松尾貴史が選ぶ今月の映画 『バイス』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画 『バイス』

子ブッシュことジョージ・W・ブッシュ政権下で密かにホワイトハウスの権力を掌握し、イラク戦争など世界情勢に多大な影響を与えたアメリカの副大統領ディック・チェイニー。“影の大統領”ともいえる彼を描いた映画 『バイス』の見どころを松尾貴史が語る。(「ヌメロ・トウキョウ」2019年5月号掲載)

どこかで見た権力者の“やり方”

この物語の主人公ディック・チェイニーは、ウィスコンシン州知事のスタッフから、ウォーターゲート事件で失脚したリチャード・ニクソン政権では大統領次席法律顧問、その次のジェラルド・フォード大統領のときには最年少で大統領首席補佐官、ジョージ・W・H・ブッシュ政権では国防長官、子ブッシュが大統領の時代は副大統領を務め、9.11の同時多発テロと無関係のイラクを攻撃して大儲けをしたともいわれている、長きにわたってアメリカの政財界で表になり裏になり暗躍し続けた、そして今でも存命の、老獪(ろうかい)な人物です。

役者たちは、こういった近い過去の史実を再現する作品の中でも、本物に近い風貌の再現と、役作りは秀逸に成功しています。ヘンリー・キッシンジャーやコリン・パウエル、コンドリーザ・ライス(彼女の名前から「私をマダム寿司と呼べ」という国辱ものの冗談を日本の緑のおばさんが繰り出したことで記憶している人も多いでしょう)ら、本物と比べてもわからないほどのそっくり度です。

この作品に登場する出来事は、事実であると謳われています。それを前提にするならば、アメリカという国は実に嘘つきで、ご都合主義的なならず者国家だということが見て取れます。もちろん、事実が描かれているというならばです。そして、私にはどうも、それを疑う材料がありません。嘘つきでご都合主義なのは先進国のほとんどがそうなのかもしれませんが、そのアメリカの足元で、日本は翻弄されいいように使われ下僕となり続けているのですから、悔しい限りです。

さて、権力者とその周辺では、いかに法を捻じ曲げ、民意をないがしろにしつつ、強者だけがさらに力を手に入れ、金持ちのところへはさらに富が集まるのかということをわかりやすく描いてくれています。この映画を見ながら何度も何度もハッとさせられたのですが、多数を正義だといい、法の解釈を変え、権力の集中を謀り、身内への利益誘導をするという、この作品の登場人物たちが実際にやってきた手法を、日本の政権も踏襲しているのではないかという疑念が湧いてきました。いや、疑いというよりもそれこそ紛れもない事実なのでしょう。
 

これほど大真面目な体裁で作っておきながら、あまりにも無邪気な手法でこの悪人たちを笑いのめすことに驚き、舌を巻きました。何と痛快なものでしょう、劇映画として撮られたマイケル・ムーアのドキュメンタリーを見せられているようです。そしておそらく、この映画が好きだという人とは、仲良くなれそうです。

『バイス』

監督・脚本/アダム・マッケイ
出演:クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、スティーヴ・カレル、サム・ロックウェル
2019年4月5日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
URL/longride.jp/vice/

© 2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

Text: Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾貴史(Takashi Matsuo)1960年、神戸市生まれ。TV、ラジオ、映画、舞台、落語、「季刊25時」編集委員、創作折り紙「折り顏」、カレー店の運営など幅広く活躍中。最新刊に『違和感のススメ』(毎日新聞出版)。

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