【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」 vol.25 参院選と「賃上げ」論争
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
vol.25 参院選と賃上げ論争
参院選を控え、各党ごとの公約が掲げられていますが、昨今の物価高を背景にどの党も共通して賃上げを声高に訴えています。社会全体のムードとして賃上げを後押ししていくことはいいことなのではと思っていますが、この30年近く、日本人の実質賃金は先進国でも唯一下がり続けているというのが現状です。
参院選「賃上げ」で各党競うも、企業の本音は?
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62106630X20C22A6EA1000/
日本の労働基準法は解雇規制が厳しく、一旦正社員として採用した人を解雇するハードルは非常に高くなっているところが、まず賃上げ抑制に寄与しています。解雇規制が緩まれば、結果的に人材流動性が高くなり、転職がさらに一般的になることで優秀な人材から給与があがっていくでしょう。
外資系企業やスタートアップを主戦場に働いている人はサラリーマンであっても数年ごとに転職を繰り返していくことがが多いものの、特に大企業に勤務する人々にとって転職によるキャリアアップは一昔前ほど珍しいものではなくなったとはいえ、まだ一般的と言われる段階までは到達していないイメージがあります。
いわゆる大企業で一般的に行われているような新卒を一括で大量採用、終身雇用というスタイル前提で給与を設計するとなると能力に応じた賃金設計のハードルはどうしてもあがってしまいます。解雇規制を緩めることが直接的に賃金の上昇につながるのかというとそうではなく、人材流動性を高めることがやはり賃上げには効き、優秀な人材ほどより高い年収で雇用したい会社が当然出てきますし、転職せずに今の会社に勤務し続けてもらうにもそれなりの給与が必要となり、そうなると全体の給与水準が結果として底上げされるのです。実際に、人材獲得競争の激しいスタートアップの給与水準は大企業に準じる水準に届くほどです。
プロ野球においては今から30年前の1993年にFA(フリーエージェント)制度が導入されて、一定水準の一軍登録日数を満たすと自由に他球団と交渉できるというこの権利が生まれたことにより、特に宣言をした選手の年俸は上昇し続けてきました。MLBの給与水準とはリアルに桁違いの差があるものの、適切な能力を持った選手に適切な(ときにそれ以上の)賃金が支払われる構造が強化された制度なのは間違いがないでしょう。
いわゆるサラリーマンは、日本国憲法の下、職業選択の自由が保証されており、いつでもどこの会社と交渉して転職しても問題がなく、皆、すなわちFA権を持っている状態です。特に大企業で働いてるとそれなりに活躍していたところで自分の能力がその権利に相応しいのかどうかの自信がしっかりと持てずに、それなりに恵まれた環境が与えられた現在のポジションが動くことが実情以上のリスクに映ってしまうケースがやはり多く、企業間での賃金の競争原理もあまり働かず、結果的に今の会社に留まるという人が少なくない、というのが実情です。
逆に経営サイドからみると、それなりの人数の30代〜40代の高い能力を持った社員を2000万円以内の給与でを雇用でき高いロイヤリティを持って働いてもらうことができる、というのは日本の大企業のコアコンピタンスのひとつと言えたのかもしれませんが、グローバルの視点で考えると決してサステナブルな構造ではありませんし、マクロ経済にとってもいい影響を与えません。
上記のようなハイキャリアの世界でもそうですし、秋の改定に向けて政府内でも議論がはじまっている最低賃金の話に関しても、個人的には一定規模以上の利益が出ている会社などの制限をつけるにしても時給1500円〜2000円まであげてしまって、その程度の賃金が支払えるビジネスが生き残っていくという構造になっていったほうがいいインフレにつながっていくのではないかと感じています。ちなみに時給2000円で1日8時間で月22日働いたら月額35万2000円、年収420万円強で、日本の平均年収程度の金額になります。
格差を抑える仕組みももちろん重要ですが、能力のある人がしっかりと稼ぐ仕組みを今以上に設計していくという方向にももっと力が向いていくことも日本の社会には必要かもしれないな、と選挙を前にして思います。何はともあれ、投票には必ず行きましょう。
Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue