八ヶ岳高原音楽堂へ。Tu es mon TresorによるLucinda Chuaライブパフォーマンス「1988-」をレポート
「トゥ エ モン トレゾア(Tu es mon Tresor)」(*1)が、ロンドンを拠点に音楽活動をするミュージシャン、Lucinda Chua(ルシンダ・チュア)(*2)のライブパフォーマンス「1988-」を4月13日に開催。同時に最新コレクションを発表しました。会場は、昨年熱海で行なったサマーレジデンシーショップと同じく建築家の吉村順三が設計した、八ヶ岳高原音楽堂(以下、音楽堂)。一日限りという、スペシャルな催しの様子をレポートします。
八ヶ岳高原音楽堂の空間を出発点にした、ブランド初の音楽の試み
長野県と山梨県をまたぐ八ヶ岳。今回のライブパフォーマンスが行われた「八ヶ岳高原音楽堂」は、標高1,500mの空気が澄みきった森の中にありました。日本モダニズム建築の巨匠吉村順三によって設計された、この建築を特徴付けるのは大きな屋根。そのシルエットの力強さは、八ヶ岳連峰そのものといえるでしょう。自然の風景に溶け込み、厳しい冬に耐え、さらに素晴らしい音響を生み出す緻密な設計は、名建築として知られています。今回のライブパフォーマスのタイトル「1988—」は、建築家への敬意を込めて、八ヶ岳高原音楽堂の竣工年に由来しているそうです。
エントランスからホワイエへ入ると、モダニズム建築らしい温かみのあるウッドの風合いとクリーンな矢羽模様の障子が目に入り、そのさらに奥にアップライトから自然光が差し込む贅沢な音楽空間が広がっています。ホールは、木の特徴を最大限生かした、人の耳に心地よい理想的な残響を想定して設計。そして、コンサートホールのためにデザインされた折り畳み椅子が整然と並びます。折り畳み椅子はウッドを基調とし座面には柔らかな革が張られ、どれも折りたためて可動式。ミニマルで実用的、空間に調和するだけでなく、使用時の心地よさを追求したデザインからも、このミュージックホールの完成度の高さが伺えます。
今回のコラボレーターである、ミュージシャンのルシンダ・チュアは、日本では初めてパフォーマンスを披露。デザイナーの佐原愛美は、彼女が奏でる深いチェロの旋律、透明感のある歌声、物語を紡ぐようなピアノ伴奏から成る音楽を知り、心惹かれたと言います。聴き込むうちに、FW2023のコレクションのイメージが湧き、アーティストの角田純(*3)が描いたドローイングを配したデニムアイテムを考案しました。ホワイト、ブラック、それぞれのデニムコレクションは、すべてストイックなまでに色数とデザインをしぼり、生地の上に配されたドローイングは、よく見ると音符や記号、五線譜が複雑にからまりあい、それぞれが共鳴しあうことで、ひとつの音楽が構成されることを表現しているかのようです。
八ヶ岳高原音楽堂に駆けつけた150名ほどのオーディエンスの前に姿を現したルシンダ・チュアも、最新コレクションから、デニムベストとパンツを着用。スポットライトは最小限に抑え、自然光が強く意識されるように照らされた舞台の上で、静かに発光しているかのような姿には、すぐに目を奪われました。
六角形の形をしたミュージックホールの中心で、チェロの弦に弓を滑らした彼女は、一曲目に、この日のために作曲したというオリジナル曲『Untitled』を披露。地響きのようなチェロの重低音に、オーディエンスの期待もおのずと高まります。続いては、未発表曲の「Gentler」。ルーパーを使って繰り返されながら厚みを増すメロディーは、ミュージックホールの空気を徐々に「トゥ エ モン トレゾア」が掲げるファッションからひとつ踏み込んだアーティスティックでエモーショナルな世界へと導いていく。
それから、最新アルバム 『YIAN』から「Something Other Than Years」のストリング スアレンジ、2021 年に発表された EP『Antidotes 2』より 、ドラマ『Euphoria』シーズン2の挿入歌としても記憶に新しい「Until I Fall」、ひんやりとした空気感が八ヶ岳高原音楽堂から見える景色とドラマチックに呼応していたピアノ曲「An Avalanche」、心に沁み渡るメロディーで愛を唄った「Torch Song」を演奏。彼女自身が特に思い入れが強いというアルバムのリードシングル「An Ocean」の全7曲を演奏しました。
イギリス人と中国系マレーシア人の血を引く彼女が、自らのアイデンティティを探し彷徨いながら制作したという音楽は、現代に生きる誰しもが共感するであろう、慈しみと静かな希望が確かにあると感じました。すっかり聴き入り、パンデミックなどを経て、知らず知らずに抑制していた心の奥底の深い部分が癒されたようにも感じました。「セーフプレイスを作りたい」という佐原デザイナーのブランド理念に、もしかしたら触れられたのかもしれません。そんなことを思いながら八ヶ岳を後にしました。
最後に、今回のライブパフォーマンスから継続するプロジェクトとして、建築、音楽、ファッションを融合させたイベント「1989-」を同じく吉村順三の設計による邸宅で今秋に開催予定。舞台は、八ヶ岳音楽堂から数キロ離れた、吉村純三の設計による邸宅。新たな空間「1989-」として、デザイナーの佐原愛美が内装を演出し直し、今年の秋にオープン予定。様々な方法で、ファッションの可能性を押し広げ、味わい深い世界観を表現するトゥ エ モン トレゾアの挑戦。今後の展開を楽しみに注目を続けたいと思います。
1. トゥ エ モン トレゾア
「女性のためのセーフプレイスを作りたい。女性の視点を通して、女性の体型や感性に寄り添ったデニムを提案する」というデザイナーの佐原愛美の考えから生まれたクリエイティブなデニムブランド。2022 年夏から、日本のモダニズム建築家、吉村順三が設計した熱海の邸宅で、 建築、家具、写真、ファッションの領域を横断するインスタレーションを行うなど、活動の幅を広げている。
2. ルシンダ・チュア
ロンドンを拠点に活動。FKA twigsのコラボレーター として「MAGDALENE」ツアーにチェロ奏者として参加。さらにThe Cinematic Orchestraにリミックスを提供している。今春、ソロデビューアルバム『YIAN』を4AD から発売。あらゆる空間で展開されるイマーシブなパフォーマンスは、空間自体を大きな音楽装置にし、聴衆も巻き込んで、そこに存在するあらゆる要素を一つの音楽へと昇華させる。
▼ニューアルバム発売中
Lucinda Chua『YIAN』(4AD / BEAT RECORDS)
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13240
3. 角田純
1960年愛知県生まれ。1960年愛知県生まれ。アートディレクターを経て、2000年代半ばに画家としての活動を開始。主なグループ展に2012年「抽象と形態:どこまでも顕れないもの」(DIC川村記念美術館)、2019年「四次元を探しに ダリから現代へ」(諸橋近代美術館)など。主な個展に2017年「Hollow Organ」(Curator’s Cube)、2019年「A New Career In A New Town」(Parcel、東京)などがある。作品集に『Cave』『SOUND AND VISION』がある。
Text:Aika Kawada Edit:Chiho Inoue