映画・小説・マンガのアレが食べたい! 【映画編】
映画や小説のなかの食べ物はなぜだか強烈に印象に残る。映画と酒の雑誌『映画横丁』を手がける月永理絵と本と食べ物を愛してやまない林みきの2人のライターが、物語に登場するとっておきの食べ物を教えてくれた。まずは映画編。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年6月号掲載)
『ミリオンダラー・ベイビー』
本物のレモンを使った絶品レモンパイ
年老いたボクシングトレーナーと、彼の愛弟子となる若い女ボクサー。不器用な二人は、ぶつかりながらも徐々に同志として交流を深めていく。ある夜、女は思い出のダイナーに師匠を案内し、本物のレモンを使ったという名物のパイを食べさせる。そのあまりのおいしさに、男は思わず「このまま死んでもいい」と呟く。メレンゲたっぷりのレモンパイを見るたび、イーストウッドの笑顔が浮かぶ。
『憂鬱な楽園』
おかずを次々のせては食べる白ご飯
社会からあぶれた中年男ガオは、けんかっ早い弟分とその彼女とつるみながら、台北でうだつの上がらない日々を送っている。食事の場では、ご飯茶碗を抱えてうろうろ歩き、テーブルにずらりと並んだお皿から、おかずを箸でつまみ、時には汁を白ご飯にかけながら、だらだらと食べ続ける。その無作法な食事の様子がなんとも魅力的で、見終えた後はすぐさま台湾料理屋に駆け込みたくなる。
『岸辺の旅』
黒胡麻餡の白玉が招いた亡き夫の帰宅
3年前に夫が行方不明となったままの瑞希は、ある夜ふと思いつき、白玉団子を作り出す。お手製の黒胡麻の餡を生地に包んだら、お湯をはった鍋に入れ、ゆっくりと茹でていく。すると、夫の勇介が不意に姿を現す。「俺、死んだよ」と呟いて、熱々の白玉をぺろりと平らげる勇介。おいしそうな匂いが死者を呼び寄せたのだろうか。ふるふると揺れる白い玉が妙に官能的で、ドキドキする。
『ムーンライト』
親友二人の再会を祝福するキューバ料理
内気な少年シャロンと、彼が唯一信頼を寄せていた親友のケヴィン。ある事件を機に別々の道をたどることになった二人は、大人になり再会する。地元でシェフとして働くケヴィンは、シャロンの変化に驚きながらも自信作のキューバ料理を振る舞う。鶏肉のグリル、リゾット、黒豆の煮込み。気持ちのこもった料理と赤ワインがあれば、時間の空白も、気まずさも、きっとどこかへ行ってしまう。
『若い女』
不仲の母娘が無言で作るフライドポテト
年上の恋人に捨てられた31歳のポーラは、家もお金も仕事もなく、飼い猫を連れパリの街を彷徨う羽目に。仕方なく不仲だった母の元を訪れるが、大げんかに。一時休戦の方法はフライドポテト作り。黙々と共同作業をすることで、頑固な母娘はようやく言葉を交わし始める。芋の皮をむき、スライサーで細切りにし、からりと揚げる。揚げたてのポテトにはお手製のアイオリソースもお忘れなく。
『逃げた女』
女たちがきれいにむいては食べるりんご
女は旧友たちを久々に訪ね、ご飯を食べ、酒を飲み、おしゃべりをする。物語自体は実にシンプル。だけど時折謎めいた不穏さが顔を出し、見る者を惹きつける不思議な映画。そもそもタイトルの意味するものとは? そんななか、二度も登場するりんごの場面が印象深い。果物ナイフできれいに皮をむき、食べやすい大きさに切ったりんご。「さあどうぞ」と出されると懐かしい気持ちになる。
Text:Rie Tsukinaga Edit:Mariko Kimbara