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松尾貴史が選ぶ今月の映画『ホモ・サピエンスの涙』

スウェーデンの巨匠、ロイ・アンダーソン監督の最新作は、時代も年齢も異なる人々が織りなす悲喜劇。ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した。美術品のような贅沢な映像にのせて愛おしい人類の姿を万華鏡のように描く、映画『ホモ・サピエンスの涙』の見どころを松尾貴史が語る。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年12月号掲載)

絵画そのもののような映像美

私事ですが、黄斑上膜という目の病気にかかって、先頃手術を受けました。併せて、硝子体というのでしょうか、レンズも自前ではなくアクリルでできた光学製品を目に入れる手術もしたのですが、局部麻酔で意識のある中、仰向けになった状態で目の中に異物が入ってきたり、何やら削られたり入れ込まれたり、という滅多に「見る」ことのできないものを体験しました。当たり前のように見えている景色、光景、人々の社会活動などを見ることの、あまりにも貴重な偶然の上に出来上がった恩恵なのだということを身に染みて感じたのでした。

万能感に満ち溢れていたようなこの社会は、知らなかったウイルスであっという間に人類全体に大きなストレスを与え、普通に成り立っていたと思うものがいきなり壊れたり機能しなくなってしまったりという現象を夥しく見せつけられることになりました。『ホモ・サピエンスの涙』は、そのムードを暗示しているかのような世界が繰り広げられています。

この映画にはたくさんの場面が登場します。階段を上ってきて、カメラ(誰かのほう)に向かって、 幼馴染みに無視されたことを嘆く、一見悪意など持たないようなおじさん、恋人と思しき女性に物理学の原理を解くように何かを誘導しようとする青年、レストランで新聞を読むのに夢中の初老の男、灰色の空の向こうから宙を漂ってくる男女、列車から降り立ち出迎えがないことを確認してベンチに座る女性など、何かが起きるかと思わせては起こらなかったり、起こったり、のちに進展があったりという、不思議な雰囲気が、コントラストと色相と彩度の小さい風景の中で、贅沢な時間を使って流れていきます。

オムニバスのような構成に見えて、それはつながっているようにも解釈できます。ほんのちょっとした要素が予定外に違った状況になることで、私たちは途方に暮れるのです。社会的孤立を表す社会心理学用語のソーシャル・ディスタンスは、感染拡大防止の作法「フィジカル・ディスタンシング」のことと間違われたまま定着してしまったようですが、本来の意味での人々の距離感が、 映像における構図の絶妙なバランスを生み出しています。どのワンシーンを切り取ってみても、額に入った絵画のように美しいという作品は多いのですが、まさにすべてが絵画そのものと言ってもいいでしょう。さまざまな名作絵画の構図を、影響されたといえばいいのか、オマージュとして画面構成に取り入れているのでしょう。「どこかで見た絵画のようだ」と思わせる場面がいくつか出てくると思いますが、それを想像しながら見るのも一つの趣でしょう。

映画を見終わって時計を見て驚きました。たったの1時間16分、これをお得と思わないわけにはいられませんでした。

『ホモ・サピエンスの涙』

監督・脚本:ロイ・アンダーソン 
出演:マッティン・サーネル、タティアーナ・デローナイ、アンデシュ・ヘルストルム
11/20(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
bitters.co.jp/homosapi/

© Studio 24

Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾 貴史Takashi Matsuo タレント、俳優、創作折り紙「折り顔」作家などさまざまな分野で活躍中。1960年、神戸市生まれ。著書に『ニッポンの違和感』(毎日新聞出版社)など。YouTubeチャンネル「松尾のデペイズマンショウ」更新中。

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