【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」 vol.38 プロ野球とMLBの年俸格差
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
vol.38 プロ野球とMLBの年俸格差
先シーズンは阪神タイガースに所属していた藤浪晋太郎投手のMLBのアスレチックスへの移籍が決まりました。藤浪投手の2022年のタイガースでの推定年俸は4,900万でしたが、アスレチックスとの契約は325万ドルと(1ドル130円換算で4.3億円弱)と、一気に9倍弱に跳ね上がりました。
オリックスの吉田正尚選手やソフトバンクの千賀滉大選手らもMLBへの移籍が決まり、それぞれ総額100億円規模の契約になりました。この2人はNPB(日本のプロ野球)でもトップクラスの成績を収め続けて、年俸もトップクラスにまで上り詰めた上での移籍でしたが、藤浪投手の場合は、3勝5敗と芳しいものではなく、年俸もそこまで高くなかったのです。
成績は並だったものの、今や世界一のプレーヤーのひとりと言われるプロ入り同期の大谷翔平選手と肩を並べるとも当時は言われていて、160kmを超えるストレートなど素材としては一級品の部分が例外的な要素としてはありましたが、この成績でこの契約を結べたことが相当話題になっており、日経新聞にもそのことに対して『危うさ』という単語を含む見出しでコラムが掲載されていました。
藤浪晋太郎が米移籍で年俸10倍 広がる格差に潜む危うさ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODH19DZ30Z10C23A1000000/
一握りのトップ選手だけがMLB移籍するのであれば致し方ないところもあるものの、レギュラー、ないしは準レギュラークラスの選手までこの年俸格差をもってMLBからターゲットにされると、NPBが刈り取り場になってしまうではという危険性を提唱しているのがコラムの内容で、実際問題、放映権から観客動員、グッズ販売までMLBの方が規模含めて遥かに大きくなっており、平均年俸もNPBの4300万円強に対してMLBでは5億円強と10倍以上の差が開いてしまっています。
それを思うと藤浪投手の年俸も各リーグでの平均の金額前後なのである種の妥当感もあるものの、このクラスの選手たちがMLBのターゲットになると、日本のプロ野球の存続に関わる事態に成りかねません。同じ仕事をして報酬が10倍もらえる場がある、となるとプロ野球選手に関わらず多くの人がそちらを選ぶのは当然のことで、そこでやるべきことはこの状況が危ういと唱えることではなく、早々にアクションプランを考えることです。
MLBの方が、リーグ自体がある種法人的な視点での経営意識が高く、放映権が一括管理されており、毎年70〜80億円の金額が各球団に分配されていたり、コラム内にもありましたが、放映権を底上げするために、くじを買うと見る人が増えることから、TOTO的な野球くじを賛否両論あるものの解禁していたりと、いろいろ工夫がなされています。
各球団に経営を一任し、それぞれ収益向上の工夫をしていくことももちろん重要ですが、まず、選手の年俸アップのための原資の確保のために、リーグ全体で取り組める収益アップの施策を『株式会社NPB』といった立場的でよりエネルギーをかけて検討すべき必要があると思います。
また、このシーズンオフはフリーエージェントで日本ハムからソフトバンクに移籍した近藤選手の年俸が推定約2.5億円から7年50億円という金額に跳ね上がりました。アメリカで活躍できるかのリスクと、このような日本でも相当な高待遇のケースがあるのをみると、誰でもかれでもMLBに、という状態にはさすがにすぐならなさそうですが、選手の流動性の高さが年俸上昇の大きなトリガーになるのは明白です。リーグとしてより少なくともMLB程度には選手が移籍しやすい状況を作ることが、一義的には人件費の上昇で経営を圧迫する要素もありつつも、長期的には活躍の舞台を日本のままにしようという選手の割合を増やすことにつながっていくのでは、とも思います。
これは社会全体でも同じことで、首相が企業に賃上げをお願いしてできる範囲というのは相当限定的なはずです。より広い範囲での賃上げのためには、最低賃金アップとセットで解雇規制をゆるくして、転職をより当たり前の社会にすることが非常に重要だと思います。給与水準の底上げには、人材の流動性をいかに高めていくかが肝なのは、あらゆる労働市場に共通している話なのだなと、プロ野球の世界を見ていても改めて感じたのでした。そして僕は阪神ファンで、藤浪の海の向こうでの活躍に期待しています!
Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue