購入には、スマートフォンからディオールビューティー公式LINEアカウントへのお友達追加とLINEコネクトが必要。詳細は公式サイトを参照のこと。

会期/2024年6月16日(日)〜7月15日(月・祝)
会場/六本木ミュージアム 東京都港区六本木5-6-20
時間/10:00〜21:00 ※最終入場20:00
料金/無料
URL/https://www.dior.com/ja_jp/beauty/miss-dior-exhibition.html



Edit : Naho Sasaki Interview & Text : Keita Fukasawa

Profile

江上越Etsu Egami 日本戦後第三世代のアーティスト。千葉県生まれ。ドイツのカールスルーエ造形大学と中国・北京の中央美術学院へ留学。2021年「Forbes Asia 世界を変える30歳以下の30人」を最年少アーティストとして受賞。2020年「VOCA展」(上野の森美術館)に出展、2021年には文化庁新進芸術家ニューヨーク派遣。同年、オークションで作品が5820万円で落札される。2023年、BEST ARTIST PRIZE受賞。

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