「ミス ディオール展覧会」を手がけた建築家、重松象平インタビュー | Numero TOKYO
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「ミス ディオール展覧会」を手がけた建築家、重松象平インタビュー

1947年、メゾンの設立と同時に誕生した永遠の名香「ミス ディオール」。このたび、新 ミス ディオール パルファンの誕生を記念して、クチュール作品やアーカイブ コレクション、アーティストたちの作品を展示する「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」が、ここ東京で幕を開けた(※1)。一つのフレグランスから大規模な展覧会を花開かせた、前代未聞の試み。ニューヨークを拠点に活躍し、香り立つような空間デザインを手がけた建築家・重松象平に、空間へ込めた思いや見どころを聞いた。

(※1)関連記事/Numero.jp「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」6月16日開催! ミス ディオールは新章へ

ナタリー・ポートマンも魅せられた至極の空間

──展覧会の開幕にあたり、重松さん自ら、「ミス ディオール」のミューズであるナタリー・ポートマンをアテンドされていました。和気あいあいとした様子でしたが、どんなお話をされたのでしょう?

「ナタリー・ポートマンさんは建築がお好きとのことで、今回の展示空間にも大いに関心を寄せていました。『パルファンの香りを空間としてどう表現するか、そこが難しくもあり、面白くもあったポイントです』とお伝えしたところ、しっかり耳を傾けてくださいましたね。

展示の一点一点に至るまで目を通していましたが、特に感銘を受けた様子だったのが、これまでの広告キャンペーンで自ら着用したドレスが並ぶ最後の部屋。ご自身のパーソナルな思いも込めながら、ドレスと合わせて展示されているアート作品を興味深く見つめていました。また、『ミス ディオール』のボトルの象徴であるリボンが螺旋状に連なる『クチュール ボウ』の展示室では、ご自分でも写真を撮っていらっしゃいました」

ナタリー・ポートマン。展覧会のオープニング プレビューにて。
ナタリー・ポートマン。展覧会のオープニング プレビューにて。

──重松さんといえば、2022年から23年にかけて東京都現代美術館で開催された「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展で手がけた会場デザインも記憶に新しいところです。その際はオートクチュールを中心に約300点以上のドレスが中心の展示でした。そして今回は「ミス ディオール」の新しいパルファンの誕生を記念した展覧会。ディオールとの関わりをどう感じていますか。

「『クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ』展は、ディオールというメゾンの総体を多角的に捉えつつ、個別のテーマをたどっていく構成でした。それに対して今回は、フレグランスという一つの領域を掘り下げ、深く対峙する取り組みです。『夢のクチュリエ』展が母体のように存在していて、そこから一つの要素を深めていく流れは、自分にとってとてもいい体験でした。総体とディテールでは見え方が異なる一方で、新たな視点からブランドの一貫性も見えてきます。『夢のクチュリエ』展をご覧になった方にもぜひ、その流れを体感してほしいですね」

──「ミス ディオール」の世界観を掘り下げ、空間を作り上げていくなかで、どんな点に注目されましたか。

「空間デザインとしてまず面白かったのが、香りという見えないものを表現すること。 『ミス ディオール』という世界観の中心にパルファンがあり、その周囲にフレグランスボトルやリボンのデザイン、歴史的なドレスやキャンペーン、インスピレーション源などのストーリーが存在しています。その一つ一つにいろいろな思いが込められており、この世界ができあがっているわけです。

また、個人的に面白いと感じたのが、香りの持つレイヤー構造です。さまざまな花のノートを重ねることで、その香りがどう始まり、どう終わるかという流れを、パフュームのクリエイション ディレクターが長い時間をかけて作り上げていく。そのプロセスは、建築にも少し似ています。トップからベースへと移ろいゆく香りのレイヤー構造からインスピレーションを得て、それぞれの展示室の印象が連続し、重なりながらつながっていくイメージを作り上げていきました」

フランス人ヴィジュアルアーティスト、エヴァ・ジョスパンが手がけたミス ディオール パルファン限定エディションの展示。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)
フランス人ヴィジュアルアーティスト、エヴァ・ジョスパンが手がけたミス ディオール パルファン限定エディションの展示。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)

名香の誕生、クチュール、アート——めくるめく展示体験へ

——展示室の順を追って、それぞれの空間で試みたポイントを教えてください。

「エントランスはピンク一色の部屋で、大きなボトルが回転しています。ここでスケール感をずらして、香りというミクロな別世界へ入っていくイメージです。そこから、フランス人アーティストのエヴァ・ジョスパンによる“シルクの部屋”へ。『ミス ディオール』をイメージした繊細な花々の刺繍が天井のドームから壁一面にまであしらわれており、アーティストと『ミス ディオール』との対話を表現しました」

1949年オートクチュール春夏コレクションで発表された「ミス ディオール」ドレスを中心に、花々の香りに包まれるシフォンのホール。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)
1949年オートクチュール春夏コレクションで発表された「ミス ディオール」ドレスを中心に、花々の香りに包まれるシフォンのホール。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)

「次のホールは、空間全体がドレスのようなシフォンに包まれており、その中でさまざまな花のノートを香っていただく趣向です。香りを可視化した空間のようでもあり、花の中にいるようにも感じられるでしょう」

ピンクのリボンに導かれ、「ミス ディオール」の誕生から今日へ至るメゾンの歩みをたどる「クチュール ボウ」のトンネル空間。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)
ピンクのリボンに導かれ、「ミス ディオール」の誕生から今日へ至るメゾンの歩みをたどる「クチュール ボウ」のトンネル空間。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)

「その次は打って変わって、長いトンネルにピンクのリボンが螺旋状にあしらわれた『クチュール ボウ』の空間。クリスチャン・ディオールの妹カトリーヌに由来する『ミス ディオール』の命名のストーリーから、彼自身が描いたデッサン画、歴代のボトルなどが展示されており、リボンが過去から未来へ続く時間軸のメタファーの役割を果たしています。鏡に向かい、永遠に続くリボンとともに写真を撮りたい方は中央で、じっくり展示を見たい方は両脇で、というように空間を分けてみました」

ディオール初のレディトゥウェア コレクションとなった、1967年の「ミス ディオール」コレクションと、鮮やかなロゴパターンに覆われたポップな空間。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)
ディオール初のレディトゥウェア コレクションとなった、1967年の「ミス ディオール」コレクションと、鮮やかなロゴパターンに覆われたポップな空間。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)

「次は、『ミス ディオール』という名で1967年に発表された初のレディトゥウェア コレクションの展示です。60年代のポップアート、サイケデリックなカルチャーを、『ミス ディオール』のロゴを空間全体にパターンとして用いることで表現しています。ロゴは単体であればブランドの象徴として強い印象を発揮しますが、それをあえてパターン化することでロゴが消え、非日常的な距離感やスケール感が現れる。建築家として、ブランドの商業性を異なる印象のイメージに昇華したかったのです」

ドレープに包まれたピンクのスペース。クリスチャン・ディオールの盟友ルネ・グリュオーと現代のマッツ・グスタフソン、2人のイラストレーションが展示されている。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)
ドレープに包まれたピンクのスペース。クリスチャン・ディオールの盟友ルネ・グリュオーと現代のマッツ・グスタフソン、2人のイラストレーションが展示されている。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)

「そして、ブランドのアイデンティティを司る二人のイラストレーターによる作品の部屋。クリスチャン・ディオールの友人だったルネ・グリュオーと、現代のマッツ・グスタフソン、時代を超えたダイアローグを二色のピンクのカーテンで表現しています。といっても実物のカーテンではなく、天井から壁、床へ、美しくカーブを描いて連続するドレープで覆われた非日常的なトンネルのような空間を作り上げました。

続いては、白昼夢のような部屋へ。『ミス ディオール』の広告キャンペーンでナタリー・ポートマンが着用したオートクチュールドレスとともに、サビーヌ・マルセリス、荒神明香、江上越らアーティストの作品が展示されています。クチュールもボトルもアートも、すべてのクリエイティビティが同じ空間内に存在し、共鳴し合う——これはディオールのようなブランドでなければ実現し得ない世界観だと思います。その真骨頂を見せるべく、和紙を用いて大きなうねりを作り出し、“抽象的な花畑”ともいうべきイメージを表現しました」

波と雲のような夢幻の広がりの中で、ナタリー・ポートマンが着用したオートクチュールドレスとアート作品との饗宴に巡り合う。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)
波と雲のような夢幻の広がりの中で、ナタリー・ポートマンが着用したオートクチュールドレスとアート作品との饗宴に巡り合う。(Photo:Daici Ano for Parfums Christian Dior)

「ミス ディオール」のフィロソフィと向き合うなかで

──メゾン創業者のクリスチャン・ディオールに始まり、「クチュール ボウ」や千鳥格子のモチーフ、愛犬ボビーをかたどった特別ボトルなど、貴重な資料も公開されていますが、それらを情報として読ませるのではなく、より幻想的に感じ取ることができる空間になっています。これもやはり、香りという五感の要素がテーマだったからでしょうか。

「そう言っていただけるとうれしいですね。確かに、小さな香水瓶や写真などのアーカイブをとおして目に見えない香りに思いを馳せてもらうために、空間として感じる要素が強くなった可能性はあります。何より、クリスチャン・ディオールのインスピレーションの源だった女性たち、その生き方や自分らしさの表現、愛に至るまでといった側面を感じてほしかったので、自分の中のギアがその方向へシフトしたのかもしれません」

高木由利子の作品とともに。
高木由利子の作品とともに。

──重松さんは、昨年秋に竣工した虎ノ門ヒルズ ステーションタワーや、2025年春に完成予定の原宿クエストなど、建物にとどまらず都市の景観や人の流れを左右する巨大なスケールの仕事を手がけています。今回の展示空間では、そうした仕事では見られないシフォンや和紙など、繊細かつフラジャイルな素材を使っていますね。

「私としては、超高層ビルでも展覧会でも、デザインのプロセスに大きな差はありません。ただおっしゃるとおり、素材の使い方や作り方は変わってきます。また、建築のプロジェクトでは使いやすさ、安全性、汎用性などが求められますが、このようなテンポラリーな展覧会のデザインではよりプレイフルに、遊び心を表現することができると感じています。最近は逆に『建築の仕事でも、もっとこういう遊び心を発揮しなければ』と考えさせられているところです。

例えば、部屋ごとの印象が大きく変わっても、総体としての体験はつながっている。それは『ミス ディオール』、ひいてはディオールというブランドの確固たるフィロソフィがあるからこそ、可能なことです。日頃から、非日常の世界をどう作り上げるか、リアリティとフィクションの狭間をどう感じてもらうかということに興味を抱いてきましたが、その意味でも新しい試みに取り組むことができたと感じています」

──それがファッションブランドの仕事に携わる意義でもある、というわけですね。

「ファッションには、建築と違ったスピード感と遊び心がある。私自身、ずっとファッションに心惹かれてきました。建築を学び始めた頃、90年代に遡るなら、マルタン・マルジェラやドリス・ヴァン・ノッテン、ウォルター・ヴァン・ベイレンドンクなど、アントワープのファッションデザイナーたちに心惹かれていました。クラブへ通うなかでヴィヴィアン・ウエストウッドの服に魅せられ、音楽やカルチャーと深く結び付いたファッションの面白さを実感する日々でしたね。

その上で今回は、歴史あるメゾンがクリエイティブな感性を持つ人たちとの協働によって新しい表現を作っていく姿勢に触れる、大変貴重な体験になりました。ましてや、その一端に自分を加えていただいたこと、これに勝る喜びはありません」

※掲載情報は6月21日時点のものです。
最新情報は公式サイトをご確認ください。

「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」
新 ミス ディオール パルファンの誕生を記念して、ディオールが受け継ぐクチュール作品やアーカイブ コレクションに加え、井田幸昌やサビーヌ・マルセリス、荒神明香、江上越ら、国際的に活躍するアーティストたちのアート作品を展示する。会場内のカフェやブティックに加え、会期に合わせてディオール公式オンラインブティック内に「バーチャル ミュージアム ブティック」も展開。

なお、予約・入場・会場内での製品購入には、スマートフォンからディオールビューティー公式LINEアカウントへのお友達追加とLINEコネクトが必要。詳細は公式サイトを参照のこと。

会期/2024年6月16日(日)〜7月15日(月・祝)
会場/六本木ミュージアム 東京都港区六本木5-6-20
時間/10:00〜21:00 ※最終入場20:00
料金/無料
URL/https://www.dior.com/ja_jp/beauty/miss-dior-exhibition.html



Edit : Naho Sasaki Interview & Text : Keita Fukasawa

Profile

重松象平Shohei Shigematsu 建築家。国際的建築事務所OMAのパートナー及びニューヨーク事務所代表、九州大学大学院人間環境学研究員教授、BeCATセンター長。1973年、福岡県生まれ。九州大学工学部建築学科を卒業後オランダへ渡り、98年よりOMAに所属。2006年にニューヨーク事務所代表、08年よりパートナー。主な作品に、コーネル⼤学建築芸術学部新校舎、ケベック国⽴美術館新館、福岡の天神ビジネスセンター、ティファニーの五番街旗艦店、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーなど。2022〜23 年に東京都現代美術館で開催された「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展の空間デザインを手がけている。「2023毎日デザイン賞」受賞。

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