「Dior」がオートクチュールで描いた、神秘的なタロットの世界 | Numero TOKYO
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「Dior」がオートクチュールで描いた、神秘的なタロットの世界

© MATTEO GARRONE
© MATTEO GARRONE
マリア・グラツィア・キウリによるDior(ディオール)の2021年春夏オートクチュールのテーマは「タロット」。クリスチャン・ディオールは「あなたのメゾンはきっとファッションに革命を起こすことでしょう!」と予言されたという逸話を自伝に記すほど、占星術や運命の兆しを大切にしていたという。イタリアの映画監督、マッテオ・ガローネが手掛けた美しく神秘的なディオールのストーリーをもっと深く味わいたいあなたに、西洋占星術家、猫星ラピスによるレビューをお届けする。

※動画は字幕設定で日本語でもご覧いただけます。

ディオールが紡ぎ出すストーリーと、ラグジュアリーに見る夢

ディオールの2021年春夏オートクチュールコレクションのために作られたクリップが、何やら胸騒ぎ。「LE CHATEAU DU TAROT(タロットの城)」と題されたストーリーの主役は、物憂げな黒髪の若い女性。占い師に「何を知りたいの?」と問われると、「私は何者なの?」と答える。彼女がひいたカードは『女教皇』。ここから魔法がかけられ、タロット・カードの世界が三次元に切り替わっていく(ドキドキ)。等身大のゴージャスな『女教皇』から鍵を渡され、ヒロインは廃墟のような迷宮のようなお城の中を歩き回る(いつの間にか髪の毛の色はピンク色に)。彼女そっくりの男の子も迷宮をさまよっている。

次に出会うのは、『正義』のカードと同じ姿をした女神だ。オリーヴグリーンの厳かなドレスを着た女性は天秤の片方に剣を乗せ、同じ重さの鉄の塊を選べという。『愚者』のようなカラフルな髪の道化師が出てきて、「ヒャハハハ」と高笑いしながらヒロインが選ぶべき鉄塊を教えてくれる。次に出てくるのは『吊るされた男』。吊るされたまま進むべき道を指し示す。絵柄では上半身は白いシャツだが、ここではゴージャスなデザインのトップス。『節制』のカードの二つの水瓶を持った女性は目もくらむ黄金色のドレスを纏い、山羊の角ような髪型をした『悪魔』はヒロインに接近して誘惑する。『死神』はヒロインのドレスを脱がし、ドッペルケンガーのようにそっくりな男の子(同じ女優が演じているのかも知れない)と湯船の中で愛し合う。そのどれもがディオールのオートクチュールの素晴らしいコスチュームを身に着けているのだ。

このコレクションの霊感になっているのは、15世紀に作られた最古のタロット「ヴィスコンティ・スフォルツァ」だ。最初から最後までこのタロットの人物カードが画面に登場する。欧州のいくつかの美術館に図案の原本は散逸しているが、今でもヴィスコンティのタロット・カードは簡単に手に入る。金箔を塗られたような独特の背景と、フレスコ画のようにところどころ朽ちた色彩、丸顔で可愛らしい人物描写がユニークだ。現存するヴィスコンティの大アルカナカードは20枚(編集部注:タロットカードは寓話画が描かれた22枚の大アルカナと、それ以外の56枚の小アルカナの78枚。ヴィスコンティノ原画は20枚の大アルカナ、15枚の人物札、39枚の数札の、合計74枚が残っている。ディオールはタロットのオリジンについての動画も公開中)。15世紀特有の愁いを帯びたブルーやグリーンの装束が美しい。

サスペンス風のこのクリップには、15世紀への遥かなる憧憬と「閉じられた世界」への好奇心が詰まっている。ヒロインのドレスは彼女が最初に引いたカード『女教皇』のエンブレムでもある、ザクロが描かれたドレスで、時を超えた優美さを放っているし、『正義』のドレスはロマネスク時代のブリオー(チュニック)を思わせ、『死神』はゴシックな不気味さを表現している。オートクチュールはデザイナーの夢だ。マリア・グラツィア・キウリのファンタジーは、見る者を催眠術にかける。

ヴァレンティノのアトリエで相棒ピエール・パオロ・ピッチョーリとハイソでエレガントなドレスを作っていた頃に比べると、ディオールでのマリア・グラツィア・キウリは随分パンクでストイックだな…という印象を抱いていた。彼女のデザインは、ストイックで強いメッセージ性があり、既存の「ラグジュアリー」とは一味も二味も違う。迷彩柄や植物柄の限られた種類のプリントで、ミニマムな世界観を構築する。「ファッションって一体何なんだ」と哲学している感じだ。

15世紀のタロット・カードにインスパイアされたオートクチュールは、「ラグジュアリーに夢を見る」ってどういうことなのか、一撃の答えをくれる。神秘や歴史や美術をまとっても、人は全然許されるということだ。オートクチュールを手に入れられるのは世界でもごく一部の豊かな人だけと、それに魅了される心には、手に入れる以上の豊かさがある。「タロットの世界に入り込む」というのは、占い師もやってみたいことのひとつだ。

マリア・グラツィア・キウリは1964年2月2日生まれの水瓶座。現在天空の木星・土星は水瓶座にいて、2020年12月22日にはぴったりと重なった。水瓶座は未来予知と「目に見えないものを見る」星座なので、今や世界中が占いに夢中だ。地上にはウイルスしかないが、天の星にはすべてがある。タロットも天体や星座と呼応している。悪魔は山羊座、戦車は牡羊座、星は水瓶座、太陽は獅子座、正義は天秤座のカードだ。マリア・グラツィアのネイタルチャート(注:誕生時の星の配置)では、水瓶座の太陽のそばには火星と土星もいて、水星は山羊座、金星は魚座、木星は牡羊座にある。量産タイプのデザイナーとは正反対の「稀少な何かをつくる」デザイナーで、信じられないほど自分を苦しめ、追い詰めて美を抽出する。

クリップには、本編のストーリーに登場しない「女帝」「力」「恋人」「魔術師」「運命の力」「太陽」もエンドロールのクレジットとともに登場する。15世紀の扉を開けたとき、どんな香りがするのだろうか…。麝香とアーモンドパウダーみたいな、古風な香りかも知れない。眩暈がするほどの芳香を想像してしまった。

©Elina Kechicheva
©Elina Kechicheva

Text:Lapis Nekohoshi Edit:Chiho Inoue

Profile

猫星ラピスLapis Nekohoshi 美しい地球の鉱石に魅せられ、銀河系のはるか彼方・猫の惑星からやってきた西洋占星術研究家。パワーストーン蒐集は趣味を超えたライフワーク。タロットと猫パンチも得意。現在は人間の姿を借りた猫だけれど、いつかきっと本物の地球人になれると信じている。

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