初心者にもおすすめ! アジアで盛り上がるSF小説を解説 | Numero TOKYO
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初心者にもおすすめ! アジアで盛り上がるSF小説を解説

シリーズ累計2100万部を超えるブームを巻き起こした『三体』をはじめ、いま世界でアジアのSF小説が注目を集めている。SF研究家、書評家の橋本輝幸がその背景をひもとくとともに初心者におすすめのアジアのSF小説を教えてくれた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年1・2月合併号掲載)

『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』ケン・リュウ/編 中原尚哉、大谷真弓、古沢嘉通、鳴庭真人/訳(ハヤカワ文庫SF) ケン・リュウが精選した7人の作家の13作品を収録した現代中国SFアンソロジー第一弾。「ケン・リュウは中国の若手作家・女性作家の多さに希望を感じ、積極的に紹介しようとしていた」(橋本)こともあり、表題作を手がけた郝景芳(ハオ・ジンファン)をはじめ、7人中4人が女性作家となっている。原書の刊行は2016年だが、どの作品も傑作級ゆえ、いまだ色あせぬ魅力を放っている。現代中国SF入門として、この上なく最適な一冊。
『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』ケン・リュウ/編 中原尚哉、大谷真弓、古沢嘉通、鳴庭真人/訳(ハヤカワ文庫SF) ケン・リュウが精選した7人の作家の13作品を収録した現代中国SFアンソロジー第一弾。「ケン・リュウは中国の若手作家・女性作家の多さに希望を感じ、積極的に紹介しようとしていた」(橋本)こともあり、表題作を手がけた郝景芳(ハオ・ジンファン)をはじめ、7人中4人が女性作家となっている。原書の刊行は2016年だが、どの作品も傑作級ゆえ、いまだ色あせぬ魅力を放っている。現代中国SF入門として、この上なく最適な一冊。

中国SFの世界的ヒットの背景

──中国SFでいえば劉慈欣(リウ・ツーシン)の『三体』シリーズの世界的ヒットが記憶に新しいですが、『三体』をはじめ現代中国SFを英訳して英語圏に紹介したケン・リュウの活動によってアジアSFの受け取られ方はやはり大きく変わったのでしょうか。

「2010年以前は英米の文芸界もそれ以外のエンターテインメントも、あまりアジア系作品に開かれていなかった気がします。ケン・リュウは作家として活躍していて翻訳家ではなかったのですが、あるとき中国の若手SF作家の代表格である陳楸帆(チェン・チウファン)が、英訳してもらった短編を見てほしいとケン・リュウにお願いしたそうで。でもその英訳があまりにひどかったので、ケン・リュウは自分で一から翻訳し直し、雑誌社に持ち込むところまでしたんです」

──翻訳だけでなく持ち込みまで!

「めちゃくちゃ面倒見が良いと思いません(笑)? その他にも英米の中国系作家で、中国語は読めるけど書くのは英語のほうが得意という人に中国語作品の英訳を奨励するようなことも彼はやっていたんです。その活動の中で知られざる中国のSF作家をどんどん紹介していこうとなって、彼は劉慈欣『三体』の英訳、そして現代中国SFアンソロジーの第一弾となった『折りたたみ北京』の編纂を行います。集団として出すことで“中国には優秀なSF作家がたくさんいる”というイメージが強くなってムーブメントになったというのはあると思います。でも、それを可能にしたのは、やっぱりケン・リュウに参謀としての優秀さと作家やSFファンとしての実績があったからではないかと」

『時のきざはし 現代中華SF傑作選』立原透耶/編(新紀元社)小説家、翻訳家、アンソロジストとして活躍し、中華圏SFの紹介をライフワークとする立原透耶が編纂したアンソロジー。収録された17編の著者は、中国SF四天王と呼ばれるうちの3人から、中堅、新進気鋭の若手までバラエティに富んでいる。また作品自体もハードSF、幻想的な歴史SF、言語SFミステリなど多彩で、SFの多様性にも触れることができる。訳書が少ない台湾SFの作品も1作だが収録している点でも貴重だ。
『時のきざはし 現代中華SF傑作選』立原透耶/編(新紀元社)小説家、翻訳家、アンソロジストとして活躍し、中華圏SFの紹介をライフワークとする立原透耶が編纂したアンソロジー。収録された17編の著者は、中国SF四天王と呼ばれるうちの3人から、中堅、新進気鋭の若手までバラエティに富んでいる。また作品自体もハードSF、幻想的な歴史SF、言語SFミステリなど多彩で、SFの多様性にも触れることができる。訳書が少ない台湾SFの作品も1作だが収録している点でも貴重だ。

『中国女性SF作家アンソロジー 走る赤』武甜静、橋本輝幸/編 大恵和実/編訳(中央公論新社)中国で活躍する14人の女性SF作家による作品を編纂したアンソロジー。三重県を舞台にした妖怪ファンタジー風の「夢喰い獏少年の夏」、江戸に不時着した異星人と侍女との親交を描いた「木魅」と、日本を舞台にした作品もあるので海外文芸を読み慣れていない人にもおすすめしたい。橋本氏による2000 ~10年代における中国SF界の動向を紹介する解説も詳しいので、中国SFについてより深く知りたいという方はぜひ一読を。
『中国女性SF作家アンソロジー 走る赤』武甜静、橋本輝幸/編 大恵和実/編訳(中央公論新社)中国で活躍する14人の女性SF作家による作品を編纂したアンソロジー。三重県を舞台にした妖怪ファンタジー風の「夢喰い獏少年の夏」、江戸に不時着した異星人と侍女との親交を描いた「木魅」と、日本を舞台にした作品もあるので海外文芸を読み慣れていない人にもおすすめしたい。橋本氏による2000 ~10年代における中国SF界の動向を紹介する解説も詳しいので、中国SFについてより深く知りたいという方はぜひ一読を。

──日本では『82年生まれ、キム・ジヨン』のヒット以降、韓国SFも多く翻訳されるようになりましたが、海外の場合はどうでしょう?

「ケン・リュウの中華SFムーブメントが翻訳SFへの関心を深めたのも一因とは思うのですが、まず欧米でアジア文化自体に対する関心の強まりがあって。映画や音楽をきっかけに、韓国文化が好きな人が『小説もあるんだ!』みたいに手を伸ばすことが期待され、また、10 年代半ばから韓国でSF協会やSF作家連帯という作家協会が結成され、外国への発信に力が入れられた努力の成果もあったでしょう。韓国SFはこれまで日本SFよりも翻訳されていなかったのですが、近年に英語版の韓国SFアンソロジーが出版されたり、英語圏のSF雑誌が隔月くらいのペースで韓国SFを掲載する取り組みを行うなど、急に勢いを増しました。その中で、韓国SFを代表する作家の作品の英訳も徐々に出版されてきています」

──日本SFは近年、英語圏では話題になっていない印象があります。

「実は日本SFをコンスタントに出版する出版社がほぼ現存していないんですよ。韓国や中国では未来を考えて投資や試行錯誤が行われていて、韓国には翻訳者を養成したり、翻訳作品に助成金を出す公的機関の韓国文学翻訳院もあったりします。でもケン・リュウみたいな人物が現れれば、状況は変わると思いますね。文化の世界は、善くもわるくも力のある人が一人、二人いるだけで天秤が変わってきますから」

『わたしたちが光の速さで進めないなら』キム・チョヨプ/著 カン・バンファ、ユン・ジヨン/訳(早川書房)廃止予定の宇宙停留所で、家族の住む星へ帰るための船の出航を待ち続ける老人を描いた表題作をはじめ7編を収録した、韓国だけでなく日本でもベストセラーとなった本書。社会からはじき出された人々が科学技術によって居場所を見つけ出す物語は、未来への希望を感じさせると同時に、“正常”とは何かを問いかける。より良い未来を実現するために私たちが取るべきアクションをも示唆する、優しいまなざしで紡がれた短編集。
『わたしたちが光の速さで進めないなら』キム・チョヨプ/著 カン・バンファ、ユン・ジヨン/訳(早川書房)廃止予定の宇宙停留所で、家族の住む星へ帰るための船の出航を待ち続ける老人を描いた表題作をはじめ7編を収録した、韓国だけでなく日本でもベストセラーとなった本書。社会からはじき出された人々が科学技術によって居場所を見つけ出す物語は、未来への希望を感じさせると同時に、“正常”とは何かを問いかける。より良い未来を実現するために私たちが取るべきアクションをも示唆する、優しいまなざしで紡がれた短編集。

『となりのヨンヒさん』チョン・ソヨン/著 吉川凪/訳(集英社)韓国SF作家連帯の初代代表を務めたチョン・ソヨンの短編集。隣人である異星人との交流を描いた表題作をはじめ11編が収録されており、フェミニズムやLGBTQを扱ったものもある。それぞれ内容もタッチも大きく異なるが、どれもが現代人が日常的に直面する問題をSFという表現を通して描いているのが特徴だ。SF作品を読み慣れていない人でも読みやすく、初めて現代SFに触れるという人にもおすすめの一冊。
『となりのヨンヒさん』チョン・ソヨン/著 吉川凪/訳(集英社)韓国SF作家連帯の初代代表を務めたチョン・ソヨンの短編集。隣人である異星人との交流を描いた表題作をはじめ11編が収録されており、フェミニズムやLGBTQを扱ったものもある。それぞれ内容もタッチも大きく異なるが、どれもが現代人が日常的に直面する問題をSFという表現を通して描いているのが特徴だ。SF作品を読み慣れていない人でも読みやすく、初めて現代SFに触れるという人にもおすすめの一冊。

現在のSF、これからのSF

──今後、世界的なヒット作品を出すためには優れた翻訳家の存在も欠かせないですね。

「そうですね、翻訳家や作品を紹介する人が。ヒップホップは歌やダンスがあり、さらにDJという自分では制作をしないけれど楽曲を選んでミックスする存在がいるじゃないですか。翻訳家やアンソロジストには、DJポジションのかっこよさや重要性があると私は時々たとえていて。それを伝えるために私自身も試みています」

──橋本さんが企画・責任編集だけでなく作品によっては翻訳もされている、国内外のSFとファンタジー作品を集めた雑誌『Rikka Zine』は、まさにそれですよね。

「はい。編集なども含めて、つらさを味わいながら課題を知っていかないといけないなと思うところがあって。翻訳小説と日本語の小説が入り交じったものを作ったのですが、海外の作家のなかには日本のアニメを見ていたり、日本語を勉強していた人も日系の人もいます。あとコロナ前までは、歴史上で最も人々が気軽に海外に住んだり旅行していた時代だったと思うので、今のうちにその感覚を生かした作品が出せるといいのかなという気がします。韓国や中国のSFも、英語圏のSFとはまた違った近さというか、上の世代の古典SFとは少し違う読まれ方をされていると感じますし。海外作品に、違う点よりむしろ共通点を感じてほしいです」

──フェミニズムや社会的格差から生じる問題など、共通するテーマも実際には多いですよね。

「やっぱり現実をそのまま書くと、文化や歴史、文脈を知らないとわからない要素が多くなってしまうこともある。でもSFというレンズを通すことによって、『このままだったらヤバいぞ』と読むこともできれば、『よその国でも似たようなことがあるんだ』と普遍的なものとして読めるようになったりもする。そういったSFという表現を取ることによって広がるものはあると思いますし、最近の映画や小説でのSFの使われ方はこの方向なのかなという気がします」

『極めて私的な超能力』チャン・ガンミョン/著 吉良佳奈江/訳(早川書房)韓国文学界の第一線で活躍するチャン・ガンミョンの唯一のSF作品集。収録された10編はバラエティ豊かで「ロマンティックなものもあれば、逆にドライな作品もある」(橋本)のも特徴だ。戦争犯罪者に被害者や遺族の感情を体験させる実験を描く「アラスカのアイヒマン」はとりわけ重厚。科学技術が進化した時代を舞台に、人間らしさとは何かを問いかける数編は、遠くない未来に私たちが直面する課題を予言しているようでもある。
『極めて私的な超能力』チャン・ガンミョン/著 吉良佳奈江/訳(早川書房)韓国文学界の第一線で活躍するチャン・ガンミョンの唯一のSF作品集。収録された10編はバラエティ豊かで「ロマンティックなものもあれば、逆にドライな作品もある」(橋本)のも特徴だ。戦争犯罪者に被害者や遺族の感情を体験させる実験を描く「アラスカのアイヒマン」はとりわけ重厚。科学技術が進化した時代を舞台に、人間らしさとは何かを問いかける数編は、遠くない未来に私たちが直面する課題を予言しているようでもある。

──今後、どのようなSF作品が話題になると橋本さんは思いますか。

「代表する傑作があるわけではないですが、ここ5年くらいの話だとソーラーパンクやエコパンクと呼ばれている環境問題SFに対する関心がすごく高まってきています。アマゾンの森林破壊が深刻なブラジルでは環境問題SFアンソロジーが複数編まれていますし、米国でも言うに及ばずです。世界をましにするためにはどうしたらいいのかという関心は、やっぱり感じますね」

──SF作品に希望を見いだしたいという渇望を感じますね、それは。

「それは絶対あるでしょうね。現実逃避として希望にすがるのは当然良くないことですが、『こうだったらいいのにな』と夢を描ける部分や素敵な夢を未来に抱かせる役割がSFにはあってもいいと思います。ファッションやデザインにおけるSFには、今でもそういう部分がレトロフューチャーな意匠の中に残っているような気がしますしね」

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Interview & Text:Miki Hayashi Edit:Mariko Kimbara

Profile

橋本輝幸Teruyuki Hashimoto SF研究家・書評家。2008年から15年まで早川書房『SFマガジン』でニュース欄「世界SF情報」を担当し、国内外のSF小説を中心に書評や解説を執筆。編著に『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』(ともにハヤカワ文庫SF)。自らが発起人となり、企画・責任編集を手がけたSF・ファンタジー誌『Rikka Zine』がKindleなど電子書籍サービスにて発売中。

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