桑田卓郎「Dancing Udon」展で食す ミシュランスターシェフのうどん。 | Numero TOKYO
Art / Feature

桑田卓郎「Dancing Udon」展で食す ミシュランスターシェフのうどん。

マンハッタンにある食とアートのスペースTHE GALLERY(ザ・ギャラリー)ではこれまで数々の現代美術家とのコラボレーション企画を開催してきた。オーナーであるミシュランシェフ大堂浩樹が最新プロジェクトでタッグを組んだのは陶芸で世界的に活躍する桑田卓郎。桑田が手がけるカラフルなカップを用い、手打ちうどんを供するという「Dancing Udon」展開催に寄せて、キュレーターを務めている市川暁子が両者の対談をモデレートした。

オープニングレセプションにてうどんの準備をする桑田卓郎(右)と大堂宏樹(左)。Photo by Aya Kishimoto
オープニングレセプションにてうどんの準備をする桑田卓郎(右)と大堂宏樹(左)。Photo by Aya Kishimoto

市川暁子(以下I)「本展の大きな特徴は実際に桑田さんの作品を使って食事ができる、ということでした。岐阜県、多治見にあるスタジオでは大掛かりなアート作品で使われている分厚い釉薬をミックスするのにうどんの製麺機を使用し、折に触れアート関係者を招いた手打ちうどんの会をされているのにヒントを得て、今回のメニューはうどんをメインとしました」

STRIPESカップのデザインは桑田の「クラフト」シリーズの原点でもある。 Photo by Aya Kishimoto
STRIPESカップのデザインは桑田の「クラフト」シリーズの原点でもある。 Photo by Aya Kishimoto

桑田卓郎(以下K)「今回展示しているSTRIPESとDRIPS、2種類のカップはどちらも多治見のスタジオで作られている『クラフト』のラインで、日常的に使っていただきたい食器です。自分の作品をこうして料理人の方に使っていただく機会はなかなかなく、オープニングでは皆さんが楽しそうにうどんを召し上がっていたのはとても印象的でした」

オープニングレセプションには100名以上のニューヨーカーたちが集った。Photo by Aya Kishimoto
オープニングレセプションには100名以上のニューヨーカーたちが集った。Photo by Aya Kishimoto

大堂浩樹(以下O)「桑田さんのカップは見た目ポップでありながらも、実際に使ってみるとデザインが緻密に計算されており、器としてとても洗練されていると感じました。今回STRIPESのカップではうどんを提供しておりますが、レセプションではDRIPSのカップに丸い氷を入れ、ウィスキーをお楽しみいただきました。器自体にインパクトがあるので、スープなどシンプルなお料理なども合うのではないか? と考えています」

純金の釉薬が施されたDRIPSのカップは一点ごとに垂れ具合など趣が異なる。Photo by Aya Kishimoto
純金の釉薬が施されたDRIPSのカップは一点ごとに垂れ具合など趣が異なる。Photo by Aya Kishimoto

K「今回使っていただいたMサイズのカップは元々日本の湯呑から派生しましたが、その用途はお茶に限定されるものではないと考えています。いろいろな方の価値観のもと自由に使っていただけたら嬉しいですね」

I「カップに加え、今回はアート作品も展示していますが、器の枠を超えたダイナミックな作品群はどのような経緯で生まれていったのでしょうか?」

暖簾に染め抜かれた「うどん」の文字は桑田が粘土に直接墨をつけて書いた作品。
暖簾に染め抜かれた「うどん」の文字は桑田が粘土に直接墨をつけて書いた作品。

うどん製麺機でミックスされた釉薬を施したアート作品。
うどん製麺機でミックスされた釉薬を施したアート作品。

K「陶芸を始めた頃はアートを作っていたわけではなく、弟子入りして湯呑を一日100個作るような日々でした。しかし、自分が作りたい器は色の主張が強すぎるなどの理由でなかなかお店では受け入れられないことも多くて。その後、展示方法や販売する場所がだんだんと変わっていく中、使うというよりはオブジェ的な要素が強まり、形が抽象化していきました。海外で発表するようになってからは特に表現も発展し、サイズも巨大化していきました。

アート作品となることで食の要素は排除されていたとしても、形は茶碗に則り、敢えてタイトルは『Tea Bowl』にしていることも多いです。上が閉じた丸い彫刻も釉薬の表情などを見せるためにその形にしているだけで、作り方は茶碗と同じなんです。茶道で茶碗を拝見するときは高台など底を見ますが、僕の場合はたとえ一人では持てないような大きな作品でも底に指の跡があったり、割れ目に金継ぎをしていたり、どれも底に造作があります。もしかしてそんなところまで見る人はいないかもしれないけれど、アートを作るときでも、僕はいつも器を作るのと変わらない意識を持っているんです。

海外ではクラフトとアートには境界線があって、器を作っていると職人とみなされます。その昔、日本では茶碗といえば(戦国〜安土桃山時代の頃などは)お城と交換したり、褒美につかわしたりするくらいの価値のあるものだったのですが。中国から伝来したシンメトリーな天目茶碗は日本ではその後変化して、古田織部が作った沓形茶碗のようなぐにゃっとした形になっていきましたが、それは西洋絵画史における写実から抽象への変化と似ていて、日本では茶碗でそういう抽象化の流れが起きたのではないか? と僕は思っているんです。そんな中、今の時代にあう茶碗は? とはいつも考え続けていることです」

THE GALLERYの奥にあるラウンジスペースには大型のアート作品も設置された。
THE GALLERYの奥にあるラウンジスペースには大型のアート作品も設置された。

I「茶道の流れをくむ日本の食文化においては、日々の生活の中で自分の食器を大切にするという意識が浸透していますね。湯呑やお箸、飯碗など、たとえ家族であってもシェアしない、自分用の食器を持つという習慣は日本人にとっては個人のアイデンティティや個性を確立する大切な要素ともいえます。今回の展示を通じ、ニューヨークでもみなさんそれぞれの“MY CUP(自分の食器)”を見つけて欲しい、というのも趣旨でした」

O「ニューヨークって多様なカルチャーがある街。それがミックスされることで新しいものが生まれ、成就していく。自分も料理人として日本だけでやっていたら、もしかしたら桑田さんのカップはあまり手に取らないようなタイプのものだったかもしれませんが、今回ご一緒させていただけたことにとても感謝しています。

料理人としてニューヨークで心掛けているのは、まず固定概念を捨てること。和食ではあまり使わない食材、例えばガーリックやカレーのスパイスを取り入れることもありますし、野菜の切り方も海外のお客さまに合わせてサイズを調整するなど、常に素材との対話があります」

今回、大堂が考案したのは幅2cmほどの麺。桑田の作品や人となりから着想したという。Photo by Aya Kishimoto
今回、大堂が考案したのは幅2cmほどの麺。桑田の作品や人となりから着想したという。Photo by Aya Kishimoto

I「大堂さんの作られるお料理って味はもちろんのこと、見た目にも本当に美しいですよね。器とのとりあわせも含めて、懐石料理というナラティブはとてもアート的。なんでもデジタル化される時代、その時にしか収穫できない自然の恵みを使ったお料理を人間の身体に入れていくという行為は最もプリミティブ、かつ貴重な体験型アート、とも言えると思います」

K「人間も動物だから、まだまだ奥深く感じられることはありますね。ニューヨークで提案される懐石料理だったら、もっと現代的な器が入ってきてもいいかもしれない。食と器、そしてアートが相乗効果を生み、日々の豊かさや幸せにつながっていったら素晴らしいですね」

うどんに供された箸は大堂らが枝を手で削ったもの。椿の葉を添えて。Photo by Aya Kishimoto
うどんに供された箸は大堂らが枝を手で削ったもの。椿の葉を添えて。Photo by Aya Kishimoto

桑田卓郎「Dancing Udon」

会期/2022年12月8日(木)〜2023年2月28日(火)
会場/THE GALLERY
住所/17 W 20th Street, New York, NY10011
時間/11:00 -22:30 ( Dinner 17:00 – 22:30, Last order 21:30)
休日/月曜
URL / https://www.odogallery.nyc
Instagram/@the.gallery.nyc

Text: Akiko Ichikawa

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