ヘアにまつわる現代アートの展望6選 | Numero TOKYO
Art / Feature

ヘアにまつわる現代アートの展望6選

古くは地位や民族性の象徴、近頃はキャラ変の選択肢。最も身近な表現ツール——ヘアの世界を、アーティストの視点で眺めてみよう。前衛すぎるパフォーマンスに、人種や生物種を超える問いかけまで。ヘアにまつわる現代アートの展望6選。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年3月号掲載

 
 
 

AKI INOMATA
『犬の毛を私がまとい、私の髪を犬がまとう』

2014年 Courtesy of AKI INOMATA / MAHO KUBOTA GALLERY
2014年 Courtesy of AKI INOMATA / MAHO KUBOTA GALLERY

見た目の美しさによって評価を下すドッグショー、近親交配によりつくり上げられた犬種が抱える健康問題、劣悪な飼育環境や飼育放棄、そして大量の殺処分。現代における“人とペットの関係”について考えると、枚挙にいとまがない。人間と生き物の共同作業のプロセスを作品化するAKI INOMATAは、互いの毛/髪で毛織物/衣服を作り、身に纏うことで、こうした現実をあらためて問い、具象化する。毛と毛の交換は体温調節という“働き”をも交換する。互いの一部を渡し合ってこそ、私たちはペットと本当の絆を結ぶことができるのかもしれない。

あき・いのまた
1983年、東京都生まれ。「生きものとの関わりから生まれるもの、あるいはその関係性」をテーマに、ヤドカリ、ペットとしての犬、ビーバー、真珠貝などと共同作業を行い、そのプロセスを作品化する。十和田市現代美術館(2019年)、金沢21世紀美術館(2022年)などで個展を開催したほか、「第22回ミラノ・トリエンナーレ」(2019年)、ニューヨーク近代美術館「Broken Nature」(2020年)、国際芸術祭「あいち2022」などに出品し、国際的な注目を集める。現在、森美術館「六本木クロッシング2022展」に参加中(3月26日まで)。
https://www.aki-inomata.com/

Esmaa Mohamoud
『Ebony In Ivory,Ⅰ』

2022年
2022年

アフリカ系カナダ人のエスマ・モハムードは「黒人の社会」をテーマに、現代文化における矮小化された黒人のイメージと多様な実態とのギャップを作品に反映してきた。『Ebony In Ivory, I』は西洋美術の基礎訓練に欠かせない石膏の胸像を、シアバターで制作したもの。西洋を中心にスキンケアなどで利用されるシアバターは、不当な労働環境に置かれたアフリカの女性たちによって製造されている。彫刻に用いるには脆弱な素材と、黒人女性のアイデンティティを象徴する髪形が、黒人の身体をめぐる西洋中心主義的な支配や搾取について問いかける。

エスマ・モハムード
1992年、カナダ生まれ。現在はトロントを拠点に活動。人種によって区別された身体がジェンダーや人種の力学にどのように対峙・反応しているのか関心を寄せるほか、人種とスポーツが地位の改善や抗議の手段として機能する様相を探る。近年の展覧会に、2021年にカナダ・オンタリオ州のArt Gallery of Hamiltonで開催され現在巡回中の「To Play In The Face of Certain Defeat」など。東京・六本木のKOTARO NUKAGAにてアーティストの森本啓太がキュレーションを手がけたグループ展「Crossing」でも本作が展示された。
http://esmaamohamoud.com/
 
 
Kyotaro Aoki
『星辰』

2011年 ©KYOTARO Photo:Kenji Fujimaki
2011年 ©KYOTARO Photo:Kenji Fujimaki

鉛筆だけで繊細な線を生み出す“多次元絵描き”の青木京太郎。龍や天馬などの毛が、風や煙の中で渦を巻いてなびくさまを大迫力で描く作家だ。本作ではあえて題材を絞り込み、女性の長い髪が舞い上がる様子を表現している。髪というモチーフに「しっくりきた」のが、画面を切り抜くように重ねた五芒星。「広い銀河のどこかの星に住む意識存在のような次元が浮かび上がってきた」と青木は語る。毛の技法については、眺めていると「目で見ているのかわからない領域が出現するときがある」。動いているような感覚を起こさせるのも不思議だ。

青木京太郎
1978年、京都市生まれ。ドローイング、ペインティング、マンガ、クライアントワークなど幅広い分野で活動する。DIESEL ART GALLERY「Clad in the Universe―宇宙を纏う」(2017年、東京)など、国内で個展を多数開催するほか、ニューヨーク、マイアミ、北京など海外のグループ展に参加。2021-22年にはMaison MIHARA YASUHIROのMaison(MY) Labo.(福岡)、MY Foot Products(東京)にて、アートライン『VILOVILO』を21年ぶりに復活させた。3月25日より日本橋アナーキー文化センターでグループ展、4月に有楽町阪急で個展を予定。
https://kyotaro-art.com/
 

 
Chu Enoki
『ハンガリー国にハンガリ(半刈り)で行く』

1977-79年 ©Chu Enoki
1977-79年 ©Chu Enoki

街を劇場に見立てて繰り広げるハプニングなど、前衛的な表現で見る者を驚かせてきた榎忠。その名を知らしめたのが、本作『ハンガリー国にハンガリ(半刈り)で行く』。髪の毛をはじめ、体中のあらゆる毛を半身分すべて剃り落とした“半刈り”状態でハンガリー入国に挑んだ伝説的作品だ。実施期間は右半身の半刈りで1年半、育毛に1年、左半身の半刈りで1年半と、約4年に及ぶ。篠原有司男の日本人初のモヒカン刈り、マルセル・デュシャンの星形の剃髪にも触発されたと語るとおり、自身の髪すら作品にしてしまう作家のパワーに圧倒される。

榎忠
1944年、香川県生まれ。60年代後半から関西を中心に活動を始め、前衛グループ「JAPAN KOBE ZERO」にも参加。その後は型破りなパフォーマンスや、銃や大砲などを扱った作品、金属加工会社に定年まで勤めた経験を生かして金属の廃材に新しい生命を吹き込んだ作品など、独自の世界を展開。敬愛する篠原有司男との二人展「ギュウとチュウ 篠原有司男と榎忠展」(2007年、豊田市美術館)など、展示多数。今年5月にはアートベース百島(広島県尾道市)で開催される「ART CAMP IN MOMOSHIMA」に参加するなど、精力的に制作を続ける。
https://chuenoki.com/
 
Hong Chun Zhang
『Twin Spirits #2』

2002年 ©Hong Chun Zhang Beijing Ink Studio Art Collection
2002年 ©Hong Chun Zhang Beijing Ink Studio Art Collection

中国とアメリカにルーツを持ち、自身の経験を出発点としたテーマを立て、緻密で巨大なスケールの木炭画を発表する張春紅(ツァン・チュンホン)。とりわけ美しくも威光を放つような“実体のない髪”は、彼女にとって移民、女性、そして母親としてのアイデンティティを探る重要なモチーフだ。初期シリーズ「Twin Spirits(双神)」は、自身が双子であるという出自をもとに、時に二人で一つであり、時に別人のように感じる双子という神秘的な存在を描いた。中国の水墨画の美学を備えた本作は伝統的な絵巻物を彷彿させ、二人が共に生きる“時間の長さ”も感じさせる。

張春紅
1971年、中国・瀋陽市生まれ。現在、アメリカ・カンザス州在住。本作を含む「Twin Spirits」、つむじや巻き毛など頭髪のさまざまな表情を描いた「Ink Hair」シリーズなど、細密なタッチで人間の髪の毛を描き出すアーティスト。自己探求やジェンダー、異文化理解、地球環境などのテーマに加え、近年では社会正義など幅広い問題意識のもとに作品を制作。伝統的な技術と新たなコンセプトの融合、また米中両国で過ごした自身の経験を生かした作風も特徴的。近年の個展に2020年、アメリカ・ミドルベリー大学美術館「Hair Story in Charcoal and Ink」ほか。
https://www.hongchunzhang.com/ 

Motohiko Odani
『Double Edged of Thought (Dress 02)』

1997年 ©Motohiko Odani Courtesy of ANOMALY Photo:Kunimori Masakazu
1997年 ©Motohiko Odani Courtesy of ANOMALY Photo:Kunimori Masakazu

小谷元彦は「身体とその感覚の幻影(ファントム)」を一貫した作品テーマとし、多様なアプローチで新たな彫刻を探究する。“両刃の思い”を意味する本作は、三つ編みにした毛髪をより合わせたドレスと、それを三つ編みの女性が着用した写真からなる作品だ。髪は痛覚を伴わず容易に身体から切断できる部位であり、古来より情念を象徴するものでもある。切り離した後に身体と一体化させる行為が、肉体が滅んでもなお残る感情のような不気味さを漂わせている。“手編み”という呪術的な作業も、人間の狂気的な一面をあぶり出すようだ。

小谷元彦
1972年、京都市生まれ。失われた身体感覚や身体の変容を幻影として捉え、不在と存在、覚醒と催眠など両義的な中間領域を探求。立体作品のみならず写真や「映像彫刻」ともいえる体験型インスタレーションなど、多様なメディアを用いて彫刻の新たな可能性を追求している。2010年、森美術館での大規模個展が話題を呼んだほか、近年の個展に19年「Tulpa –Here is me」(ANOMALY、東京)など。03年にはヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表に選出され、国内外で高い評価を得た。
https://phantom-limb.com/

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Text : Akane Naniwa Edit : Keita Fukasawa

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