唯一無二のヘアデザイナー、加茂克也の世界【ファッションビジュアル編】
稀代のヘアメイクアップアーティスト・加茂克也の逝去を受け、『Numero TOKYO』最新号では全8Pにわたる追悼記事を掲載。誌面で紹介しきれなかったビジュアルやコメントも加えて、世界を魅了したアーティストの偉業を振り返る。(『Numero TOKYO 』2020年6月号掲載)
ファッションヴィジュアルをひも解く
誌面に掲載したファッションストーリーに見る、多彩な加茂克也のヘアメイクと関係者が語る撮影秘話。
モデル 福士リナ
──加茂さんとの出会い、初めての仕事は?
「ミントデザインズのショーのメイクテストのとき。保湿などスキンケアもなしにいきなりメイクテストを始められて、顔に直接アイラインで模様を描かれたり、つけまつげ用の糊で顔に布を貼られたり。とても戸惑いました(笑)」
──思い出に残っている仕事は?
「全て素敵な思い出ですが、斬新なヘアメイク、デザインが多い中、髪の毛を後ろで束ね、眉の毛並みを少し立て、リップのみというヘアメイクをしてもらったことがあって、とてもシンプルなのにきれいで、少し力が抜けた雰囲気や細部のこだわりが美しかった。軸がしっかりしているからこそ、こういう作品も生み出せるのだなと感じました」
──加茂さんの人柄や仕事に関するエピソード
「とにかく優しい人。ただ仕事やクリエイションに対しての熱意や柔軟な考え方、時に厳しく真剣な顔で集中している姿を見ていると、作品に愛情とプライド、自信を持っているんだなと思い、私はいつも感化されていました」
──現場での加茂さんは?
「気さくで本当に周りをよく見ているという印象です。違うと思ったことはハッキリ伝えて、こっちのほうが良くなるんじゃないかと新しいアイデアを提案したり、みんなが安心して作品を作れる空気感を持っている方です」
──あなたにとって加茂さんとはどんな存在?
「世間話から、表現についての愛情や情熱など、現場ではたくさん話しました。私の相談も聞いてくれて、考え方を整理させてくれ、想像力の幅を広げてくれた人でした。ヘアメイク中にちょっかい出して怒られたりもしましたが(笑)。友達のように接してくれるときもあり、加茂さんといるとき、よく笑っていました。とにかく加茂さんのことが大好きです」
──加茂さんへのメッセージ
「『かもにぃ』が、私のこと大好きなの知ってるからね! これからも『かもにぃ』からもらったたくさんのインスピレーションを生かして、『かもにぃ』から、あいつきれいになったよねと言ってもらえるように成長していくよ! 大好きだよー!」
スタイリスト ワタナベシュン
──加茂さんとの出会い、初めての仕事は?
「アシスタントをしていた頃、撮影で見かけて『あ、加茂さんだっ! ファッション界の大物見ちゃった』という感じでした。後でその撮影のヘアを見て、やっぱりすごく素敵なヘアを作る人なんだ〜って憧れました。その後、『VOGUE HOMMES JAPAN』の第1号で、ニコラ(・フォルミケッティ)と一緒に会って以来いろいろ撮影するようになりました」
──思い出に残っている仕事は?
「『RUBY MAGAZINE』という雑誌で、(水原)希子とフォトグラファーの守本(勝英)くんと撮影したとき、加茂さんとの撮影だから、でっかいヘアとかいろんなものを頭に乗せるとか期待していたら、そんな感じのすごいのが出てきて、めちゃくちゃアガったんだけど、撮り始めたら、加茂さんが横で『う〜ん、なんか違うかも。やっぱり全部取っていい?』って、全部取ってしまった。結果すごいシンプルになったけど、もっと良くなった。加茂さんはそういうことができる天才。時間かけてもなんか違うと思ったら全部やり直しちゃう。すごいスピードで。しかも思いもつかないようなとんでもないものが出てくる」
──加茂さんの人柄や仕事に関するエピソード
「好きな人は好き!嫌いな人は嫌い!っていう人だったから僕と似てて(笑)。それはクリエイションに対してであり、年齢とか全然関係なく、真剣に取り組んでいない人、コピーする人、アイデアがない人に対してはすごく厳しい。でも、いつも新しいことしよ!って感じだった」
──現場での加茂さんはどんな存在?
「楽しい! すごいクリエイションを見られるし、それを一緒に作れるし、とにかく楽しい。加茂さん自身もすごく面白い。全然関係ない話をしながらずっと手は動いてるみたいなときもあれば、お互い忙しくてバタバタしながらクリエイションハイになっていくときもある。昔の話を聞いたり、食べ物や生活のこと、海外の撮影事情とか日本との違いとか話しながら撮影してた」
──あなたにとって加茂さんとは?
「クリエイティブの先生であり、仲間」
──加茂さんに言っておきたいこと。
「加茂さんと会えて、一緒に仕事も旅もできて本当に楽しかったです。加茂さんとのクリエイションは僕の頭にインプットされたので、それを使ってこれからインターナショナルに頑張ります。出会いに心から感謝しています。ありがとう、加茂さん!」
フォトグラファー 操上和美
──加茂さんとの出会い、仕事の印象は?
「加茂さんに初めて会ったのは、まだ彼が田村(哲也)さんのアシスタントだった頃。最初に仕事をしたのはいつかは覚えていませんが、無口で、一見、あれこれ言えない雰囲気があった。手の動きがすごくてヘアメイクというよりはアーティストという印象。時々仕事をするからといって、やあやあと親しみやすさで接するというよりは、一目置く存在でした」
──加茂さんを撮影した感想は?
「Numéro Tokyoの連載『男の利き手』の撮影の後に、ポートレートも撮影しました(p.180)が、手のつくり方、所作が普通の人とは違うというか、こちらのオーダーに対していろいろ動いてくれました。魂が座っており、立ち向かい方がしっかりしているので強い写真が撮れる。いい顔をしてました」
──加茂さんへのメッセージ
「天国で青空と雲を編んで自由に遊んでください」
Numéro TOKYO編集長 田中杏子
「世界に認められたヘアメイクアップアーティスト加茂克也さんが『Numéro TOKYO』創刊から誌面づくりに参加してくれたことを感謝し、誇りに思っています。
加茂さんとは私が1991年にミラノから帰国してスタイリストとしての仕事を始めて以来、たくさんの雑誌や広告の現場でご一緒しました。印象的だったのは、海に行ったら貝殻を拾って、そこらへんに落ちているものも拾って「お道具箱」にしまうこと。徐々に大きくなっていったその「お道具箱」から、ありとあらゆるひみつ道具を取り出し、想像もつかないアイデアと抜群のセンスでヘアアレンジに使っていました。フォトグラファーやファッションエディターが求めているものを察知することにも長けていて、組む相手によって投げるボールを変えられるような器用さも持ち合わせていたと思います。
思い出深いのは、まだ若い頃、お互いが忙しくなるまでの6〜7年間、撮影現場で髪の毛を切ってもらっていたこと。驚くほど上手で、「切りますか、今日も?」と声をかけてくれるのがうれしくて。海外の撮影でも加茂さんと私だけが日本人という場面もよくあり、子どものこと、学校やお弁当のおかずのことまで、本当にいろいろな話をして、いつも笑わせてくれました。
加茂さんが作ってきたもの、ミラクルなヴィジュアルの数々は、永遠にみんなの中で生きています。安らかにお眠りください。心よりご冥福をお祈りします」
Edit&Text:Masumi Sasaki, Chiho Inoue