松尾貴史が選ぶ今月の映画『セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!』
キューバで暮らす大学教授のセルジオと、宇宙ステーションに滞在中の宇宙飛行士セルゲイ。2人は無線で交信するうちに国境も身分も大気圏も超えて親友になる。しかし1991年12月、セルゲイの母国ソビエト連邦が崩壊したことから事態は急展開! 映画『セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!』の見どころを松尾貴史が語る。(「ヌメロ・トウキョウ」2019年1・2月合併号掲載)
出会うはずのない二人の奇想天外な物語
東西冷戦末期、ソビエト崩壊、キューバ経済危機という言葉を聞くと、社会派の重苦しい退屈な作品なのではないか、という予感がありました。そして、その予感は見事に外れ、とてつもなくいい意味で裏切られたのです。 セルジオというキューバのエリート共産主義者の教授が、趣味であるアマチュア無線によって、NYの無線仲間ピーターからのソビエトの情報を得るのが習慣となっていたのですが、ある時からどういう巡り合わせか、ソビエト連邦の国際宇宙ステーション「ミール」に長期滞在している宇宙飛行士セルゲイと交信できるようになり、その友情が生まれ育つという物語です。史実と緻密にリンクしているので、この壮大な大人のお伽話がリアリティをもって語られるのが心地良く、気が付けば三人に奇妙な肩入れをしている自分に気付きました。通算で800日以上も宇宙にいた実在の人物、それも、宇宙から地球に帰って来たら国が変わってしまっていたという、もうこれからは現れないであろうセルゲイ・クリカレフの存在がこの物語に不思議な説得力を与えて、間接的にいろいろなことを考えさせられるのです。
崩壊前のソビエトは軍事を拡大したことで経済に支障を来し、連邦を壊してしまうところに行ってしまいました。これはアメリカも日本も人ごとではないですね。ゴルバチョフがグラスノスチだペレストロイカだと改革や情報公開を気張ってはみたものの、構造的に壊れてしまった経済は関係国にも大きな荒波を送り続けました。
そこに、貧しい市井の教育者が似た名前の宇宙にいる飛行士と電波で巡り合うという奇想天外な物語に、いまこの時代だからこそ観客はイメージしやすいのではないかと思うのです。もしも、これが描かれている時代の只中に制作公開されていたら、あまりの絵空事に感動を呼ぶことはなかったでしょう。
これは、今のネット社会における例えばフェイスブックなどのSNSによって、行ったこともない国だろうが地球の裏側だろうが、そこに住む人たちとリアルタイムで情報のやりとりができるという、言わば「当たり前」の情況があるからこその理解に他ならないのではないでしょうか。しかし、これは生死に関わるものでもあり、喉から手が出るほどの得難く貴重な情報を欲していた時代を思い起こす稀有な体験ができる映画です。
余談ながら、得難く貴重な情報といえば、紛争地帯から命懸けで現地の様子を伝えてくれるジャーナリストのミスに罵声を浴びせる匿名の人びとに辟易としている昨今ですが……。
キューバでの日常的な営みと文化に、NYとの交信という非日常、さらには宇宙という超・非日常の大きな視点移動が、私たちに哲学を呼びかけてきます。
『セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!』
監督/エルネスト・ダラナス・セラーノ
出演/トマス・カオ、ヘクター・ノア、ロン・パールマン
2018年12月1日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
URL/http://sergiosergei.com/
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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito