燃え殻に聞く「人と人との新しい距離感」
「家族」「友達」「恋人」。名前を付けられた関係性はときに疎ましく感じることも。つながりはもっと、自由でいいはずだ。2020年7月に上梓した新刊『すべて忘れてしまうから』が話題の燃え殻に聞く、人と人との新しい距離感とは。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年10月号より抜粋)
つながりがシンプルになり本当に好きなものが見えた
──コロナ渦の中、燃え殻さんは人とのつながりを感じることがありますか?
「まったく人に会わなくなりました。執筆のため、新大久保のビジネスホテルにこもっていたんです。またそのホテルがプリズンって感じで、狭いんですよ。で、そこにいると人に会わない。人に会わないことは、こんなにいいことなんだって。
このコロナ禍で、鬱っぽくなってしまった人と、心が健康になった人と、両方いると思うのですが、僕は健康になってしまいました(笑)。
今まで人に会いすぎていた気がします。念の為会わなくちゃいけない人に会わなくなったし、顔を出しておいたほうがいいよというところに行かなくなったし。
そしたら何にも困らないんですよ。ということは、いらないってことなんじゃないかなって。断捨離の究極系だと思うんですけど、いま変えないならいつ変えるんですか? って感じがします。
僕は人とのつながりがシンプルになってよかったなと思いますね。わけのわからない飲み会に行かなくなって、『あれ? 俺、そんなに酒が好きじゃないな』とか、『あれ? 俺、そんないやらしくないな』とか。
男の人は、すぐエロいこと考えているって思うでしょ。だけどね、これ、男の人も洗脳を受けているだけで、実はこんなもんかって(笑)。ある種、本当に好きなものと好きでないものが、自ずとわかるシステムになっているのでしょうか」
──そんななか、新刊『すべて忘れてしまうから』はどのような思いで執筆されていましたか。
「『すべて忘れてしまった』と言い張りたいけど、忘れられないことだらけだなあと思って書いていました(笑)。
いろいろ忘れていくなかでも記憶に残っているのは、自分にとって、自分の人生に多大なる影響を与えた人、ではない人です。通りすがりの人に何かポツンと話をしてもらって、それが残っていたりするというか。
連絡先も名前も知らない人に言われた一言や何げない日常の一コマが、実は自分の人生の方向性の角度をほんの1度くらい変えてくれていて、時間の流れともにその影響が大きくなっていた、ということがたびたびある気がするんですよね。
うちのばあちゃんは、沼津で小さな飲み屋をやっていたんです。じいちゃんがまったく仕事しないから一人で切り盛りしていて、「私が男だったら、東京に行ってね、仕事をしてね」って、まだ小学生の僕に言うんですよ。それで夕方になると口説かれるの、国鉄のおじさんに。
沼津の駅前に映画館があるんですけど、『映画館へ行こう』っていうわけですよ。だけど、ばあちゃんが『その映画、見た!』って。そうやって嘘ばっかつくんだけど、そのたびに国鉄のおじさんが、『よし! 一本入れよ!』とか言うわけ(笑)。
そんなやり取りを、カウンターの下で体育座りして聞いていのがすごく好きで。なんていうのかな、どうにか頑張ろうって感じなんですよ。重要じゃないことのほうが重要だったりするんです。太字で抜かれることなんかどうでもいいから。
だから、ばあちゃんの店に来ていた、そういう人たちの姿がいいんです。誰も満足なんかしていなくて、致し方なく生きている。無駄かもしれないことに対して熱くなる。僕はそういう人たちが好きなんです」
いい人間関係をつくる鍵は自分を確かに持つこと
──本を読んで感じたんですが、人との距離感がいいなあと。人に依存していないんでしょうか。
「人に期待してないんですね。ああだこうだ、ああしなきゃいけないとか。僕は振り返って、あいつとは友達だった、恋人だったとか過去形で名前を付けていくんです。
会ったときに『オマエのことがいちばん好きだ!』とか言う人は、詐欺師のように感じてしまう。というのは、今の時点で何かを限定することが間違っているような気がしていて。人間関係って、後にならないとわからないのではないでしょうか。
自分で何か好きなことがあったり、やらなければいけないことがあったら、むやみやたらに人に会うとか、褒められたいとか思わなくていいのでは。人に好かれたいと思った瞬間に病んでしまうというか。
本当に大人の人って、別に孤独でもいいんですよね。自分は何をしたいのか、何
ができるかのかってことが明確な人が、いい人間関係やいいつながりをつくれるような気がします」
『すべて忘れてしまうから』
燃え殻/著(扶桑社)
忘れてしまっていたかもしれない断片的な過去の記憶と再会し、過去回帰することで見いだす、人生の答え合わせ。『SPA! 』での連載「すべて忘れてしまうから」をもとに、50のエッセイを掲載。「そのトリガーはたぶん、読んでいるあなたにもあるんじゃないでしょうか」
書籍の詳細はこちらから
Photo:Takeshi Shinto Interview & Text:Kana Yoshioka Edit:Mariko Kimbara