ヘアで表現するクリエイターたち vol.2 河野富広「ヘアでファッションの可能性を広げる」
あまりにも当たり前にあるものだからこそ、「ヘア」とはこういうものであると思い込んでいないだろうか? そんな常識を打ち破る、または逆手に取ることで私たちを驚かせてくれるクリエイターたちについて。vol.2はウィッグアーティストの河野富広。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年3月号掲載)
クリーチャー系ウィッグの制作は、まずヘアをカラフルに染めるところから始まる。ウィッグ制作の傍らで楽しんでいる趣味のパルダリウムの前景にカラーリング後のヘアを配置した『Fancy Garden』。一見アヴァンギャルドに見える独特の配色も自然界からインスピレーションを得ている。
トランスフォーム力が高い魅力的なパーツ
──河野さんは様式にとらわれず、独創的で刺激的なヘアスタイルを数多く生み出されていますが、髪の毛で表現する魅力をどう感じていますか。
「ヘアは内面と外面を表すものだと思っています。顔まわりが変化するだけで見た目の印象もガラリと変わりますし、気持ちも変化して、その人の個性も変えられる。人から見ても、自分の内面的にも、トランスフォーム力が高いところが魅力だと感じています」
ワンタッチで取り外しができ、簡単に見た目の印象を変えられる「ファンシー・ウィッグ」。地毛とのバランスを楽しみながらアクセサリー感覚で着けられ、ファッション感度の高い若者を中心に人気を集める」
──ファッションショーやアーティストに提供するヘッドピースだけでなく、2020年頃から発表し続けているファンシー・ウィッグはクリップで簡単に着脱できると人気ですね。作るようになったきっかけは?
「ウィッグは海外ではファッションの一部として親しまれていますが、日本ではそういうふうに親しまれていないと思っていました。脱毛した頭を隠すためのものだったり、ステージ上で役者やアーティストが身に着ける特殊なものという認識がほとんど。もっと一般の人が気軽に日常で楽しめたらと。ただ、オーダーメイドのフルウィッグだとどうしても高額になってしまうので、若い人も買いやすい価格で考えて、地毛にプラスアルファで着けてアクセサリー感覚で楽しめるファンシー・ウィッグを作るようになりました。メイクなら自分で上手にできるまでそれなりの時間が必要ですが、これならクリップで着けるだけで地毛を傷めずに、その日の気分やオケージョンに合わせて簡単に見た目を変えられる。着ける位置を自由にできるところも特徴です。ファンシー・ウィッグを着けた方のインスタの投稿を見て、『こういう着け方があるんだ』と自分でも発見があって面白いですね」
(左)薄く巨大な円盤状に広がるウィッグは「白いキノコ」から着想を得た。半透明の菌類の形状を見事に表現。ビョークの最新アルバムのジャケットのために制作したもの。(右)自然界の生き物などをネットでリサーチ。生物の造形や配色が創作欲をかき立てる。「Fancy Lizard」と名付けられたウィッグはトカゲから着想を得たもので、現在オランダ・ロッテルダムの世界博物館で展示中の作品(5月7日まで)。
──河野さんのウィッグは独特の色使いやフォルムがとても印象的ですが、インスピレーション源は?
「人工的なものよりも自然界にあるものに惹かれます。特に鳥や昆虫、深海の生き物などの姿形、色がとても参考になりますね。一瞬驚くような色の組み合わせでも、不思議と魅力的になるし、それぞれが持つユニークさを自然の生物から学びます」
──髪の扱いで苦労する点は?
「苦労は尽きません。切る、巻く、染めるといったいろいろな作業があって、切った髪も散らかって、扱うマテリアルとしては非常に難しいと思います。髪の毛である程度表現できるようになるまで最低10年はかかるし、面白いものを作れるようになったとしても、その技術が定着するまで時間がかかる。最初にできていた表現ができなくなることも。だから、ヘアで表現することに飽きないのだと思います」
ロンドンのブランド、ミスタ(Miista)のために制作した、シューズとファンシー・ウィッグのコラボレーション作品。カラフルなリップマークがブーツのフリンジのように揺れる。
──今後挑戦したいことは?
「髪の毛ってある意味、半永久的に残りますよね。その人の体から離れてもマテリアルとして再利用できる。そこに面白さを感じています。いつか自然と共存したものを作ってみたいですね。青いものだけを集めて巣を作る鳥がいるのですが、ブルーの髪の毛をそばに置いておいて、鳥の巣を作ってもらうとか。動物とコラボレーションができたら面白いだろうなと思っています」
Interview & Text:Mariko Uramoto Edit:Sayaka Ito, Mariko Kimbara