井上真央インタビュー「生きづらさを抱えている人の感情を一つずつ丁寧にすくいとりたい」 | Numero TOKYO
Interview / Post

井上真央インタビュー「生きづらさを抱えている人の感情を一つずつ丁寧にすくいとりたい」

旬な俳優、アーティストやクリエイターが登場し、「ONとOFF」をテーマに自身のクリエイションについて語る連載「Talks」。vol.90は俳優、井上真央にインタビュー。

数々のドラマや映画で主演を務めてきた俳優・井上真央さん。最新作は、誰より近しいのに分かり合えない、家族だからこそ伝えられない。母と娘の関係を通じて、誰かと向き合うことの難しさと、その先に訪れる「救い」を描いた映画『わたしのお母さん』だ。井上さんは、明るく社交的な母・寛子になぜか苦手意識を抱く3人兄妹の長女・夕子を演じる。難しい役への向き合い方、演じる上で大事にしていること、そして、オフの過ごし方についても語ってもらった。

主演としての気負いよりも、役を隣に感じること

──母親に苦手意識を抱き、正面から向き合えずに悩む娘という難しい役柄でしたが、役の理解はどうやって深めましたか?

「脚本を読んだ時、“母親を好きになれないなんてとても理解しがたい”とは思いませんでした。 母と子の親子関係に限らず、世の中で“普通”とされていることに違和感を抱いたり、合わせることができずに、罪悪感を抱えている人は少なくないでしょうし。夕子のように柔軟な糸口を見つけられずに生きづらさを感じている人へ伝えられるものがあるかもしれないと思いながら演じました」

──夕子は弟と妹がいる3人兄妹の長女という設定でした。夕子が母親に抱く感情は、子どもの頃から素直に母親に甘えられない“長女あるある”も感じられたのですが、そうした兄弟構成も役を演じるにあたって意識しましたか?

「私自身は強く意識しませんでした。もちろん、妹や弟との関わりの中で、『長女だからこういうふうに思うかな』と巡らせた部分もあります。ただ、今回は兄弟構成よりも、自分に戸惑う人の姿を丁寧に演じられたらということを意識していました」

──母親と正面から向き合えない夕子ですが、ラストのシーンで初めて夕子の本音が漏れます。印象的な場面ですが、どういう思いで演じられていましたか?

「あのシーンは撮影最終日でした。監督から、これまでの夕子は溢れるぐらいの感情を胸の内に溜めに溜めてきたから、最後は何も気にせずにその感情をすべて出してほしいと言われました。正直どんな気持ちだったか覚えてませんが(笑)あまり力をいれすぎず、夕子としてただそこに存在しているような感覚を心がけていたように思います」

埋もれている苦しみに光を当てたい。

──母親を好きになれない感情は、弟や妹とも共有できない。そこにも夕子の苦しさがあると思いました。現場で母親役の石田えりさんはじめ、共演者の方達とあまり親しくしすぎると役に影響してしまうかも、と思うことはありましたか?

「それはなかったです(笑)。ただ、主演として現場にいるというよりも、常に隣に夕子がいるような誰と話しても、ひとりぼっちなんだという感覚を大事にしていました」

──母親は夕子の心をどうにかして開こうと頑張るけれども、夕子には一切響かない。感情をストレートに出す母親と対峙する場面は、演じていてどうでしたか?

「響いてないわけではないんですけどね(笑)。たとえば、お母さんと夕子、妹の晶子と3人でプリンを食べているシーンでは、母親が一生懸命話しているけれど、夕子は一人で黙々とプリンを食べているんですよね。それは、母親の話にきちんと相槌を打ちながら聞いてくれる晶子が隣にいてくれるから、夕子は少し冷静ででいられると思うんです。お母さんと2人きりの時、兄弟と一緒にいる時、それぞれで気持ちのざわつきが変わるんだなと思いました」

──母親と一定の距離を保つことでなんとかやり過ごそうとする夕子ですが、母親は距離を詰めようとする。時にきつい言葉で詰め寄ってきますが、思わず反応してしまいそうになることはありませんでしたか?

「深夜に夕子がお母さんから咎められるシーンは難しかったですね。一方的に責めるお母さんに対して、夕子は言い返して向き合おうとする。これまでは避けてきたけれども、ぶつかってみたほうがいいんじゃないか。でも“やっぱり無理だ”と思ってしまう。その諦めるまでの逡巡をどう表現するか。台詞がない分、すごく難しいシーンでした」

──寛子は天真爛漫な人物で、いわゆる“毒親”ではない。娘としてもなぜ、苦手に感じるのかわからない。そこにこの二人の関係の難しさがあると思いますが、二人が一番向き合ったと思うのはどこだと思いますか?

「ある出来事に対して、夕子と晶子、まったく違う反応を見せますが、そこで、夕子は“やっぱりこういう反応をしてしまう自分がおかしいんじゃないか”と責めていたと思うんです。終盤のシーンでようやく本当の気持ちを吐露できたとき、初めて向き合えたのかもしれません」

──杉田監督からオファーを受けた時、どのように感じましたか?

「監督からもらった手紙に『夕子を救ってあげたい』という言葉がありました。脚本には、日常に埋もれる夕子の叫びのようなものが淡々と書かれてあって。そういう生きづらさを抱えている人の感情を一つずつ丁寧に救いとり、埋もれている苦しみに光を当てられたらと思いました」

──杉田監督はこの作品を通して“女性が一歩踏み出す瞬間を描きたい”とおっしゃっていました。では、井上さんご自身、一歩踏み出したと思う瞬間はありますか?

「いつも行くご飯屋さんで、普段は絶対に頼まないであろうメニューを注文したとき?(笑) あとは、今までだったら出会えてなさそうな役をやってみようと思うとき。作品選びはもちろん慎重にしますが、勢いというか直感で決めることもあります。振り返ってみて、あの決断は自分でも意外だなと思うこともありますね」

──具体的にはどの作品に出たことが意外ですか?

「この作品はそのひとつかもしれません。10代、20代はどんな役もやってみようと思っていましたが、今は自分を投じてみたいかどうかがはっきりしてきたように思います」

──この作品は自分の気持ちに正直に生きられない女性の“救い”を描いていましたが、井上さん自身が勇気付けられる、救われる作品はありますか?

「ホン・サンス監督の『それから』ですね。劇中で、キム・ミニ演じるアルムが生きる意味を問うシーンがあるんですが、彼女自身の哲学や内面が演じる時に滲み出ていて、すごいなと感動しました。そういうことを考えさせてくれる彼女の作品に私自身、勇気づけられていると思います」

自分に似合うものを探し中。


──オフの日は何をされていますか?

「最近、文鳥を飼い始めて、家にいる時は放鳥して一緒に遊んでいます。私、これまで口笛が吹けなかったんですけど、口笛を吹いて鳥が飛んでくるのをやってみたくて、練習したら笛けるようになったんです(笑)。肩に乗ってきたりして、結構懐いてるんですよ。一緒に遊んでいる時間はすごく癒されていますね。文鳥を飼い始めてから、街でカラスを見てもかわいいなと思うようになりました(笑)」

──ファッションはどういうものが好みですか?

「それが模索中なんです。10代、20代は仕事で色々着させてもらって、割と何でも好きだったんですが、30代になって自分に似合うものなんだろうって」

──何でも似合ってしまうから見つけにくいのかもしれませんね。

「何でも似合うから見つけられないって言えばいいのか(笑)。いやいや、それは冗談で、似合わないものもあるんですよ。チャレンジしすぎて、“あれは違ったなぁ”って思うことも最近はどちらかというと、シャープなシルエットのものが好みですね。色はモノトーンやカーキが好きかな」

──普段はどこで買い物をしますか?

「ネットで買うことも多くなりました。海外のそこまで高級じゃないデパートにあるようなリーズナブルのものからハイブランドまでよくチェックしています。結構失敗もするんですが(笑)」

映画『わたしのお母さん』

『わたしのお母さん』

三人姉弟の長女で、今は夫と二人で暮らす夕子は、明るく社交的な母・寛子に、幼い頃からなぜ か苦手意識を抱いてきた。母と娘の間にいつのまにか生じていた小さな亀裂。思いがけず始まっ た同居生活を機に、距離を置いてきた母との間にできた溝の深さに気付かされる日々……。悪気 はないのに相手を傷つけてしまう母と、いつも母の顔色を伺ってしまって本音を言えない娘。「普通 の親子」の間にできた亀裂に目をこらし、家族だからこそ言葉にできない繊細な心情を描いた本作。 母と娘それぞれの思い、そして長い時間のなかで積み重ねられた違和感の正体をていねいに描き だす。 近しい人とわかりあえない苦しさや、誰かと正面から向き合えない辛さは、現代を生きる誰もが持つ 普遍的なテーマ。人と人はどうしたら理解しあえるのか。どうすれば自分の気持ちに正直に生きら れるのか。本当の気持ちに蓋をして、生きづらさを抱えてきたひとりの女性が、葛藤を乗り越え、新 たな一歩を踏み出すまでを描く感動作。

監督・脚本/杉田真一
脚本/松井香奈
音楽/稲岡真吾
主題歌/mayo「memories」
出演/井上真央、石田えり、阿部純子、笠松将、橋本一郎、ぎぃ子、瑛蓮、深澤千有紀、丸山澪、大崎由利子、大島蓉子、宇野祥平
製作/刈谷日劇 アン・ヌフ TCエンタテインメント 東京テアトル U-NEXT リトルモア
配給/東京テアトル
公開日/11月11日(金)より、ユーロスペースほか全国順次公開
©2022「わたしのお母さん」製作委員会

衣装:ドレス¥53,900/malamute(ブランドニュース)イヤーカフ¥3,800/graey(https://graey.jp) シューズ スタイリスト私物

Photos:Ayako Masunaga Styling:Nobuko Ito Hair&Make-up:Aya Interview & Text:Mariko Uramoto Edit:Saki Shibata

Profile

井上真央Mao Inoue 1987年神奈川県生まれ。角田光代の小説を映画化した『八日目の蝉』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめ数々の賞を受賞する。そのほかの映画出演作に、『白ゆき姫殺人事件』(’14年)、『焼肉ドラゴン』(’18年)、『カツベン!』(’19年)、『一度も撃ってません』(’20年)、『大コメ騒動』(’21年)など多数。テレビドラマでは「花より男子」シリーズ(TBS)、連続テレビ小説「おひさま」(’11年/NHK)、大河ドラマ「花燃ゆ」(’15年/NHK)、「明日の約束」(’17年/KTV)、「乱反射」(’18年/NBN)、「少年寅次郎」(’19年/NHK)、「夜のあぐら〜姉と弟と私〜」(’22年/BS松竹東急)に主演。

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