山崎ナオコーラ×村田沙耶香 「身体をめぐることば」 | Numero TOKYO
Culture / Feature

山崎ナオコーラ×村田沙耶香 「身体をめぐることば」

身体をテーマにした作品を描くとき、小説家はどんな思考をたどるのだろう。既成概念を揺るがしたり、未知なる世界に連れていってくれる小説やエッセイを発表し続ける山崎ナオコーラと村田沙耶香が語り合う、肉体、ジェンダー、そして書くことについて。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年6月号掲載)

「性別」だけではない「身体」

山崎ナオコーラ(以下Y) 「今回の対談のテーマを聞いたとき思ったのが、身体って性器のほかにも内臓っていろいろあるのに、性別のことばかりを聞かれることがこれまで多かった気がして。性別のある身体を持つ人間として作家をやるというのが私はあまり得意ではないのだけど、沙耶香ちゃんはテーマを聞いて、どんなことを思った?」

村田沙耶香(以下M) 「私はすごく広いテーマだなと思って。性別とあまり関係ないことだと、ジムに通い始めて、それまで本当に嫌いだった運動が楽しくなって。軽い運動だから肉体改造まではいかないけれど、肉体がどんどん変わっていく楽しさをまず想像したかな。あと自分としては、女としての身体もわりと好きだと思っていて。幼少期はすごく初潮を楽しみにしていたし、ナプキンとかも『こんなきれいなものを付けるんだ! かっこいいし、大人だ』と思ったりもしていて。でも女性の身体があるということで、しんどいこともすごくあったけれど、そのごちゃごちゃした出来事がなければ肉体としては好きだから、あまり違和感なく、のんびりしているのかもしれない」

村田沙耶香が影響を受けた山田詠美の作品。左から『蝶々の纏足・風葬の教室』(新潮文庫) 『ベッドタイムアイズ』(河出文庫)
村田沙耶香が影響を受けた山田詠美の作品。左から『蝶々の纏足・風葬の教室』(新潮文庫) 『ベッドタイムアイズ』(河出文庫)

──村田さんはエッセイなどで、身体を描くことについては山田詠美さんの作品に影響を受けたことを書かれていますよね。

「はい、私は山田さんの作品に出合うまで身体とは違う部分で引き裂かれていた感覚があったんです。当時は『水着の女だらけの○○大会』みたいな番組をテレビでやっていた時期で、『初潮が楽しみな自分の身体とは別に、男性を興奮させるための身体にならなきゃいけないのかな?』という苦しさがずっとあって。でも山田さんの本の中では全然違っていて、『蝶々の纏足』『ベッドタイムアイズ』などを読んだら、女の人が自主的にセックスすることがとても美しく描かれていて。それこそ言葉が本当に美しくて、そのことが私を楽にしてくれたんですよね。私の身体は私のものなんだという当たり前のことに気づくことができて、引き裂かれていたものがちょっと縫われて楽になった気がしました」

「『文學界』のリレーエッセイ『私の身体を生きる』の中で沙耶香ちゃんは自慰の話を書いていたけど、すごく読みやすいなと感じたんだよね。私は昔の小説も読むんだけど、昔の作家は登場人物の性別によって自慰の話を書くか書かないかの差があったり、性差別をどうしても抱えている。そこに蓋をして読んで楽しむこともできるけど、現実の世界とすごく違うからやっぱり読みづらさがある。だから沙耶香ちゃんの小説や文章を読むと『こういうことも書いていいんだ』『私のための文学だ』って思えて、すごく読みやすいんだよね。いまはフェミニズム文学のブームがあるけど、それとも少し違う読みやすさがある。これが自然なんだ、人間なんだ、っていう。沙耶香ちゃんの作品によって、世界中のみんなに開かれた読みやすい文学が始まった感じがするんだよね」

──いま女性の作家が身体や性について書くと、すぐフェミニズムに結び付けられがちですが、そのことへの違和感はありますか?

「私は人間としてはフェミニズムに賛同しているのですが、自分の小説は、自分の手に負えない奇妙なものであって、自分の思想を説明するための道具だとは考えていないほうなので、そこは切り離されていると感じています。自分の作品にフェミニズム的部分があったとして、それを目指して書いているというより、自分の中に冷凍保存されている女性としてのしんどさがとてもたくさんあるから、たぶん無意識を使って小説を書いているのでそういう言葉が小説の中で発生するのだと思います。自分はあまり頭の良いほうではないし、自分が全部を見通せる物語は大したものじゃないと思っているので、自分の手に負えない、自分でもわけのわからない小説になるまで書かないといられないし、そのことで自分の頭や既成概念も壊されたいと考えてる。そんな実験みたいな中で人間としての自分に反する言葉が出てきたとしても、小説家としての自分は書かないといけないと考えながら書いています。常にコントロールできないし、それを目指しているので、『これはフェミニズムも含まれる小説だ』と言われるなら違和感はないのですけれど、『この作家はフェミニスト作家で、一生フェミニズムをテーマに書くんだ』と言われてしまうと、そうとは限らないので、ちょっと不思議な感じがあるかな」

「私は人とつながるのが苦手で。自分が思っていることは他の誰かと似通っているかもしれないけど、作家って個人作業だし、私の場合は別にみんなと一緒に言う必要はないのかなっていう気持ちがありますね。ただ、これまで小説というのは政治的であったり、何かを主張するものではダメだという考え方があって。私は主張っぽいフレーズはパワーがあって好きだし、ドキッとさせれば勝ちなんじゃないかという気持ちがあるけど、それこそ私が書いた『人のセックスを笑うな』とか『肉体のジェンダーを笑うな』は主張っぽい言葉だから『小説としてはどうなの?』と言われたりもした。でもフェミニズムのブームによって、主張がある作品も小説と呼ばれるようになったのは、なんか良い流れなのかなっていう気もしますね。さっき話されたみたいにフェミニズム小説っていうカテゴリーに入りたいとは思わないけれど、ちょっと書きやすさは感じるようになっています」

小説における「男性」と「女性」

──お二人の作品に登場する違和感を抱えた人物は、男女のどちらかに限定されていない印象があります。それは意図的に、男女両方を描いているのでしょうか?

「私は性別によって人間はそこまで違わないと考えているので、あまり想像しなくても書けると思っているところがあるかもしれない」

「私の場合は特に意識しているわけではなく、考え方のクセなんだと思います。人間はみんな同じ量の苦しみを抱えていると子どもの頃に激しく思い込んでいたせいもあって、自分のしんどさを考えたあとに『でも違う立場の人は、こういう感じでしんどいんじゃないか?』と反復運動みたいな考え方をするクセがあって。小説で女性のしんどさを書いていても『苦しめている男性にも、こういう肉体の苦しみがあったかもしれない』とか『自分が男性だったらこう振る舞っていたかもしれない』と反復せずにはいられない。なので意図的というよりかは、本当にクセとしか言いようがないんです」

──山崎さんの『肉体のジェンダーを笑うな』に収録されている「顔が財布」は、主人公が女性とも男性とも読める内容でしたが、あえてそういう設定にされたのですか?

「あえてというか、私は今後どの小説でも性別を決めないで書こうと思っていて。人間にとって性別はそんなに重要項目じゃないから、それを気にしなくても小説を読める時代になっていくんじゃないかと考えているんです」

山崎ナオコーラ『肉体のジェンダーを笑うな』(集英社)
山崎ナオコーラ『肉体のジェンダーを笑うな』(集英社)

──それは形式として書くのは大変じゃないですか?

「いや、日本語だと人称がなくても書けるからそうでもなくて。英語だと人称の代わりに名前を毎回出すと変だから必ず『he』か『she』を出さないといけないけど、日本語だと毎回『山崎は』とかにしても変ではないからすごく書きやすい。日本語って、あまり性別に縛られていない言語な気がします」

「英語圏では『he』や『she』の代わりに「they」にしようっていう動きがあると聞いてうれしかったです」

「そう、小説ってせっかく性別や顔がなくても成立する分野なんだから、性別を書かずに人間関係やつながり
を描けたらいいなっていう野望があります。あと今年は『あきらめる』っていうテーマで小説を書こうと思っていて。最近はボディ・ポジティブみたいな自分の身体を前向きに捉える動きがあって、すごく素晴らしいことだと思うけど、自分の身体をポジティブに捉えたり気に入ったりすることは私にはすごく難しくて。だから自分が一番しっくりきて、生きていくためにやれるのは『あきらめる』、自分の身体を『これで生きていくんだ』と、あきらめて受け入れることだなって。「あきらめる」って古語では「あきらかにする」っていう、わりと良い意味があるから、私はあきらめる方向で生きていったり、書いていったりしたいなって」

「その作品、読んでみたい。読むのが楽しみ! そういえば『コンビニ人間』を書いたとき、入店チャイムの音に反射的に反応する描写とかを意識せずに書いていたけど、『働く身体が描かれていますね』と言われてうれしかったことがあって。私にとって身体は好きなテーマだから、これからもいろいろな形で考えていきたいと思ってます」

生身の「人間」を描くのが文学?

──登場人物の身体は描写されない限り具体的なかたちを持ちませんが、書く側としてはどれくらい意識されるものですか? 山崎さんの作品の多くは身体よりも、人間関係のほうが主題だと思いますが。

「そうですね…私は身体よりも社会に興味がある感じがしていて。ただ、よくよく考えると自分の身体のイメージも社会から影響を受けているし、自分の身体なのに絶対に社会から逃れられないから『やっぱり身体も社会なんだ』っていうふうに見ることで文章にしているかもしれないです。沙耶香ちゃんは小説を書いているとき、本当に肉体がある人がしゃべるところとかを想像している?」

「言葉が最初に出るのではなくて映像で場面が浮かぶのだけど、一人称が多いから主人公の視点での映像が見えていて。ただ映像といっても映画みたいにきれいなものではないから、それを必死になんとか書き留めている感じかな」

「私はむしろ顔が思い浮かばないような文章が書けたらいいなっていう気持ちがあるかもしれない。小説を書き始めた最初の頃は一文、一文が美しくて、どこから書いてもいい曼荼羅みたいな、全部が詩でできているような小説を書きたいと思っていて。通勤電車の中とかで思いついたフレーズをメモして、それを粘土アニメみたいにつなげて小説を作っていたんだけど、それではダメだと言われて。一行目を書いて、二行目がどうなるかわからない中で一文、一文がつながれていって、どこかでグルンとねじれたときにシュッと魔法が入ってくるようなものが小説であり、一文が美しいとかじゃダメなんだよね、たぶん。だからもう私は文学を降りようと思って」

──『肉体のジェンダーを笑うな』のプロフィール欄に「今後も純文学を続けるのだろうか?」と書かれていて驚きました。

「そう、人から『文学じゃない』と批判されるといちいち落ち込んじゃうから、もう文学ってことを全部忘れようという気持ちになってしまっていて。文学は降りて、自分の本づくりとか言語芸術とかをやればいいやと。いままでの読書体験の中で『こういう言葉が続いていると気持ちいい』みたいなことがあって、そこを書く上で重要視しているけど、それは『人間が描けてない』ということかもしれなくて。やっぱり生身の人間というのを追い求めていくのが文学なんだろうなって」

「でも、みんなが想像するような生々しい人間を書くのは別にノルマじゃないと思うし、『肉体のジェンダーを笑うな』を読んだとき、例えば目が感情に合わせて細かく動くのと同じように言葉も動いている、その動きが書かれていると感じて。あと私は文章が下手だから、逆に美しい文章を追い求めるのが文学なのかなって考えて、ずっと強い憧れをもっています」

「なんで自分の文章が下手だって思ったの?」

「信頼できる人から言われるのと、自分でも憧れるような文章とは全然違うなあ、って感じるの。『村田さん
にしか書けない、変な文章みたいなものは、もっと追求してもいいかもね』っておっしゃってくれた方の答えがいちばん腑に落ちたから、それを心の支えにしていて。でも、『自分の文体が欲しい』というのが小学校のころからの願いだから、心の底から憧れているし、いつか書きたいです。ただ、ナオコちゃんの話を聞いて、何を書いても『それは文学じゃない』っていう〈文学じゃない警察〉みたいな人が現れるのかなって少し思った(笑)」

「文学じゃない警察(笑)」

「たぶん、その警察はどこにでも現れるから、世界中の作家が言うことを聞いてしまったら小説が消滅しちゃうんじゃないかな。だから、厳しくても信頼できる大切な意見だけ体の中に入れて、ただ傷つくだけでしっくりこないときは無理にその言葉を食べる必要はないのかな、って。今日話をしていて思えたよ」

「自分が書いたものについて何かを言われるってことは一生あるんだと思っていたし、沙耶香ちゃんも言われるなら、私もこれから気にしないようにするよ」

「うん、せっかく小説家になったのだから、寿命を全部使って、自分が書きたい形のものを完成できたらいいなと、願っています」

身体にまつわる二人の著作と、影響を受けた作家の本のリストはこちらから

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Photos:Takehiro Goto Interview & Text :Miki Hayashi Edit:Chiho Inoue, Mariko Kimbara Cooperation:Kimpton Shinjuku Tokyo

Profile

山崎ナオコーラNao-Cola Yamazaki 1978年、福岡県生まれ。2004年に会社員をしながら書いた『人のセックスを笑うな』でデビュー。近著に『ブスの自信の持ち方』『肉体のジェンダーを笑うな』など。最新作に家事時間をプラスに捉えて楽しい考え事に使う日々を綴ったエッセイ『むしろ、考える家事』。目標は「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」
村田沙耶香Sayaka Murata 1979年、千葉県生まれ。2003年『授乳』で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞しデビュー。09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、16年に『コンビニ人間』で芥川賞を受賞。近著に“信じる”力で世界の理不尽と対峙する人々を描く4つの物語を収録した短編集『丸の内魔法少女ミラクリーナ』などがある。

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