フラワーアーティスト・東信がナビゲートする、世界の植物園
地球上にはいったいどのくらいの種類の植物があるのだろう。植物園や庭園を訪れてみると、気候や土壌、あらゆる環境に応じてたくましく進化してきた植物の途方もない多様性を目の当たりにする。草花や木々に触れ、自然を意識するきっかけとなるような世界の植物園へ、小誌連載でもお馴染みのフラワーアーティスト・東信がナビゲート。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年4月号掲載)
ヴィクトリア朝時代から続く植物採集と研究の殿堂
英国キュー王立植物園
1759年、宮殿併設の庭園としてロンドン南西部、テムズ川沿いに開設。現在は重要な研究施設でもある。「とにかくすごいの一言に尽きる。植物の歴史がアーカイブされ情報量も規模も圧倒的で世界最高峰。世界各地の植物を系統立てて紹介しているだけでなく、植生の分布、学問、アートまで植物にまつわるすべてのことが集約されている。植物史が人間に与えた影響や自然そのものを考えさせられる展示から現代アートの企画展まで幅広く、アマゾンを探検して植物を描き続けたイギリスの女性画家マーガレット・ミーなどをコレクションしたボタニカルアートの部屋も素晴らしい! 実はキューガーデンと共同で2021年10月〜翌3月に個展を予定しています」(東)。東がボタニカル画家ケイティ・スコットとコラボレーションしたアニメーションもここで上映した。
住所/Royal Botanic Gardens, Kew, Richmond, Surrey TW9 3AB
URL/www.kew.org
人と自然の共生を研究する未来型“エデンの園”
エデン・プロジェクト
2001年より一般公開されているエデン・プロジェクトはイングランド南西部コーンウォール州でもともと陶土採掘場だった場所に作られたユニークな環境施設。六角形の透明なパネルが連なる巨大ドーム型温室「バイオーム」は、透明性が高く太陽エネルギーを最大限に取り込め、かつ省エネ効果もあるETFEというフッ素樹脂を用いて建設されている。「自然と建築の調和、環境、ランドスケープデザインとしてかっこいい。少し離れた場所にあるので、行くまでのプロセスも楽しめるし、わざわざ行く価値がある。環境問題と向き合う姿勢を学べる上に、自然と未来的な要素(建築)の共生、共存を感じさせる。環境保全、サステナブルという考え方にいち早く取り組んだ実験的な施設という意味でも興味深い」(東)
住所/Eden Project, Bodelva, St Austell, Cornwall, PL24 2SG
URL/www.edenproject.com/
人や動物、地球環境にも優しい、メガシティのオアシス
サンパウロ植物園
ブラジル・サンパウロ市内中心部から地下鉄とバスを乗り継いで1時間弱。イピランガ水源州立公園の中に位置するサンパウロ植物園には州立植物学研究所が置かれ、36ヘクタールもの敷地内で絶滅危惧種を含む大西洋岸森林を保護、保存している。「南米特有の自然をそのまま生かした環境に整えられている。もともとその土地に自生している植物ならではの形状や、木々の大きさがダイナミックに維持されているため、この地の植生がよくわかる。過剰な演出はなく、元の自然のありようを窺い知ることができる」(東)。南半球随一の都市とは思えないほど雄大な森林や湖が広がる園内には、樹上生活を営む野生動物も生息しているという。運が良ければオオハシやナマケモノなどに会えるかも。
住所/Jardim Botânico de São Paulo, Av. Miguel Estéfano, 3031, Água Funda, São Paulo
URL/jardimbotanico.sp.gov.br/
スケールの大きさと専門性の高さが出色
北京植物園
「木、草花など専門的に掘り下げられるアカデミックな植物園。規模が大きく、古来、中国に伝わる漢方や、東洋医学に通じる医療的アプローチとしての元来の植物のあり方を学べる。そもそも食料や薬として用いられた植物が、その後、香水や花そのものを愛でるための嗜好品として広がっていく。そんな人間の生活に根付いた植物をあらためて実感できる場所」と東がおすすめするのは、北京郊外の寿安山麓で400ヘクタールという桁違いの広さを誇る北京植物園だ。植物展示エリアは観葉植物、果樹園、温室の3つの部分に分かれていて、アジア最大級の温室もある。バラ、桃、
ボタン、ライラック、モクレン、梅などといった数々の専門園で構成され、フラワーショーも盛んに開催されている。
住所/100093 中国北京海淀区香山卧佛寺路
URL/www.beijingbg.com/
植物が織りなす摩訶不思議アドベンチャー
ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ
2012年のオープン以来、いまやシンガポール的ランドスケープの象徴とも言えるガーデンズ・バイ・ザ・ベイ。植物園の常識を華麗に破る幻想的な建造物「スーパーツリー・グローブ」や世界最大の人工滝、夜間のライトアップ、多彩なアトラクションなど、ドラマティックに植物の不思議を体感できる楽園だ。「未来的な雰囲気は植物の夢の王国のような感じ。アミューズメント施設、エンターテインメント性という意味で極端に振り切っていて、これからの植物園のあり方を感じさせる完成度の高さ。もちろん専門的な部分もあるけれど、学術的というよりは、子どもと一緒に楽しみながら植物を学ぶことができる。空中庭園のクラウド・フォレストには、僕たちの植物の彫刻作品も本物の植物に交じって展示されています」(東)
住所/18 Marina Gardens Drive, Singapore 018953
URL/www.gardensbythebay.com.sg/
リオの公共デザインを担った造園家の偉業に触れる
シティオ ロバート・ブール・マルクス
リオ・デ・ジャネイロの公共空間を手掛けた造園家、ロバート・ブール・マルクス。ブラジル在来熱帯植物を用いることに重点を置き、のちの庭園デザインに多大な影響を与えた彼の自邸と庭園が、没後、自然保護研究センターとして一般公開されている。「オースカー・ニーマイヤーと同時代を生き、リオの街のさまざまなランドスケープをデザインしている。理想的な都市開発と密接な植栽、植物へのアプローチを完璧に行った人。計算していると思うけど、いわゆる植物分類学とは違う、アーティストだったからこその感性で、自由に伸び伸びと感覚的に作っているように見えるし、自国の植物を知り尽くしていることも伝わってくる。残らないものを制作している自分にとっては、残るものへの憧れを感じさせる」(東)
住所/Estrada Roberto Burle Marx, 2019, Barra Guaratiba, Rio de Janeiro, 23020-255
URL/portal.iphan.gov.br/srbm
【番外編】
東信が選ぶ、植物への異次元的アプローチに出会える場所
「これからの植物園は、環境を守ることの重要性や自然を再考するためのきっかけとしてあるべき」と考える東が、近年最も感銘を受けた場所と、行ってみたい場所とは。
人工的に構築された“超自然”
ウナム彫刻空間
溶岩地帯に立つメキシコ国立自治大学 (UNAM)内、高さ4mものモジュールにぐるりと囲まれた空間で、自然に生育した植物が繁茂している。「64体の石の彫刻が直径120mの巨大なサークル状に配され、中がクレーターのようになっていて、そこに植物が自然の生態系のまま自生している。植物を絡めた作品としてこれまでに見た中でいちばん感動した。地球と宇宙の繋がりというか、どこかスピリチュアルな、超自然的なイメージを抱かせる、宇宙規模のスケールを感じる。と、同時にとても哲学的で、外からの植物を寄せ付けない完璧な存在感。これまでたくさん見てきたけど、植物へのアプローチとして自分史上最高」(東)
来るべきそのとき、人類の未来を託す
スヴァールバル植物種子貯蔵庫
条約によって保護され、ノルウェー軍を含むあらゆる軍隊が侵入できない、ノルウェー領スヴァールバル諸島のスピッツベルゲン島。その永久凍土の中からひょっこりと顔を出すこの施設、通称「種子の方舟」は、気候変動や自然災害、核戦争などが起こっても農作物の種子を絶やすことがないようにと2008年にビル・ゲイツが中心となって設立して以来、世界中の農作物の種子を収集し、それらを最適な状態で貯蔵している。「まだ訪問できてないけれど、絶対に行きたいと思っている。ビル・ゲイツの考えに共感した。成功するかしないかは別として、来るべき危機(世界の終焉)に備えた、植物版ノアの方舟的なその発想にロマンを感じる」(東)
Coordination & Interview:Masumi Sasaki Edit & Text:Chiho Inoue