松尾貴史が選ぶ今月の映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』

ジーク、アール、ディックの3人は売れないバンド仲間。ある晩、いつものようにバンド練習を終えたディックが、何らかの原因で死んでしまう。ジークとアールがひた隠しにするものの、徐々に明らかになる“ディックの死の真相”とは? 映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』の見どころを松尾貴史が語る。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年9月号掲載)

『ファーゴ』的!? ダークコメディ

平気で嘘をつく人は、それ自体何かの才能なのでしょう。いろいろな嘘を指摘されても、多数派を騙しおおせて二期目の重職に就けるように多くの民衆に自分を選ばせることができるという、ある種の恐ろしい才能を持つ女性もいるようですが……おっと剣呑剣呑、くわばらくわばら。 タイトルを見て、私の乏しい英語の知識の範囲でも想像がつく言葉遊びで、「何とふざけた作品なのか」と思ってしまったことは事実です。しかし、ふざけているだけだと思っていたら、何とも見ているこちらもあたふたとしてしまうまずいオペレーションのオンパレードが始まるのです。ともあれ、字面だけを追えば、この映画の題名がシリアスなものであることはわかります。ここに登場するある人たちにとっては、大変な不幸が襲うのです。ところが、その割には声を上げて笑ってしまう箇所が多すぎて困ります。いえ、本気で困ったわけではありませんが……。

奥さんが子どもを寝かしつけている間に、男たちはバンドの練習をするふりをして、くだらない馬鹿騒ぎをしていました。楽しくて仕方がない雰囲気です。しかしその直後、まるで自分たちでは手に負えない「何か」が起きてしまい、現実逃避のおっさんたちは、文字通りの行動に出るのです、「行き当たりばったり」で「その場しのぎ」の。

この映画を見ていて、昔見たコーエン兄弟の『ファーゴ』を想起せざるを得ませんでした。『ファーゴ』のようなテイストを感じながらも、実は質感の全く違う世界に仕上がっているのですが、やはり新鮮なオマージュとユーモアを感じざるを得ないのです。あとで資料を見たら、土着的な面も含めて、そのあたりの影響は受けているようです。

やらかしてしまった彼らが、どたばたして、あたふたして、じたばたとしているうちに、当事者の狼狽あるいはペーソスと、それを離れて笑っている私自身の対比を意識した途端に、何とも言えない楽しみが湧いてきました。彼らの演技、演出の匙加減が絶妙で、「ああ、こんな状態のままでうまい具合にラストまで運んでくれて感謝感激」の心境なのです。とにかく、登場人物が皆、達者で素晴らしい。ベテランの方の警官の「モンティ・パイソン」的な台詞回しも私にとっては嬉しいおやつでした。

世の中、駄目な奴は見事にどんどんと事態を悪化させるという法則のカタログのような展開でお腹はいっぱいなのですが、しかしそれは単なる駄目要素の羅列ではない組み立てになっています。もしこれから何か過ちを犯しそうな人は、ぜひ後学のためにこの作品を体感してください。派手な作品ではありませんが、これはぜひ押さえましょうよ、皆さん。

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』

監督/ダニエル・シャイナート
出演/マイケル・アボット・ジュニア、ヴァージニア・ニューコム、アンドレ・ハイランド、サラ・ベイカー、ジェス・ワイクスラー、ロイ・ウッド・ジュニア、スニータ・マニ
8月7日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて全国公開

配給:ファントム・フィルム
© 2018 A24 Distribution,LLC. All rights reserved.

Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾 貴史Takashi Matsuo 1960年、神戸市生まれ。TVやラジオ、映画、舞台、落語、創作折り紙「折り顔」、カレー店の運営など幅広く活躍中。著書に『違和感のススメ』(毎日新聞出版)など。

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