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松尾貴史が選ぶ今月の映画『命みじかし、恋せよ乙女』

酒に溺れ仕事も家族も失ったドイツ人男性のカールが日本人女性ユウと出会い、人生を見つめ直し始める…。ユウの祖母を演じる樹木希林の遺作にして世界デビュー作『命みじかし、恋せよ乙女』が公開中。見どころを松尾貴史が語る。(「ヌメロ・トウキョウ」2019年10月号掲載)

日独を舞台に「生きる」を描く

何とも不思議な雰囲気の漂う作品です。「自分探し」という行為は、この言葉自体、日常で聞くと嫌悪感が走ります(あくまで個人の感想です)が、この物語を見ていると、「もっとしっかり探しなよ!」と応援したくなるのですから奇妙です。デヴィッド・リンチを思わせる不条理さもあり、しかし全編を通しての矛盾のない優しさもある、独特の世界なのです。

さて、物語は哀愁漂う一人の男が、「良かれ」と思ってやることが逐一裏目に出る不器用な展開なのですが、それを笑ってつっこんでくれる友達や家族はいないようです。詳しくは書きませんが、いろいろな展開の後の、ある事実を知ってしまった主人公カール(ゴロ・オイラー)の、広い家にたった一人っきりの愁嘆場が身につまされます。

散文詩的な一見不条理な世界が、謎の若い女性ユウ(入月絢)の興じるジグソーパズルさながら、シーンを追うごと、一つ一つが映像の逆回しのように符合していきます。井戸に死者がいるという話を「日本と違う」と返すところは、きっと『リング』『貞子』を想起させるくすぐりですし、「命短し、恋せよ乙女」というタイトルにもなっている言葉は、黒澤明へのオマージュとして黒澤作品『生きる』の、雪の中でブランコを揺らしながら志村喬が唄う名場面を思わせるシチュエーションで出てきます。

歌の題名は「ゴンドラの唄」といいます。余談ですが、もともとは大正時代に作られ愛唱された歌で、100年以上も前の歌なのですね。歌詞を読んでみると、なるほど「七・七・七・五」調で書かれています。つまりは、都々逸(どどいつ)の作法です。

先ごろ亡くなった樹木希林さんなど日本人の役者を主だった役で起用しているところからも、映画のみならず、日本文化への肩入れが相当に感じられます。奇しくも、希林さんはこの作品で世界デビューを果たし、そして同時に遺作となってしまいました。

彼女が女将を演じる旅館「茅ヶ崎館」(ここも生前に小津安二郎が長逗留して脚本を書いていたそうです)には、若き日の彼女が杉村春子の付き人
で随行して以来の訪問だったともいいます。まるでこの映画に通じるような因縁さえ感じます。

ドーリス・デリエ監督は、日本に30回ほど訪れ、『MON-ZEN[もんぜん]』『漁師と妻』『フクシマ・モナムール』など、日本で5本の作品を撮影しています。しかし何といっても、命や人生の価値、意味について、理屈を超えた肌の感覚で考えるきっかけを与えてくれる、静かで力強い作品です。

『命みじかし、恋せよ乙女』

監督・脚本/ドーリス・デリエ 
出演/ゴロ・オイラー、入月絢、樹木希林
2019年8月16日(金)より、TOHO シネマズ シャンテ他にて全国順次公開
©2019 OLGA FILM GMBH, ROLIZE GMBH & CO. KG

gaga.ne.jp/ino-koi/

Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾貴史Takashi Matsuo 1960年、神戸市生まれ。TVに始まってラジオ、映画、舞台、落語、「季刊 25時」編集委員、創作折り紙「折り顏」、カレー店の運営など幅広く活躍中。最新刊に『違和感のススメ』(毎日新聞出版)。

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