対談:成田悠輔×長谷川左希子「そもそもモードって何?」
気鋭の経済学者であり、独自の視点でハイファッションの動向をウォッチする成田悠輔博士と、青山のセレクトショップ「アデライデ」のディレクターであり、自らバイイングも手がける長谷川左希子。パリコレを視察したばかりの2人が、パリとニューヨークを繋ぎ、オンラインで対談が実現。モードとは一体、何かを考える。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年12月号掲載)
矛盾だらけのハイファッションは誰を幸福にするのか
成田(以下N)「洋服は好きで、特に不要不急の極致であるハイファッションは、アートと大量生産の中間あたりな感じで面白い、一野次馬として眺めています。人口のマックス数%にしか届かないので、ビジネスとしては難しいとも思うんですが」
長谷川(以下H)「両親の代から続くアデライデは、ニッチなマーケットで31年間、お店を続けてきました。18歳からバイイングに携わっていますが、モードはアートやインテリアなどと匹敵する、人生を豊かにするものだと考えています。比較的売りやすいバッグやシューズではなく、ファッション性の純度が高い洋服が9割を占める買い付けで、勝負しています。パンデミックによる生活スタイルや価値観の変化に伴い、セルフケアアイテムなどまで幅を広げたいと思い、12月にライフスタイルを提案する「Self LOVES」を中心に3つのコーナーを増設し、リニューアルを予定しているんです」
N「コロナ前後で、ブランドが提案するものも変わったんですね」
H「WEB3関連が増えたように思います。私自身も今年NFT NYC(*1)で学んできたところで。マーケティング会社を立ち上げ、ファッションをメインに、それ以外のファッションが関わっていきそうな領域を学んでいます」
(*1)NYで開催される、NFTをテーマにした世界最大級のイベント
N「生身の物としての洋服は使えば傷がつくし、複製できる。アートに近いようで実は遠いですよね。あえてデジタルなものにして、NFT化することでアート的な唯一無二性をもたらして価値を高めていくということなのかなと考えています」
H「ファッション業界に限らずだと思いますが、いまは世界情勢に大きく影響されています。マストになったサステナブルに関しても、徹底できるかは企業次第。アデライデでは、ビニールやガーメントは捨てずに再利用を徹底し、お客さまにできるだけ梱包素材を使用しないエコ包装をおすすめしています。バイオマス製のビニールの採用も考えましたが、よく調べると結局コンポストの特別な環境でしか土に分解されないとわかって。環境を考慮した動きはかたちだけではなく、専門家に相談して進めていきたいです」
N「ハイファッションとサステナブルってはじめから混ぜるな危険なところがありますよね。やってるのはすごく原始的なものづくりじゃないですか。植物を殺して水を汚しながらものを作り、その場で地産池消するのでなく、グローバルなサプライチェーンで石油を燃やして運び売り出す。パリに飛行機で世界中から人が集まって、お祭り騒ぎをしながら進行していく。そもそもがサステナブルと真逆の必要ない贅沢で、矛盾の塊なわけです」
H「確かに、開き直りの精神で飛行機に乗ってパリまで来ています。戦時下のウクライナから飛行機で1時間半の都市でファッションウィークをするという事実。複雑な気持ちですが、個人レベルで微力でも、いい影響を与えられるような発信をSNSでするようにしています。ファッションを生業にして好きでいることと同時に、社会的なできごとに関心を持ち続け、支援する精神を広めていきたいとは常々思っていることです」
N「いま問題になっているサステナブル、多様性、世代交代の新陳代謝といったイシューに対して、真逆なものがハイファッションで、だからこそ価値があり栄えてきたんだと思います。旧態依然たるブランドが昔と変わらず力を持ち続け、年功序列で権威主義的な側面も強いですよね。そういう古臭い価値や権威を力強く象徴する存在として、ハイファッションには露悪的にいてほしいとファンとしては思ってしまいます。同時に、今世紀風の価値観にのっかったハイファッションの形態を作ろうとするなら“作らないファッションブランド”はありえるのではないかと考えています。ハイブランドってある意味、安易に流通させないことが大事じゃないですか。(どれだけ人が認知しているか)−(どれだけ世の中に出回っているか)=(ブランドの価値)のようなもので、誰もが知り価値があると思っているのに、誰も持っていないもの。そういうブランド価値を作り出すために、超高級バッグに対して500万でも1000万でも出すから欲しいと思う顧客がいるのに、売らない姿勢をとるブランドがいるわけです。それをもっと極端にして、作らないことでものの価値を高める仕組みをもっと強化ができたら、作る過程で無駄にものを使って人を搾取する必要もなくなり、人や物を運搬するためのエネルギーも使う必要なくなるはずです。作らないこと、存在しないことが、今世紀っぽいファッションのあり方なのではないかなと」
H「実際に超ハイクオリティですごく希少価値があり、高価格なものが店頭でも売れています。高級メゾンのバッグの価格も年々高騰し続けていて、50万円以下のバッグの展開がないブランドも出てきている。皮肉だと思いますね、ブランドが利益率を高め、売り上げを落とさないために単価を上げて、100個売るのと50個売るのが同じ売り上げになるというのは。頭がいいなとは思うんですが、それができて儲かるのは大きなブランドだけかも。表向きは、材料の原価が上がっているというエクスキューズでも、おそらく成田さんがおっしゃった意図で動いているハイブランドは少なくないと思うんです。ブラックなマーケットでの並行輸入の問題もあると聞くので、過剰に作らないことが、ある意味大前提、当たり前になるといいと思います。そう考えると、ファストファッションの巨大マーケットの方が、もっと解決方法がないのかもしれません」
N「LVMHグループの時価総額は30兆、40兆になり、巨大なハイファッションのコングロマリットは盤石なビジネススタイルになっていますよね。でも、ハイブランドの旗艦店って過疎地みたいですよね(笑)ガラガラで、店で買い物する人ってあまりいない印象があるんです。ブランドの価値を担保するためだけに存在している店舗だなあと。しかも富裕層しか買えない価格で、若者や貧しい人はそこから追い出される差別と格差の仕組みが埋め込まれてる。そことも戦うために、ものを作らないようにしていくと、そもそも存在しているのかどうかも疑わしい空虚な産業になる方向に行くと思うんですが、どうなんでしょう。物理的な実体としては服も店もどんどん空っぽになっていき、でも希少性だけが上がることで価値が高まっていくバブルを作り出すことで、バーチャルな産業になっていく図はイメージしやすいとは思います。おっしゃる通り、ファストファッションの方はバーチャル化しようもないので闇が深くどうしていいかわからない状態かもしれないですね」
必要とされる人間らしさとモードを逆手にとった試み
H「特殊な環境で育った身ですが、ファッションやモードで人を幸せにしてきた自負はあるし、生き方も変えられると思っています。身だしなみや洋服が発するオーラは、周囲の人の見方が変わるし、何より得られる自信や姿勢があると思うんです。そのような考えに共感して顧客になってくださり、毎シーズン新しいコレクションを楽しみにしている方もいます。洋服は必需品だし、いくらかお金を使うのであれば、きちんとしたいいものに導ける存在でありたいし、誰かのコンプレックスをファッションで自信に変えたいという気持ちでやってきました。根底に人への愛があるので、モードが単なる消耗品やお金だけがかかる娯楽だとは到底思えないんです」
N「ファッションは人の内面であると同時に外面でもあり、自分の一部であると同時に自分から引き剥がせるものでもある。自分の姿を人に選んでもらったり、売り買いできる不思議な存在。服を変えることで自分自身の心の状態や世界への姿勢が変わっていくのは、他ではあまり起こせない動きかもしれないですね」
H「ヒューマニティが伴えば、良いのではないかと考えています。3月のファッションウィークでも、バレンシアガのデムナがウクライナへ気持ちをこめたショーを披露しました。個人的にデムナの弟でヴェトモンの社長のグラムと親交があるのですが、彼らは難民だった過去があり、戦争に巻き込まれて家族でドイツに逃げた子ども時代を送ったといいます。トラウマだけどファッションで成功したことで、ジョージアのヒーローになっていると。彼らの存在や表現が母国の人たちのモチベーションを刺激して、ジョージアでファッションウィークが開催するようになったと考えると、国をポジティブな方向に動かしたことは事実。私のSNSには、戦時下のウクライナで洋服を作っている方や、ブランドを続けたい方から『服を見てほしい』とDMが届きます。ファッションに対する夢や情熱を持つ方がいると痛感するんです。バレンシアガのショー自体は、人間の生き様を表現するようなランウェイの演出で、心が動かされる内容でした。その表現方法はアーティスティックで、会場にいたファッション業界の人たちが人間的な気持ちに立ち返り、いま世の中で起きていることに目を向け、メッセージを世界中に発信したのは、ファッションでしかできなかったことかもしれない。道徳心があれば、モードを前向きなエネルギーに使えるので、世の中に必要な理由だとも思っています」
N「バレンシアガが広告キャンペーンなどで、ハイファッションが抱える矛盾と正面から向き合う試みをしている点は興味深いですよね。2020年夏の映像キャンペーン(*2)は、気候変動や環境問題、交通渋滞や選挙などさまざまなイシューを超デフォルメした奇妙な超常現象を報じる架空のニュース番組でした。ハイファッションの権威としてのアイデンティティと戦争難民だったアイデンティティ、不気味なものと美しいもの、真実と虚像、伝えたいメッセージがあるのかないのかを行ったり来たりしながら社会と向きあっているのがファッションの抱える矛盾をうまく体現しているように思います。矛盾を偽善的に取りつくろって、わかりやすいメッセージや取り組みをプレゼンテーションするより、矛盾を内側に抱えながら進んでいくことこそが人間だと表現しているわけです。こういう分裂した取り組みをするブランドが増えたらいいなと感じました」
H「この感覚をよりダイレクトにコレクションに落とし込んでいるのが、マリーン セルかと。デジタルの世界も取り入れて、このまま人間が自己中心的な生活を続けていくと地球が終わりを迎えると訴えてきました。コロナ前に高機能マスクを企業と協業でファッションアイテムとして提案したのも、パンデミックを予言していたと話題になりました。クリエイターが世の中の変化にいち早く気づき、ストーリーやコレクションに落とし込みメッセージとして世に発信している。ファッショントレンドだけではなく、何らかの社会風刺やメッセージ性が必ずあると思っています。それが日本は島国だからか、あまり報じられたり議論されたりしない。海外と日本を行き来していると、ちょっと孤立しているようにも思います。モードやファッションが表層的なものだけでないことは伝えていきたいと思っていて、こういった議論がもっと日本で広がってほしいです」
N「アート、ヒューマニティな側面と同時に、人が着て消耗されていく生活感が漂うという二重性をずっと抱えている不純さもファッションの特徴だと思います。今日みたいな話は、特殊な文脈がわかる人だけ理解できる話で、ヌメロで話すことはできても地上波のTV番組だと難しい(笑)。それでいいんじゃないかと思うと同時に、ファッション界が抱える問題意識や作られている服やショーの根底にある真意をどう世の中に伝えていけばいいんだろうという疑問は頭の片隅にあって。一部の人しか理解できないからこそ意味があるのか、もっと誰にでもわかるような言葉で語り伝えていくべきなのか。モードが抱えるもうひとつの矛盾なのかもしれません。マイノリティとマジョリティの永遠の相克」
H「対価は発生するけど、憧れの存在としてあっていいように思います。私自身も一生懸命働いて欲しいものを手に入れていますから。ただ、いまCDG空港にいますが、ファッションウィーク中でも見渡す限り、一般的にはおしゃれをしている人がいない(笑)。モードは少数派の感覚なんだと改めて感じます」
N「モード自体はカルピスの原液みたいなもので、濃縮されたものが使いやすい・着やすい形にどんどん変換されて、マジョリティの市場に流行としておりてくる。手が届かず視野に入らなかったものが、ふと普通の人のものに変わる瞬間がある。そういう事例としてイッセイミヤケのプリーツプリーズが思い浮かぶんです。見たことのない新しい形を力強く記憶する生地作りという技術的でコンセプチュアルな発想から生まれたのに、日本がいまより豊かだった時代に、多くの女性が単に「シワにならない」みたいな理由で買い求めた時代があった。このパターンはかなりレアで面白いと思います。庶民の生活にしっかり受け入れられるブランドとそうでないブランドがあるのは気になるところ。ブランドのロゴとかも大事そうですが」
H「人によって価値観が大きく違うので、着る側の気持ちも見る側の感覚もかなり温度差があると思います。ロゴは一種のステイタスだと思いますが、ロゴを自慢したいから着ているわけではないのに、そう見られることは多々ありますよね」
N「僕はロゴを見せたいという欲望がぜんぜん理解できないんですが(笑)。バレンシアガは、現在複数のロゴが共存していると聞きました。誰でも判読できるバリアフリーっぽいフォントのロゴから、一見何かわからない一筆書きロゴまで展開し、すぐブランドを連想できる『これがバレンシアガロゴ』というものは少なくなっているのだとか。自分自身は、わかりやすいブランドのロゴを着たり持ったりしたくないタイプ。個人的には目立たなければ目立たないほど嬉しいし、そう感じる人は少数でも一定数はいるはずです。どんなロゴがブランドにとってプラスなのかマイナスなのかは謎が残りますね」
H「デムナがコンセプチュアルにやっているとは思っていましたが、ロゴの世界も奥深い。ロゴといえば、ここ数年で多くの歴史あるブランドが、こぞって書体をシンプルにしています。最近ではフェラガモが記憶に新しい」
N「どんな文化圏、どんな国の人でも直ちに読め、デバイスへの最適化も考慮すると、結局ユニバーサルデザインっぽいサンセリフのフォントになっていくんですよね。そう思うと、フォントに依存しないロゴを生み出して使い続けている、ナイキやアップルのロゴはすごいなと。チェックマークとりんごだけなのに、なぜか世界中の人が判別できるわけですから。
立場が異なる二人が導いた実体なきモードの正体とは
Hここまでお話しして、モードが簡単に言い表せないことは明らか(笑)。でも一言で言い表せないからこそ面白く、長いこと人々にとって魅力的で謎めいた存在でいられたのかなと思います。答えがないから、その答えに向かって毎シーズン、クリエイティブデレクターをはじめ、デザイナー、ブランドが走り続けることができる。ある種、原動力になっているのかもしれません」
N「モードは“これでもあるし、あれでもある”みたいないろいろなものを包み込む概念で、お金稼ぎのしょうもないビジネスとして見ることもできれば、人間とは何なのか、価値とは何か、社会に対する疑問や批判、哲学、ポエム的なものを作るための装置として見ることもできる。もちろん、アートや歴史的なアーカイブとしてみることもできると思います。そして、人の生活を支えるインフラ的な部分もある。さまざまな要素を飲み込んだ、何にでもなれるカメレオン感がありますね。モードは動物愛護、人種問題、体形や人種の多様性など議論は呼びますが、決定的な敵や分断を作りにくい気もしています。政治が敵を作る北風だとするとファッションはぽかぽかと人々を照らす太陽のような存在かも」
Hカメレオン、それは納得。今季のロエベのように思い切りアートに振ることもできるし、クラフトマンシップを強調して工芸品のような存在にもなれる。それくらいクリエイティビティが突き抜けていて、モードの領域も自由自在に変化し続けていけるもの。売りやすいただの洋服ではなく、洋服のジャンルの中で、コンセプトも作り方も素材もシルエットも、多方面で変幻自在な存在なんです。あとは、それを身につけることで、着る人が何を感じ取るかだと思っています」
Realization & Text: Aika Kawada Edit: Chiho Inoue