自然が愛おしくなる本
山の景色や匂いを運んでくれる本、森の奥深くへと連れて行ってくれる映画。大自然への畏敬の念が高まること必至の12作品(映画、本それぞれ6作品)をプロがセレクト。本のセレクターは、山口博之。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年3月号掲載)
1. 『おうい雲よ ゆうゆうと馬鹿にのんきさうぢやないか』
自然の声が呼び起こす喜びと寂しさ
1884年生まれ、萩原朔太郎や室生犀星などと活動を共にした詩人で児童文学者の山村暮鳥。難解な詩から始まり、晩年は自然との交感を軽やかに詠った。山や森、丘や川、畑や庭で見つけ、聴き、嗅いだ風景を正面から捉え、率直な驚きや発見を言葉にする。難しいところもなく、言葉もシンプル。自然を前に何かを思うとき、暮鳥のような率直さで風景と感情のつながりを言葉にできたら、きっと心地いい。
山村暮鳥/著(童話屋)
2. 『庭とエスキース』
一人の開拓民とその庭を、誠実に捉え続ける
北海道へ移住した開拓民の最後の世代で、丸太小屋で自給自足生活を送る“弁造さん”を、写真家である著者は14年間にわたって撮影し、話を聞き続けた。友情で結ばれた年の差50歳の二人。自分の自給自足生活が先の世界にとって必要な知恵になると信じながら続けてきた弁造さんの来し方や絵を描くこと、自然とのやり取りを、誠実かつ丁寧に反芻し、言葉にし続ける著者の視線は熱くて優しい。
奥山淳志/著(みすず書房)
3. 『街と山のあいだ』
日々の暮らしの延長にある山
登山の専門誌『山と渓谷』の副編集長を務め、現在はフリーの編集者である著者は、登山専門の出版社に入りながら、登山経験がほぼない珍しい新入社員だった。そんな若菜も山のプロたちに誘われ山に魅了されていく。登頂することより周囲を逍遥するような気持ちに寄り添う北八ツ(=北八ヶ岳)の魅力を語る言葉には、さまざまな山を経て獲得したであろう心の余裕とおおらかさが宿っている。
若菜晃子/著(アノニマ・スタジオ)
4. 『神去なあなあ日常』
“なあなあ”の精神は、山の神様と生きるため
フリーターになるはずだった平野勇気は、神去村という山村で林業の仕事をすることになった。林業は、山の木を管理し、切り出し、新たな木を植え、100年後も山が生き続けるようにしていく仕事だと知っていく勇気。山の共同体で大事にされる“なあなあ”の精神は、大いなる自然とその神様に逆らわず、神様とともになるようになるしかないという自然への畏怖の表れでもある。
三浦しをん/著(徳間書店)
5. 『森の絵本』
森の中にはいったい何があるのだろうか。
だいじなものは何ですか? たいせつなものは何ですか? と森のほうから呼ぶ声がする。風や光や水、空、音、匂い、声に従って進んでいくと大切なものが見えてきた。さらに進んで森へと入っていくと、森の中にいちばん大切なものがある、という声が聞こえてくる。進んでいった森には、いったい何があるのか。静けさと長い時間の中で何を思い、見つけるのか。詩人と絵描きは問いかける。
長田弘/作 荒井良二/絵(講談社)
6. 『アウトドアー』
テントを張るという行為の意味
横山裕一の世界は、いったい何が起きているのか一読して理解するのは難しいかもしれない。横山は一つの出来事や行動にぐっと近づき、台詞なしの擬音擬態語のみで表現化しコマにする。それにより、人間らしき者たちがテントを設営しているところを野生動物が襲うという出来事が、とても壮大な行動に見えてくる。庭や土木を舞台としてきた横山が、自然をフィールドにして突き抜けた短編マンガ集。
横山裕一/著(講談社)
Text:Masamichi Yoshihiro