【連載】これからの服作りを探る、デザイナー訪問記 vol.5 SATORU SASAKI
ミニマルで上質な服づくりやオリジナルな視点を貫く、日本発のインディペンデントなブランドにフォーカスする連載「これからの服作りを探る、デザイナー訪問記」。デザイナー自ら、作り手の視点でコレクションを解説し服へ込めた熱い思いを語る。見た目ではわからない(知ったら着たくなる)服の真髄を徹底深掘り。
第五回はフィービー在籍時のセリーヌをはじめとする国内外でのブランドで経験を積み、2019年に自身の名前を冠したブランド「SATORU SASAKI(サトル ササキ)」を立ち上げた佐々木悟にインタビュー。
ベーシックに鮮度をもたらす“違和感”と本物志向の探求
【2020AW Collection】アシンメトリーなシャツに絵画の物語を投影
「NYの画家エド・ラス(Ed Rath)のアートをシャツにプリントしました。ポップな色彩とタッチで相反するものを組み合わせる彼の作品の中から、『ドリームズ&ナイトメア』という作品集にフォーカスしたコレクション。夜の月明かりに照らされているシーンや悪夢からハッピーな夢に広がっていくシーンをサテンの光沢感にのせて表現しています。シルエットは、ベーシックなシャツを潔くワンカットしたデザインで魅せたいと思い、ヘムラインを斜めに切って表情を出しました」コート ¥130,000
最高の縫製技術とコンセプトが合体したテーラードコート
「エド・ラスの作品集『ドリームズ&ナイトメア』にあった絵の一部、ベージュ×イエローのカラーリングからインスピレーションを受けて作ったコートです。マットなベージュのメルトンに、艶のあるレザーのイエローラインを施した光沢感で、今季のコンセプトを表現しています。縫製はテーラードの素晴らしい技術をもった大阪の工場に依頼しました。シルエットが美しく、特に力を入れたアイテムです」
コート ¥115,000
細かいタックが生み出すフェミニンなシルエット
「ブランドを始める前からデザインしていたコートなんです。最初は後ろにだけタックをつまんでましたが、バックスタイルだけ膨らんで、横から見ると普通のシルエットになってしまうので、周囲にもタックを入れてみました。ベーシックなものに対して、どう違和感を出すかを常に意識しています」
ノーカラージャケット ¥90,000
正統派テーラードを崩していく美しい奇妙さ
「テーラードジャケットのポイントは、アシンメトリーな襟元です。僕はいつもLess is moreを念頭に置いてデザインするので、こちらもベーシックな形の襟だけでどれだけ強いデザインになるかを考え、襟を深く削って且つ少しアシンメトリーにずらすことで完成しました」
【2021SS】
ノースリーブジャケット ¥64,000
横からの立体的なシルエットを追求したジャケット
「着たときに横から立体的に見えるようにかま底(アームホールの下半分)を下げて作っています。閉めたときに、ヒダができないように調整しました。今後トレンドというワードがなくなっていく中で良いものだけを残して着ていく時代になると思っています。これらのジャケットは、マスターピースとして残していきたい1着ですね」
トレンチコート ¥87,000
高いポケット位置で主張するのトレンチコート
「ポイントは、高い位置にポジショニングしたポケットです。視点が上がるので、身長が高くスラっとした印象を与えます。このポケットはいろいろ研究する中で、スクエアにステッチを入れたいというのがあったので、額縁縫いという手法を取り入れました。上辺にステッチを入れた後に、3面をたたきつけにしています。結構大変みたいで、工場の方にも苦労をかけたポケットです」
2020年の記憶を刻む、色彩の共存に込めたメッセージ
「2020年に起こったBlack Lives Matter運動にフォーカスしてコレクションを作りました。このシャツドレスのプリントとして採用したグラフィックは、20AWでもコラボレーションしたエド・ラス(Ed Rath)の『カラースタディ』という作品から。多様な色が入っているのが、人々が共存する感覚と近いと感じて選んでいます。ラフに着られるようにゆったりめのストレートシルエットのシャツドレスに仕上げました」
デザイナーインタビュー
「目指すのは、着たときに自信が持てる、かっこよさを後押しする服」
──そもそもデザイナーを目指すきっかけは? 憧れていたデザイナーはいたんですか?
「2人だけいて、そのためにヨーロッパに行ったと言ってもいいぐらいですが、ラフ・シモンズとフィービー・ファイロです」
──どういうところに憧れていたんでしょう?
「僕がデザインを学びだした頃は、ラフ・シモンズがJIL SANDER(ジルサンダー)を手がけていた時代だったんです。そのミニマルなデザインと、ウェアラブルだけどコンセプチュアルな感じが出ていて、それに憧れてから、ラフ・シモンズの自身のラインも見るようになりました。今でも彼のジルサンダーが一番好きです」
──ブランドと彼のデザインがちょうどいいバランスで合致している感じでしたね。
「今振り返ってもそう思います。あとはフィービー・ファイロと、TARO HORIUCHI(タロウ ホリウチ)のストイックなデザインがすごい好きで、この3名が好きなデザイナーです。フィービーは毎回新しいスタイルやバランスを作って、常に新鮮さがあるっていうところが魅了された理由です」
──後に憧れのデザイナー、フィービー・ファイロの下(セリーヌ)で経験を積まれましたが、服作りにおいて、どんなところに感銘を受けましたか?
「先ほども言いましたが、新しいスタイルを作っているところです。特に彼女のデザインチームはすごいと思いました。当時シニアデザイナーのダニエル・リー(現「ボッテガ・ヴェネタ」クリエイティブ・ディレクター)やヘッドデザイナーたちを中心に、デザイン画を描いて提案するのではなく、イメージをまず形にして提示するという手法で進めていました。その中からフィービーがピックアップして、フィッティング、修正を繰り返しながら、コレクションとして発表される形にしていくという流れでした。
その頃のブランドコンセプトの一つに本物志向というのがあったんですけど、実際に内側に入ってみて実感しました。服はいくらデザイン画が良くても、プロダクトにならないと意味がないので、モノとしていいものをきちんと見せていくことに重きを置いた彼女のやり方も本物志向に繋がってるように思います」
──そういう方法論を自身の服作りにも取り入れていきたいと。
「できるだけ取り入れていきたいですし、今もできる範囲は実践しています。もちろんバジェットなどいろいろと現実的な問題はあったり、キャパシティ的にもデザイン画を書いたほうがまだスムーズに行きやすい部分もあるのでそれを半々くらいでやっています」
──フィビーを筆頭に、共に働く女性たちからの影響もあったのでしょうか?
「女性が7~8割と比較的多かったので、それはあると思います。実際に僕から見てなんですけど、みなさん仕事をバリバリにやるような人たちばかりで、自分に自信を持っている、そんなアティチュードを感じました。テーラードやシャツをかっこよく着こなす女性も多くて。
そういう堂々と自信を持って服を着ている女性にすごく憧れがあります。女性ですけど、かっこいい。かっこいいというワードは元々マスキュリンな男性向けのワードだと思いますが、それを女性からも感じることがあって、そういう女性像、人物像を作りたいという思いから、『男性も憧れる女性を作る服』というコンセプトにしました」
──ブランドコンセプトは実体験に基づいてたんですね。具体的にご自身が憧れる女性像とは?
「シャツを着てる女性はかっこいいなという個人的に思っていて、シャツをよく作ります。目指しているのは、僕の服を着たとき、誰かに見せるということでなく、自分に自信が持てるようになれること。自信を持つことでかっこよく見えると思うので、そうなってほしいなという意味を込めて作っています」
──シャツにはそういう力があると?
「はい。エフォートレスな感じよりは、シュッとした雰囲気の女性に特に憧れがあるので、細めのラインのシャツを作ります。日本はヨーロッパほど女性がシャツを着るのが多い文化ではないかもしれませんが、そういうカルチャーを広げていきたいというのもあります」
──では、プロダクトになる服の形やシルエットへのこだわりは?
「デザインするときには、ベーシックでシンプルなものにどう違和感を出すかということを常に考えています。例えば、ノーカラーのジャケットもどうすれば奇妙になるか、表情を変えられるかを意識しながら、タックを入れたり、ちょっと斜めのカットにしてみたり、襟元にデザインを加えるといったように、仮縫いを何回も繰り返して、調整したり、デザインをもうちょっと増やしてみたり…」
──最初から奇をてらうというよりは、型というか正統を崩していく。
「そうですね。まず絶対ベーシックなものを作ることからはじめます。あとは、テーラードを作る際、仮縫いの段階でハンガーにかけて、ハンガー面とかも注意しながら作ってます。店頭に並ぶときに、やっぱり品の出方が違うなと思うので、特に意識しています」
──縫製は関西や西日本を拠点にされているそうですが、メイド・イン・ジャパン、なかでもWESTが多い?
「できるだけ自分が動ける範囲のところで作っています。テーラードに関しては、メンズのハイブランドも手がけているテーラードが一番得意な大阪の工場にお願いしています。素晴らしい裁縫技術を持っているので、シルエットがとてもきれいに仕上がるんです」
──素材も日本製?
「全てというのはまだ難しいですが、日本のものを使うようにしています。例えば、レザーなら、龍野レザーというレザーの産地としても有名な兵庫県たつの市のものを使用したり、来季も兵庫県・西脇のメーカーの生地を使用する予定です」
──生地は一からオリジナルを作るというよりは、生地メーカーのものを生かして使っていくんですね。
「両方あります。ヨーロッパではチームでコレクションを作り上げていきましたが、ファブリックにはファブリックのみのデザインをするデザイナーがいて、その専門の方の豊富な知識を上手く生かしていました。ニッターさんにはそこのニット担当のデザイナーがいるように、生地メーカーのデザイナーさんにイメージを伝えて、デザイン・設計してもらいたいと思っています」
──話は変わりますが、おじい様は靴のデザイナー、叔父様は画家ということで、モノづくりの環境が身近にあったと思います。クリエイションの原点はそこにあると感じますか?
「そうですね。祖父は靴の会社を経営していて、デザインというよりもビジネスのほうが好きだったようですが、家には作った靴、いろいろな彫刻や絵画が飾ってありました。叔父がペインティングしている様子や祖父がやっていたことを間近で見聞きしたりと、昔からアートが周りにある環境だったこともあり、自分も何かデザインしてモノを作り、売る商売をしたいと自然に考えるようになっていきました。なのでアートという存在は特別感というよりは、どちらかというと日常、生活の一部に近い感じがしています」
──アートをファッションに取り入れるのは自然な流れなんですね。2シーズンに渡って、エド・ラスの作品をプリントに起用していますが、AWの具象画からSSは抽象的な作品です。そこには何か意図があるんですか?
「21SSコレクションを作る前に、コロナ禍の中のステイホーム期間、自分だったら何ができるかなっていうのを考えるのと同時に、コレクションも進めていかなければならなかった。そんな中でBlack Lives Matter運動が起こり、僕はそこにフォーカスしたいと考えました。みなさんインスタグラムで黒い画面を投稿して意思表明をしていて、検索画面も真っ黒になって、なんだか全世界が繋がったような感覚を覚え、そんな体感は初めてだったので、それをコレクションに反映させたいと感じました。デザイナーというのは、プロダクトを作る職種だからこそ、作った服で、それを着たときに、その出来事を思い出させることができるかなと思って」
──2020年に起こったことを記憶に刻むということですね。
「記憶は薄れたり忘れ去られたりすることも多いので、そういう意味でもコレクションに残したいという気持ちになりました。その中で、エド・ラスの『カラースタディ』という絵を見たときに、いろんな色で一つの画面が成り立っている、共存するような感覚と近かったので、これを選んだというのがあります。
もう一つ、『ナチュラルディザスター(自然災害)』というタイトルで、彼のおばあさまの家のある田舎で竜巻が起こったことがあり、その竜巻でいろんなものが吹き飛ばされているんですけど、牛だけ平然と立っていたという絵です。絵自体、僕はすごい好きなんですが、タイトルと今回のコロナ禍をリンクさせるために、この絵を使いました。あと、肌の色を裏テーマにしているので、最初に白と黒と黄色は絶対使うつもりでした。それを一緒にスタイリングすることで、共存してるような感覚を作りたかった。そこに、青色であったり濃いピンクを用いて、ポジティブなイメージをプラスしています」
──アート繋がりということで、お好きなアーティストはいますか?
「メジャーですけど、ゲルハルト・リヒターはやっぱりすごい。ファッションもそうですが、新しい技法やスタイルを探求し作ってきたパイオニアみたいな人に惹かれます。特にアートはそれが一番重要だと思うので。日本だと、白髪一雄さんもパイオニアだと思うんですけど、絵筆ではなく足で絵具を踏みつぶして絵にするフット・ペインティングというスタイルを見つけて、そこに価値が生まれている。あとネルホル(Nerhol)さんも面白いなと思いました」
──ほかにはどういったカルチャーに興味・関心を持ったり、影響を受けていますか?
「経営の本をよく読みます。あとはビジネス系の討論や一流企業の株主総会のYouTube動画配信を見たり。次にどういう時代が来るのかを知るためにもそういったものをよく見ますね。例えば、トヨタの株主総会では、e-Paletteの話題もあがってて、e-Paletteが普通に稼働したとき、どういう時代になるのかなど想像したりするのは好きですね」
──そこは、やっぱりおじい様のDNAを受け継いでいるのかもしれないですね。ブランド、ビジネスの今後の展開や展望は?
「神戸を拠点にしているので、神戸をはじめ地元でもショーができたらいいなとは思ってますね。それは一つやりたいなって思っているところで、かつて高田賢三さんが姫路城でショーをやられたということを聞いて、素晴らしい活動だなと。ファッションは東京でないと難しいこともありますが、地方でもできるということを広めていきたいし、地方に若い人たちが働いていける環境も作れたらいいなと思っています」
SATORU SASAKI(サトル ササキ)
お問い合わせ/ザ・ウォール ショールーム
TEL/03-5774-400
https://satorusasaki.com/
Photos:Anna Miyoshi(Item, Portrait) Interview & Text:Masumi Sasaki Edit:Chiho Inoue