【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」 vol.9 クリスト&ジャンヌ=クロードの「凱旋門を包む」プロジェクト
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
vol.9 「凱旋門を包む」プロジェクトにおける資金集め
今回は、去る9月18日から10月3日までフランス・パリで行われていた、クリスト&ジャンヌ=クロードの「凱旋門を包む」という壮大なプロジェクトがテーマです。
読者のみなさまの中にも、ニュースなどでご覧になったという方も少なからずいらっしゃると思いますが、9月の中頃から今月頭にかけて、パリのエトワール凱旋門が白い布状のテキスタイルで包まれていました。当初、2020年の4月に開催予定だったこのプロジェクトですが、新型コロナの影響もあり、1年半の延期になり、この度ようやく開催にこぎつけました。インスタレーションをどうしてもこの目に直接焼き付けたかった僕は、1年半以上ぶりの海外、偶然にも最後に行ったのもパリでしたが、実は弾丸で凱旋門のために、パリに行ってきました。
クリストとジャンヌ=クロード夫妻によって、このプロジェクトが一番最初に計画されたのは、1960年代の初頭と言われていて、当時パリに住んでいたクリストは、凱旋門を窓からみて、いつかこの建造物を包んでやりたいと思うようになったそうです。
パリでは1985年にポンヌフ橋を包むというプロジェクトを実施していて、四半世紀を経て、夫妻の最後のプロジェクトとして実現したのが今回のプロジェクトでした。そう、ジャンヌ=クロードは2009年に74歳でこの世を去り、夫のクリストもプロジェクトの実現をみることなく、2020年5月に84歳で亡くなりました。ちなみに二人とも1935年6月13日生まれで、同じ誕生日だったという運命的な事実も結婚のひとつのきっかけになったそうです。
同じくパリのポンピドゥー・センターで夫妻の大回顧展が2020年に企画され、その準備段階でパリでやりたいプロジェクトはないかとポンピドゥーから聞かれたクリストが集大成として実現させたのが今回の企画でした。逝去後は甥がプロジェクトを引き継ぎ、各所との交渉などを担当し、そこには多くの人々のこれはなんとか実現しないといけないという思いもあったのでしょう、この非日常どころか非現実感すらある奇想天外な企画が先日の開催まで辿りついたのです。
これ以前にもポンヌフ橋や、ドイツの帝国議会議事堂などを包んできて、期間限定の非日常な光景を生み出すインスタレーションをそれ以外にもいくつも手掛けてきたクリスト・ジャンヌ=クロード夫妻ですが、その資金の集め方がある種、独特でした。今回の凱旋門のプロジェクトは約18億円の予算がかかったと言われていますが、その費用はすべてクリストの資産から負担されていると言われていて、国や市が費用の一部を負担しているわけではなく(費用以外の部分においては多分なるサポートがあったものと思われます)、また寄付を募って実現したものでもないのです。
この凱旋門のプロジェクトにとどまらず、夫妻が手掛けた壮大なインスタレーションの実施にあたって、夫妻が書き溜めたドローイングや、プロジェクトのポストカードをこつこつ販売し、そこで貯めた資金をプロジェクトに充てていました。利害を作らない状態で実現するというのも彼らのひとつの重要なコンセプトで、そのファンディングや関係各所のとの調整のプロセスまで含めて、彼らは愉しみ、そしてインスタレーションの一部と考えていたとも言われています。
そういう構造のファンディングを、昨今一般的な言葉として認知されてきた感のある「クラウドファンディング」といったような呼び方をすることは当時はなかったでしょうが、ある意味、彼らのプロジェクトは、手間も時間もかけた壮大なクラウドファインディングであり、今思うと、結果としてその走りだったとも言えるかもしれません。
今回の凱旋門のプロジェクトは起案者がこの世を去っても、その想いは生き続け、多くの人を巻き込み、実現されました。意思のパワーの凄まじさを感じます。結果、世界中の多くの人を驚かせ、まるでコロナ禍から世界がリブートしていくタイミングのひとつの象徴的な事象として、人類の歴史のひとつにすらなったのではと、僕は現地で感じました。凱旋門を見上げる人たちの無邪気な笑顔こそ、アートは誰にでも開かれているべきと考えていた夫妻の一番求めていたものなのかもしれないなとも思いました。人生をかけてそれらを追い求めたクリストとジャンヌ=クロード夫妻に、最大限の敬意と感謝をこめて。
Photos & Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue