多様性が未来を変える vol.2「IVAN×石山アンジュが語る、新しい家族のあり方」
国籍も人種も宗教も、セクシュアリティだってさまざまだということを私たちは知っている。個々は多様だ。ではもっとも身近な家族など、コミュニティについてはどうだろう? 多様性を認め合う社会、その必要性と未来を考える。 第2回は「家族の未来を語る! IVAN(アイバン)×石山アンジュ対談」。日本とメキシコにルーツを持ち、トランスジェンダーのアイコンとしてモデルなど幅広く活躍するアイバンと「シェアライフ」を提案する石山アンジュが考える、これからの新しい「家族」のあり方とは。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年1・2月合併号掲載)
血縁ではなく愛情でつながる新しい「家族」のカタチ
アイバン(以下I):「私の家族は今、世界中に散らばっていて、兄と私は日本、弟はアメリカに住んでいます。母親はファンキーな人で、実は5回結婚しているんだけど、今は5人目の夫とも別れ、ドミニカで一人で暮らしてる。私は日本でも海外でも外国人扱いされることも多かったけど、とにかく母親がポジティブで愛にあふれている人だから、苦労したという記憶がなくて。アンジュさんは?」 石山アンジュ(以下A):「父は若い頃、世界中を放浪していて、ブラジルに住んでいたこともあったんです。ブラジルや世界中でお世話になった人がよく泊まりにきていたので、朝起きると知らない人がいたなんてことは日常茶飯事でした。父はサンバチームの代表も務めているんです(笑)。母は海外を飛び回るキャリアウーマン。人種も職種も多種多様な人たちがいつも家に集まっていて、いろんな人に育ててもらいました」 I:「さすが南米的思考だね。昭和の頃の日本もきっとそうだったんじゃないかな。失われてしまった古き良きものだと思うけど」 A:「両親は私が12歳のときに離婚したんですが、両親からの愛情を受けて育ったので、父や母に新しいパートナーができても家族が増えたという感覚だったんです。私自身は幸せに暮らしていたから、学校でなぜ親が離婚しているのか聞かれたり、常識的な家族とは違うと思われたりすることに違和感があって。常識に当てはまらなくても幸せな家族の形はあるのになと思います」 I:「家族について考えていたことが今の活動につながっているの?」 A:「『Cift(シフト)』といって意識でつながる拡張家族という試みをしています。38人のクリエイターが家族になることに同意して始まり、今は70人まで増えました。年齢も0歳から60代までさまざま。私は独身ですが、0歳児が3人いるので、みんなで子育てしています。オープンリーゲイのLGBT活動家もいて、彼の人生プランの中で子育ては選択肢になり得なかったようだけど、拡張家族で子育てに参加しています。ほかにも、自分の子どもが成人して手を離れたので第三の人生として参加する人もいて。バックグラウンドはさまざまだけど、「家族」という共通認識の中で形のない「家族」を模索しています。これからは、(日本に暮らす外国人による料理と異文化のスキルシェアサービスtadakuや、ご近所助け合いアプリANYTIMESなどといったサービスを活用しながら)シェアする、分かち合う、人と人とのつながりでもっと豊かな生活を送るということが、幸せなんじゃないかという仮説を立てていて」I:「それって面白い! それこそ昔の村社会の感覚よね」
A:「日本は自然災害が多いのに、誰が自分を守ってくれるのかわからない不安や孤独があります。そのためにも、村社会を新しい形で現代社会にも応用できたらいいんじゃないかと思うんです」
I:「特に東京は、隣に誰が住んでいるのかわからないもの」
A:「経済の高度成長の中で、物の個別化が人の孤立化を生んだのではないでしょうか。例えば、戦後は地域で1台のテレビだったのが一家に1台になり、現代は1人で3台くらいデバイスを持っている。物の共有がなくなり、人の関係が希薄になって、それが都会の孤独死を生む背景にもなっているのでは」
I:「孤独死は、かつて私も覚悟していました。メンズモデルとして活動している頃、心は女性なのに男性として生きなくてはいけない葛藤もあって、自分は孤独死するんだと思ってたの。その頃はモデルの仕事をとにかく必死にがんばって、パリコレにも出演して。でも、やっぱり女の子の体になりたくて、体も戸籍も女の子になったとき、未来に向かって生きていきたいと思ったの。だから、今はパートナーとも未来のことをしっかり話し合っているし、里親になるための準備も進めています。血がつながっていなくても国が違っていても、心がつながっていれば家族だと思う。一緒に働く仲間だって家族だし、一緒にいれば絆は深まっていくもの」
A:「そうですよね! ありのままの自分を理解して肯定してくれて、何かあったときに、手を差し伸べてくれる存在が心の中に確かにいること。何が正解かというのはないけれど、そういうつながりが私にとっての家族かなと思っています」
I:「ペットだって家族だもんね。それをプッシュするアンジュさんの活動をリスペクトする。家族は愛情のつながりだという価値観を与えてくれたご両親には感謝よね。きっとアンジュさんのご両親も海外でいろいろな経験をしたうえで、アンジュさんが愛を感じられる環境をつくってくれたと思うの。私の母親も、私をずっと肯定してくれた。母は若い頃とても貧しくて、メキシコの新人歌手発掘オーディションでグランプリを獲り、日本に出稼ぎに来て私を産んだの。しんどいこともあったと思うけど、子どもの私にはそれを感じさせなかったし、私をずっと愛してくれた。心が女性であることをカミングアウトしたときも、『知っていたわ』と肯定してくれたのよ」
新しい社会を作るために。家族を取り巻く法律と政治
──自分の家族、結婚、出産や仕事について悩んでいる人にアドバイスするとしたら?
A:「昨年、ミレニアル世代の官僚と起業家が一緒に政策を作るシンクタンク『パブリックミーツイノベーション』を立ち上げたんですが、今年のテーマは「家族をアップデートする」なんです。家族の持つ機能を分解すると、ほとんどは外部へのアウトソーシングで代替できるんですね。例えば、出産は生殖機能、世帯収入を稼ぐことは生産機能、ほかには教育機能、介護機能など。血縁家族がやるべきことと思われがちですが、ほとんど外部のサービスに頼ることができます。私たちを苦しめているのは、家族になったときの制約や負担の大きさ。それをどれだけ外部に頼ることができるかなのかなと」
I:「血のつながった家族でしなくちゃいけないということはないものね」
A:「テクノロジーも進化しているし、それらを代替するイノベーションもどんどん生まれています。それらを取り入れて、自分らしい家族を築いていけばいいと思います。あと問題になるのは、心理的な壁です。誰かに子どもを預けることを、リスキーなことだと捉える人もいる。今後は価値観をいかに変えて、広げていけるかが重要だと思いますね」
I:「アンジュさんみたいな活動をしている人もいるから、その人たちにもどんどん頼ればいいと思う。私の経験から言えることは、家族になろうと思ったら、素直に愛を受け入れて生きること。そんな相手がいるなら、運命に従えばいいと思う。生きていれば問題は起こるもの。基本的にポジティブでいれば、最終的にはうまくいくはず」
A:「家族になろうという意志は愛情から生まれてくるものですもんね。今『Cift』が70人と大きくなって、どこまで一人ひとりの人生を自分ごとにできるのかなという葛藤もあるんです。どこまで責任をもって関わることができるのか。挑戦でもあって」
I:「もし私のつくった家族が頼ってくれて、それが私にしか救えないのなら、私は喜んで責任を負う気がする。家族やパートナーから学んだのは、私が誰かをコントロールしたくてもその人を変えることはできないということ。その人を受け入れた時点で優しくなれるし、そのためには、いい意味で何かを諦めることも必要よね」
A:「そうですね。私たちが家族として自分ごとに捉えられる人数が増えるほど、社会は幸せになっていきますよね。私の父は、友達が家に来ると『今日からうちの冷蔵庫は君のものだ』と言うんです。アイバンさんのお母さんや私の父のように、みんながオープンマインドを育んでいけば、社会はもっとよくなると思います」
──アイバンさんはどんな家族をつくりたいですか?
I:「私は保育士を目指していたこともあるくらい、子どもが大好き。もしアドプト(里親になることや養子縁組すること)できるなら、全員受け入れたい。海外ではシンプルに経済力や前科が問われたりするけれど、日本は審査が厳しい。例えばゲイカップルはなかなか親になれない。愛にあふれた同性カップルはたくさんいるのに、彼らには認められず、児童養護施設にはたくさんの子どもがいる現状はどうなんだろう。もしも日本にトランスジェンダーの首相が誕生したら、何か変わるのかな」
A:「台湾のデジタル大臣オードリー・タンはトランスジェンダーで、ルクセンブルクやアイルランドには同性愛者の首相もいますね。法律を政治によって変えるには、多数決の問題になってくるので、政治に対する興味と投票率を上げることが重要」
I:「前回の選挙では、私や周りの友人もSNSで若い子たちに『選挙に行こう』と積極的な呼びかけをしていたけど、投票率が下がっている事実を知って残念だった。身近な家族の問題にも政治が関わってくるから、政治に目を向けることも新しい社会をつくることになると思う」
A:「世論の流れは政府が何かを変えようとする後押しになるはず。それに、多様性のある社会を育んでいくことはこれからますます大事になっていくと思います。今の日本は経済が停滞して自然災害も多い。私たちは幸せになる方程式も正解もないことを悟ってしまいました。不確かな社会の中で、私たちができることは、多様性を受け入れる基礎をつくることなのではないでしょうか。アイバンさんや私が経験したように、多様なものに寛容になり柔軟になることで、幸せになることができる。それが一つの答えなのかなと思います」
Photos:Harumi Obama Hair&Makeup:Misu(IVAN) Text:Miho Matsuda Edit:Sayaka Ito, Mariko Kimbara