【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」 vol.22 金融所得課税をめぐる議論
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
岸田首相はゴールデンウィークに訪れていたロンドンで講演し、貯蓄から投資への移行を促し「資産所得倍増を実現する」と表明しました。従前から国内でも議論されている金融所得課税の増税の議論とあわせて、今回はその表明の意図はどういうところにあるのか少し考えてみたいと思います。
vol.22 資産所得倍増を実現? 金融所得課税強化の議論で右往左往
首相「資産所得倍増」、脱炭素150兆円投資
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA050O40V00C22A5000000/
日本には2000兆円規模の個人金融資産があり、半分強が預金と言われています。対してアメリカの個人金融資産は114兆ドル(約1京5000兆円)で、国民一人あたりに置き換えても3倍程度アメリカの方が多く、かつ、日本では株式・投信の比率が全体の15%なのに対して、アメリカでは50%を超えています。アメリカでは、7500兆円強が個人資産から投資に回っているのに対して、日本では300兆円程度とその差は歴然です。
かなりざっくりいうと、未来への可能性に集まるお金が多ければ多いほど景気がいいと言われる状態になるわけですが(集まりすぎて実態以上の評価が重なる状態が続くと当然破綻、バブルが弾けます)、その観点からも投資で集まるお金は経済にとっては血液のようなもので、そこを増やすことが経済を成長させていくことにとって非常に重要なのは言うまでもありません。
スタートアップへの投資額も2021年でみるとアメリカでは30兆円程度が新たに投資されたのに対して日本は8000億円程度でした。これでも日本におけるスタートアップへの投資額も年々かなりの割合増えていますが、個人資産に占める株式の割合同様30倍程度の差がついており、新たに成長していく経済に対して回っているお金が多いとはまだまだ言い難い状況です。
その個人資産から投資にまわした分に対して成果がついてきたときに投資サイドが得る収益が資産所得、金融所得であり、ここを増やしていく方針というのが今回岸田首相がロンドンで表明したものになります。我々のサマリーポケットも日々奮闘していますが、日本でもスタートアップが提供するサービスが年々盛んになっていることもあり、無論リスクはあるものの、全体的には預金よりも投資にまわしたほうが資産が増えていくスピードが早いのは日米ともに変わりません。
金融所得課税の強化は「投資をしやすい環境を損なわないように配慮しつつ、与党の税制調査会などで議論される」。松野官房長官が記者会見で述べました。https://t.co/3e5jJC0XqV
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) May 9, 2022
とはいえ日本においては、投資に回せる程度の余裕がある個人資産を持っているのは富裕層及び60歳が多く、7割以上が60歳以上の資産です。富めるものがこれ以上さらに富むのはけしからんという気持ちで検討されているのが金融所得課税の増税なのですが、現状でも個人資産から投資に回される割合が多くはない状況でここの増税をオプションとして持ち出すのは正味愚策です。十分にお金が回ってきてきて少し減ってもいいくらいという状況ならともかく……。
NISAなどは金融所得の減税措置で、投資に回る資産を増やすために打ち出されている施策であり活用している若年層も少なくありません。ただ個人資産に占める投資の割合を大幅に増やすところまでは辿り着けていません。
そして残念ながら資産を持たない層が少なくない日本においては、資産所得倍増というのは全国民を底上げして豊かにしてくれる方針でもありません。ただ富めるものがさらに富もうとも、成長のための資金の枠を増やしていくのがまず第一ステップとしてやるべきことなのです。
そのあと経済の成長に投資される金額が増えることで雇用が増え人件費のが底上げが起こり、結果個人所得の上昇トレンドにつながっていく、といったそういう好循環までつなげていかないとこの国の経済はなかなか上向きの方向にはなりません。簡単にできることではありませんが、この循環を作っていかねばいけません。クオリティの高いサービスや製品を低価格で展開し続けて低所得でも豊かな生活をキープするというこれまでの日本のやり方はさすがに限界がきています。
首相のこのコメントのあとすぐのタイミングでそれでも金融所得課税を増やしていく方針を打ち出す内閣や、首相のこれまでの発言を鑑みると今回も場当たり的に市場の受けがいいコメントをしている印象もあり、あまり明るい未来は今のところ想像し辛いところが多分にあります。個人的には新しい産業の創出にできる限り寄与していく所存ではあるものの、マクロ的にも少しずつでもいい循環になっていくといいのですが。
Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue