松尾貴史が選ぶ今月の映画『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』
1998年、企業弁護士ロブ・ビロット(マーク・ラファロ)が、見知らぬ中年男から思いがけない調査依頼を受ける。さしたる確信もなく、大手化学メーカー、デュポン社の工場からの廃棄物に関する資料開示を裁判所に求めたロブは、“PFOA”という謎めいたワードを調べたことをきっかけに、事態の深刻さに気づき始める……。『キャロル』や『エデンより彼方に』で知られるトッド・ヘインズ監督作、映画『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年1・2月合併号掲載)
今も続く巨大企業との戦い
巨大企業による環境汚染の問題は、日本でも「伝統的」に頻出します。こういうことに頓着しない人でも、訴えられた企業名の二つや三つ、すぐに思い浮かぶのではないでしょうか。アメリカでその筆頭に挙げられそうなのが、デュポン社でしょう。有毒な物質であることを社内の独自の調査で把握しつつも、その報告をせず隠蔽、証拠隠滅を続けてきた同社の犯罪的行為を追及する弁護士がいました。
この『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』という作品は、実際に起きた、いや起きている出来事を実録的に再現しています。映画を観終えてわかったことですが、終わった事件を描いたのではなく、今も続いているということに驚きました。事実が描かれているので、結果がわかっているではないかと思われるかもしれませんが、最後まで釘付けになります。たった一人の風采の上がらない弁護士が、行政まで丸め込めるような巨大企業に対抗することになる経緯から、どんどん肩入れしたくなっていきます。「私、失敗しないので」という決め台詞の主人公のような特殊な才能ではなく、根気だけが取り柄の地味な存在が、いずれは社会のためになる大仕事を成し遂げる好例でしょう。
当時、アメリカ政府すらその存在を知らなかった物質によって、人間や動物に深刻な健康被害をもたらすことに気づいた貧しい牧場主が、そのデュポン側の法律事務所へ主人公の弁護士ロブ(マーク・ラファロ)を訪ねてくることから、関わり合いが始まります。そこからの十数年が物語られるのですが、莫大な資金を持つ組織に対抗することは、想像通り過酷なものです。汚染地域の住民たちも、汚染物質を生み出す企業によって町の雇用などが生み出されているので、波風を立てないようにしている、日本でいうと原子力発電所がある自治体のような感じでしょうか。訴訟を起こした牧場主や家族も、出かけるたびにつらい目に遭い続けます。ラジオから聞こえてくる名曲『カントリーロード』は、汚染の舞台となったウエストヴァージニア州のご当地ソングですね。
映画自体は、特別に目を引く演出効果を狙っておらず、一見地味な感じではありますが、自然と「肩入れ」してしまっているので、共感を抱きつつ最後まで気が抜けません。そして、私たちの家にも大抵は置かれていて毎日のように使われるある物への不安も、目が離せなくなる一つの要因でしょうか。終盤、字幕のクレジットロールがせり上がる直前に、「へえ、そうだったのか」という部分があります。そこもお楽しみの一つとして取っておきましょう。
『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』
監督:トッド・ヘインズ
出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス、ビル・キャンプ、ヴィクター・ガーバー、ビル・プルマン
全国公開中
dw-movie.jp
配給・宣伝:キノフィルムズ
© 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.
Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito