松尾貴史が選ぶ今月の映画『スターリンの葬送狂騒曲』
1953年のロシア(旧ソ連)を舞台に、当時恐怖政治を強いてきた絶対的独裁者ヨシフ・スターリンが死んだことで巻き起こった最高権力の座をめぐる争いや混乱を辛辣かつコミカルに描く映画『スターリンの葬送狂騒曲』。その見どころを松尾貴史が語る。(「ヌメロ・トウキョウ」2018年9月号掲載)
だから見たくなる、傑作ブラックコメディ
その昔の「ソ連」の独裁者スターリンが急逝し、その周囲の者どもが実権をせしめようと右往左往狂奔する滑稽な様を描いたブラックコメディです。
強大なキーパーソンが突然死んで、パワーバランスが崩れた時に起きる人間模様は、洋の東西を問わず面白いものですが、恐怖政治が続いていた暗黒の国家であればこその、怖さは笑いと背中合わせであるという原則の証明にもなっているのでしょう。
同じく独裁者であったヒトラーについては、近年「ブームなのか」と思わせるほど関連作品が制作されましたが、そういう意味ではあまりスターリンは題材にされることが少なかったのではないでしょうか。強烈な制裁を受けることなく生きながらえたことがその一因なのかもしれません。
わずか10年前には、日本に独裁者などもう生まれないだろうと安心していたのですが、最近の日本を見ているとそうも言えなくなってきたように思います。政権に不都合なスキャンダルや疑惑が露呈するたびに、YouTubeにはヒトラー映画の字幕を差し替えたパロディ動画がアップされ、ささやかなガス抜きにもなっています。
恐怖で国民を押さえつける権力者たちがせせこましさを見せるというコントラストは、笑いの構造としては王道で、この『スターリンの葬送狂騒曲』はその中でも相当にグレードの高い傑作だといえましょう。その証左ともいえるのが、ロシアで上映禁止とされたことでしょう。
「西側の映像プロパガンダだ」と解釈されたのでしょうが、今時のご時世で、そんな規制は有効なのか甚だ疑問です。逆に、そんなことをするから宣伝になって、藪蛇状態になるのではないでしょうか。この作品の配給会社も、「ロシアで上映が禁止され話題を呼んだ問題作」とプレスシートに謳っていますよ。少なくとも私は、この文言で見ようという気になった一人です。
イギリス人が本気で権威を嗤わらう時の破壊力は、モンティ・パイソンの例を挙げるまでもなく、他の追随を許さないのではないでしょうか。パイソン的テイストがふんだんで、パイソニアンの私は大満足なのです。おまけに、パイソンメンバーのマイケル・ペイリンが重要な役柄で、パイソン風味を濃くしてくれています。
そして、スティーヴ・ブシェミです。コーエン兄弟の『ファーゴ』(1996)の時から、演技の雰囲気とブサイクさが好きなのですが、冒頭では違和感のある彼が、暫くするとフルシチョフに見えてくるから面白いものです。
『スターリンの葬送狂騒曲』
監督/アーマンド・イアヌッチ
出演/スティーヴ・ブシェミ、サイモン・ ラッセル・ビール、ジェフリー・タンバー、オルガ・キュリレンコ
URL/gaga.ne.jp/stalin/
2018年8月3日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
© 2017 MITICO MAIN JOURNEY GAUMONT FRANCE3 CINEM A AFPI PANACHE PRODUCTIONS LACIECINEMATOGRAPHIQUE DEATH OF STALIN THE FILM LTD
Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito