【連載】松岡茉優の「考えても 考えても」vol.3 あぁ、思い込み
圧倒的な演技力で唯一無二の輝きを放つ俳優、松岡茉優。芸能生活20周年を記念して、Numero.jpでエッセイの連載がスタート! vol.3は子役時代からよく「やってしまった」という「思い込み」について。
vol.3 あぁ、思い込み
またやってしまった。何年ぶり何度目なのかはわからないけれど、人生で少なくとも5回はやっている。
初めてやったのは小学3、4年生のころ。私の所属する事務所では当時、事務所主催のレッスンがなく、希望する人は提携する児童劇団のレッスンを受けに行かせてもらえた。毎週日曜日に、お芝居はもちろん、日本舞踊、ダンス、お仕事先の人と接するためのマナー講座など、代わる代わる先生がやってきて、教えてもらうことができた。
第0回(※注)でもお話しさせていただいたが、私はとことんオーディションに受からなかったので、とりわけお芝居のレッスンがうれしかった。演じていいテキスト、演じていい役。お仕事ではなく、レッスンだとしても、自分に役がもらえることがとてもうれしかった。
忘れもしない。お芝居のレッスンで最初に配られたテキストは、きょうだいの何気ない会話劇だった。私は児童劇団の中ではお姉さんだったので、姉役をいただき、ペアを組むことなった弟役の男の子と、セリフを合わせていく。その日は2人でセリフを合わせるところで終わり、次回までにセリフを覚えてくるようにと言い渡された。
私は翌週まで、家でたくさん練習をした。弟役の男の子はユウジくん(仮名)という名前だったけれど、私の中ではもう弟であり、役名が名前だった。ケンタ、とかだったかな。
翌週のレッスンでは、それぞれきょうだい役となった5組ほどが、練習したものを一組ずつ先生に見ていただくことになった。1時間の授業なので、各ペアが披露できるのは一度きり。確か、良かったペアは授業の終わりにもう一度やらせてもらえた。私はその“良かったペア”ではなかったけれど、役として過ごせる時間はかけがえのないもので、充足感があった。他のペアの講評がされているときも、休憩中も、私はユウジくんのことをケンタと呼んだ。これからの人生で、私は何人の役を演じさせてもらえるのかわからないけれど、私は一生、彼の姉であり、彼はケンタなのだと思った。それはこの先ずっと、事実として残り、変わらないものだと思った。
そのまた翌週のレッスンでは、新しいテキストが配られた。もうちょっと、あのテキストをやりたかったな、と思いながらも、私は新たにいただける役がうれしくて、ほくほくと配られたテキストを読む。
今回はお友達同士の会話劇なので、私のケンタは別の男の子との組み合わせになった。仕方ないよな、と納得しながらも寂しさが残り、さっそく練習をはじめるわが弟に目を細める。がんばれ、ケンタ。
私がケンタを見つめていると、私とペアになった女の子が
「小さい子同士のペア、かわいいよね。ユウジのほうがお兄さんかな」
と話しかけてくれた。私も微笑みながらうなずき、
「ね、かわいい。まぁ、ユウジくんは、ケンタでもあるけどね」
とやんわり訂正をした。ユウジくんが、ケンタであった時間は確実に存在したから。ユウジ、と言い切られるのは切ない。私のケンタは、そこにいる。
「え? なんで?」
彼女は不思議そうにこちらを見ていた。ああ、そうか。ユウジくんは芸名で、本当の名前はケンタなのかしら、なぜ先々週入ったあなたがそれを知っているの?と思わせてしまったのかもしれない。
「あ、ほら、きょうだいのテキストで、ケンタ、だったから。ほら、私の弟だから」
慌ててそう言うと、彼女はもっと不思議そうな顔をした。
「え、うん」
「え、だから、先週、私たちきょうだいだったから。それでケンタ、だから」
「あはは、うん、じゃあ、私たちもやろうか」
彼女はスペースを見つけてそこへ座り、怪訝な顔をしながらぶつぶつと練習をはじめた。
あれ、そうなのか。もう、ケンタではないのか。たった1週間、7日前はケンタだったし、私の弟だったけど、違うのか。そういうものなのか。
私よりずっと前からここに通っている彼らは、そうやってたくさんの役を演じ、役と別れてきたのか。お芝居をするって、そういうことなのか。
私は自信満々にケンタだと訂正したことが恥ずかしいやら、悲しいやらで、顔を真っ赤にしながらその子の隣で練習をはじめた。
大人になるまでも、なってからも、たくさんの役と出会わせてもらい、演じてきて、一人一人がやはり愛おしい。でも、いつまでもその役と、その役の周りにいた人と、同じ関係性だとは思っていない。というか、思わないようにしている。大人だし。
しかし、作品によっては、うちらはもうずっとこの関係性かも! と感じられることがある。そして、そう感じたのはきっと私だけじゃないはずだと、信じられることがある。
とある現場でご一緒したその方は、私にとってはまさにそういう関係性で、その方にとって、私もそうであると思い上がっていた。
先日、久しぶりにお会いして会話を交わす中で
「だって、私はあなたの○○じゃないですかぁ」
と、当時の役の関係性を示した。きっとその方も笑いながら同意してくれると思っていたのだが、
「うん?」
その方はとても不思議そうに私を見ていた。あのときの、彼女と同じ顔だった。
※注…第0回はNumero TOKYO 2023年4月号に掲載したもの。ウェブサイトには掲載しておりませんが、引き続き電子版やdマガジンでお楽しみいただけます。
Text:Mayu Matsuoka Logo Design:Haruka Saito Proofreader:Tomoko Uejima Edit:Mariko Kimbara