松尾貴史が選ぶ今月の映画『ラッキー』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画『ラッキー』

一人でお決まりの日々を送る90歳のラッキー。あるとき、人生の終わりが近づいていることを悟り、「死」と向き合う…。『パリ、テキサス』などで知られる名優ハリー・ディーン・スタントンの最後の主演作となった映画『ラッキー』の見どころを松尾貴史が語る。(ヌメロ・トウキョウ4月号掲載)

名優の人生そのものが表れたメッセージ ラッキーは、独自の哲学を持って生きている一人暮らしの爺さんです。一人であることと、孤独であることは違う、そういう信条を持っています。そして、日常のほんの些細なやり取り、自然な会話の中に、逐一深みのあるフックがあり、私たちも「哲学」させられてしまうのです。

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完全に、主人公ラッキーを演じるハリー・ディーン・スタントンの、実際に持っていた考え方や経歴とリンクさせる設定なのでしょう。彼が発する言葉に、いちいち考えさせられ、いちいち「痒い所に手が届く」感じを受けるのです。昨日今日の台本で演じたセリフではない重みと確信があるのです。哲学するといっても、難しい言葉は全く使いません。せいぜい「リアリズム」という単語ぐらいではないでしょうか。すこぶる平易に、その都度立ち止まって考えたくなるような金言を放つのです。

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この作品がいつ撮影されたのかは知りませんが、作品としては昨年(2017年)で、スタントンは9月に91歳で亡くなっています。最後の主演作となった訳ですが、人生の締めくくりとして素晴らしいメッセージを残してくれたのではないでしょうか。
柄にもなく、私はこの作品で泣いてしまいました。「ハンカチをお忘れなく」などと陳腐なことを言うつもりはありません。第一、泣かないと思います。

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実は、彼の佇まい、歩き方、姿、質感、表情が、同じく昨年の3月に亡くなった私の父を思わせるところが多過ぎたのです。そして、一見「皮肉屋」に感じる物言いもすこぶる似ています。戦争に対する嫌悪のスタイルは少し違うのですが、それは戦争に行ったか行かなかったか、年齢差によるものでしょう。無神論者で反権威主義でジョン・ウェイン好きのところもそっくりで、違ったのは父には母がいたということでしょうか。私事で失礼しました。

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小さな日常を通して、命、財産、生き甲斐、家族、さまざまなことについて気づかされることの多い作品です。カフェや酒場のちょっとした会話も気が利いていて深いのです。バーの誠実そうな常連客とのやり取りも秀逸で、後半になってその客がデヴィッド・リンチだということに気付きました。
あくまでも個人の感想ですが、この一人の老人の静かな日常を描いた80分、一時も目を離せませんでした。深く刻まれた顔の皺ひとつひとつ、一挙手一投足に、咳払いから瞬きに至るまで、見逃すまいとする自分に驚きました。

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朝起きて体操をして水分補給して甘いコーヒーを飲みに行ってクロスワードパズルを解き、夜はバーでセロリの突き出たブラッディマリーをすすりながら友人と会話。格闘シーンや濡れ場、スペクタクル、そういった話題作が売り文句に使うような要素はありません。全編通して大半のセリフはしゃがれた爺さんのくぐもった声です。しかし、今回はこの作品しかないという直感のもと、本当に見てよかったと感じています。

『ラッキー』
監督/ジョン・キャロル・リンチ 
出演/ハリー・ディーン・スタントン、デヴィッド・リンチ 
2018年3月17日(土)より、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開
http://www.uplink.co.jp/lucky/

(c) 2016 FILM TROOPE, LLC All Rights Reserved

Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾貴史(Takashi Matsuo) 1960年5月11日生まれ。兵庫県神戸市出身。大阪芸術大学芸術学部デザイン学科卒業。俳優、タレント、ナレーター、コラムニスト、“折り顔”作家など幅広い分野で活躍。カレー店「般°若」(パンニャ)店主。著書にPHP新書『なぜ宇宙人は地球に来ない? 笑う超常現象入門』等多数。最新刊は『東京くねくね』(東京新聞出版局)。

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