【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」 vol.11 離婚したマックロウ夫妻のアートコレクション競売
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
vol.11 アートコレクションの総落札価格が約770億に。マックロウ(元)夫妻の離婚による財産分与
今回は、アートコレクターとして知られるNYの不動産ディベロッパーの長年連れ添ったマックロウ(元)夫妻が、離婚に際しての財産分与でコレクションを売却した話です。
‘Quality Triumphs’: Macklowe Collection Brings in $676.1 M. at Sotheby’s
アメリカでも有数のアートコレクターと知られるハリー・マックロウとリンダ・マックロウの(元)夫妻、50年以上連れ添ったあと2016年に離婚しました。ハリーはその後、若いパートナーと結婚、不動産からアートまで、夫妻の資産自体が膨大だったこともあり、離婚の条件の協議は泥沼に難航していました。
中でもアート・コレクションの中には、マーク・ロスコ、ジャクソン・ポロック、アルベルト・ジャコメッティ、サイ・トゥオンブリー、アンディ・ウォーホルなど、戦後の現代美術の重要な作品群が数多くあり、夫婦それぞれにアドバイザーがついて資産鑑定を行ったものの、それぞれの評価の差が大きく、なかなか合意に達しませんでした。
コレクション自体はグッケンハイムやメトロポリタン美術館の評議委員を長らく務めていたりとアートへの造詣が深い妻のリンダが中心となり長年をかけて収集したもので、特にリンダにとっては我が子のように愛着があるもののはずで、できれば散逸させたくなかったものだったかもしれません。
交渉としては、作品を手元におきたいリンダとしてはコレクションに低めの評価を、夫のハリー側としては高めの評価を算出することで自身の取り分を少しでも多くできるような交渉のスタンスでいたと思われます。ただ、そこのズレ以上に、一定のエスティメイト(落札見積り価格)が存在しながらも、このクラスのアートの“リアルな”資産価値(≒オークションでの落札額)というのは実際問題として競売の結果が出るまではなかなか正確に算出することができないという側面が多分にあるのです。その作品を猛烈に所望する大富豪が世界のどこかに2人いるだけで予想の何倍もの落札額になるケースだって、決して珍しいことではなく。
今回出品されたジャクソン・ポロックの作品を例にとってみると、離婚協議中のある鑑定士の評価は3500万ドル(約40億円)、別の鑑定士の評価は1500万ドル(約18億円)でしたが、実際のオークションでは予想の2500万ドル(約28億円)を大きく上回る6100万ドル(約69億円)で落札されています。
そういった背景もあり、2人が離婚後それなりの期間をかけてもお互いが納得する評価額に到達できなかった作品65点に関しては最終的に裁判所が売却を命令し、新型コロナの影響で開催が遅れたりはあったものの、今回のタイミングでオークションに出品されました。今回出品されたのは35点で、まだ来年にも残りの約半分の出品が予定されていますが、マーク・ロスコの作品がアーティスト史上歴代2番めに高額になるなど、今回はコレクション全体で総額6億7610万ドル(約770億円)という超高額の落札金額になりました。総額でもエスティメイトを大きく上回っており、プライベートコレクションの売却金額としては歴代最高額と言われています。
美術品の売却タイミングの3つのDと言われる、Death(死)・Divorce(離婚)・Debt(借金)のうちのひとつにしっかりとあてはまっている今回の夫妻のコレクションの放出ですが、どのオークション会社が担当するかに関してもサザビーズとクリスティーズのフィリップスの3社がコンペで争った結果サザビーズに決まったとのこと。
今回のような大金持ちの離婚や著名人の死が彼らの大きなビジネスの機会になっていることも、なんだか少し皮肉な感じもしますが、このような高い評価のつく数々のアート作品には、そういう業をもエネルギーに変えていく力がそもそも備わっているのかもしれません。
日本ではまだ離婚時にアートの取り合いで泥沼になったという話はあまり聞きませんが、今後コレクターが増加し、時が経つともう少し小粒の似たような問題が起こってくる可能性も大いにありそうです。お金持ちのことを羨ましいなと思う気持ちもありながら、お金持ちならでは問題もやはりあるものだなぁとしみじみな芸術の秋です。
Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue