永瀬正敏インタビュー「ジャームッシュからの最初のプレゼントはノート」
旬な俳優、女優、アーティストやクリエイターが登場し、「ONとOFF」をテーマに自身のクリエイションについて語る連載「Talks」。vol.37は俳優、永瀬正敏にインタビュー。
俳優・永瀬正敏が日本人旅行者の詩人を演じたアメリカ映画『パターソン』は、『ミステリー・トレイン』以来、27年ぶりに出演したジム・ジャームッシュ監督の作品だ。この米インディーズ映画界の名匠との特別な絆、さらにプライベートや写真家としての活動まで話を聞いた。
27年前と変わらないジャームッシュ
──今回の『パターソン』の役は永瀬さんの当て書きだったそうで。
「有難いですよね。ジャームッシュから突然、『君をイメージして書いたんだ。もしよければやってもらえないだろうか』っていうメッセージが送られてきて」
──久々に監督からラブコールを受け、いかがでしたか?
「最高に嬉しかったですよ。また新作に呼んでもらえるとは思ってなかったから。まあ友人関係というか、私的なつながりはずっと切れていなかったですけど。僕としては、それだけで嬉しかったから」
──ジャームッシュ監督とはプライベートで交流は続いていたんですね。
「ええ。僕がアメリカに行った時とかには連絡してみたりとか。ただ撮影前はちょっと会えてなかった時期が続いていたので」
──27年前はジャームッシュもまだ30代半ばでした。今は60歳を越えてますが、写真とか見る限り全然変わらない印象です。
「確かに不思議なくらい全然変わってないんですよ。相変わらずめちゃめちゃいい人だし。この世知辛い時代にね、『パターソン』みたいな映画を出してくるところが、とってもジャームッシュらしいなって。やっぱり数ランク上の監督さんだなと思います。だって劇的な事件とか、何も起こらない映画ですから。本当に淡々とした日常を描いているだけで、クスッと笑えるところがあったり、ハートウォーミングなところもあって、それでいて何か特別なものを感じる。それをひとつの作品としてまとめ上げる力って、いちばん難易度が高いんじゃないかな。さらっと観れちゃうけど、実は奇跡みたいな映画ですよね」
──作風も初期から基本的に変わらないですね。
「キャラクターにみんな人間味があって、チャーミングに描かれている。それはきっと、演者ひとりひとりにちゃんと愛情を持って撮っているからだと思います」
──舞台のニュージャージー州パターソン市には初めて行かれました?
「ええ。自分の撮影は1日だったんですが、ジャームッシュが撮影の前に会いたいって言ってくれたので、何日か前に入ってロケセットまで会いに行って。撮影が終わってからも一週間くらいロングステイさせてもらいました」
──久々のジャームッシュ組の現場はいかがでしたか?
「やっぱりまったく変わらないですね。愛情たっぷりの現場で、そこから帰りたくなくなるような、良い意味ですごくリラックスした空気が流れているんです。特にカメラマンのフレデリック・エルムズさんは、僕が若い頃に好きだった映画をたくさん撮ってらっしゃる人で。ジャームッシュと彼のタッグも大きな楽しみのひとつでした」
とらわれた宇宙人になった記念写真
──共演されたアダム・ドライバーさんの印象は?
「めちゃめちゃいい人でしたね。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』にも出ている人なのに、全然ハリウッド・スターっぽくない(笑)。真面目ですしね。アダムのアップを撮っている時、僕がカメラの後ろで彼のアイライン(目線を持っていく位置)に立っていたことに関して、すごく丁寧にお礼を言ってくれたり。ジャームッシュがキャスティングする人って、みんないい人なんですよ」
──じゃあ現場のフレンドリーな雰囲気がそのまま映画に転写されるような。
「うん、それは大いにあると思います」
──アダムさんは、見た目がもうヤング・ジャームッシュ。
「ですね。しかもジムのパートナーは、サラ・ドライバーでしょう。名前からして、息子じゃないのか?みたいな(笑)。実はジムとアダムと僕の3人で記念写真を撮ったんですよ。そしたらふたりが僕を真ん中に立たせるんですね。ふたりともえらく背が高いので、僕、とらわれた宇宙人みたいになってるんですよ」
──(爆笑)
「横ふたり、でけえな!っていう(笑)。しかもアダムのほうがさらにでかいんですよ、若いせいか」
──続けて日本公開(9月2日より)されるジャームッシュ監督の『ギミー・デンジャー』(イギー・ポップ&ザ・ストゥージズの音楽ドキュメンタリー)では、予告編のナレーションを担当されていますね。
「実はこのドキュメンタリーを撮るって話、ジャームッシュ本人にずいぶん前から聞いていたんですよ。でもなかなか出来上がんねえな、どうしたんだろうって(笑)。結局8年くらいかかったようで、ず~っと楽しみにしていたから、完成品を観た時は感無量でした。ロック史に残るドキュメンタリーですよね。やっぱり監督との信頼関係がめちゃめちゃありますから、イギーも本音で話している」
──永瀬さんは1996年に出されたアルバム『Vending Machine』のタイトル曲をイギーに書いてもらっていましたよね。
「そうなんですよ。イギーも、ジョー・ストラマーも書いてくれて。信じられないような幸福ですね。イアン・デューリーやジョン・ルーリー、レニングラード・カウボーイズまで入ってくれたし。そもそもイギーを紹介してくれたのは、ジャームッシュですからね」
イギー・ポップとの劇的な出会い
──やっぱりそうなんですか!
「『ミステリー・トレイン』を撮影した翌年、1990年ですね。ジャームッシュの自宅に行ったんですよ。当時4か月間くらいニューヨークに住んでいて、ある日、彼が電話で『明日、何してる?』って訊くから、『何もしてない。ヒマです』って言ったら『じゃあ、ウチに遊びに来ない?』って。その頃、ジャームッシュが住んでいたマンハッタンのアパートメントって、素敵な建物なのになぜか入口の鍵が壊れていて。インターホンとかも押しても全然鳴らないんですよ。だから6階だか7階だかの部屋に向けて、着いたら下から叫ぶんです。『ジ~~~~ムッ!!』って(笑)。そしたら彼が窓から顔を出して、靴下の中に鍵を入れて、それが上空から降ってくる」
──もう映画ですね(笑)。ジャームッシュの映画のワンシーンみたいですよ。
「それでエレベーターなんかないので、でこぼこの階段を上がって部屋に入るでしょ。電気もついていない、薄暗い部屋なんです。そしたらジムが『今日はスペシャルゲストがいるんだ』って。ずいぶん長い廊下の向こうに、ソファーに座っている男がいるんです。だんだん歩いていくと、どうやらシルエットがイギーっぽい(笑)。『えっ!? あれ、イギーじゃない?』ってジムに言ったら、『そうだ』って。素肌に革ジャンをはおった彼が立ち上がって『ハーイ』って気さくに挨拶してくれて、『……本物のイギーですよね?』(笑)。ジョー・ストラマーとイギー・ポップは僕の中学時代からの神様だから、その場で卒倒しそうになりましたよ」
──オフタイムなのにフィクションみたいだなあ。すごい話だ。
「完全なオフなんですけどね。ジャームッシュがサプライズで仕組んでくれた劇的な出会いでした」
──今年公開された主演作『光』では、永瀬さんのデビュー作『ションベン・ライダー』で共演した藤竜也さんと再共演されていましたね。サイクルがぐるっと一回りしているような印象を受けるのですが。
「本当に。2013年にデビュー30年を迎えたんですけど、そのあたりから自分の原点を再確認するような出来事が増えてきたんですよね。『役者の仕事、続けてきて良かったな』と思えるような」
──写真のほうは始められてどれくらいですか?
「もう20数年。祖父が写真館のおやじで、諸事情で写真の道を断念した人なんですが、最近そのことをいろいろ知って『もうちょっと真面目にやろう』と。いまはポートレートをきっちり撮りたいんですね。それまではドキュメントのような感じで撮るのが好きだったんですけど。普段もカメラはいつも何かしら持ち歩いていますね」
──『パターソン』では詩人たちがノートを持ち歩いていて、日常と共に創作がある光景が映し出されていました。
「あぁ……いま思い出しました。『ミステリー・トレイン』の時、ジャームッシュが僕にくれた最初のプレゼントが、ノートでした」
──そうなんですか!
「彼はいつも上着のポケットに小さなノートを入れていたんですよ。気づいたことや、会話をいつでもメモできるように。意識的にかどうかはわからないけど、それを『パターソン』のお話に発展させたような気がします。映画に出てくるよりも少し小ぶりのノートを、当時僕にくれましたね」
──素敵なお話ですね。永瀬さんは本当の「オフ」ってどんな過ごし方をされていますか?
「作品が入っていない時は、な~んにもしないです。ボ~ッとしてます。ひたすら自分を甘やかしてますね。作品のタイプにもよりますけど、撮影やってる期間はそちらに意識を全部集中して、カラダも苛めるだけ苛めちゃうので、たまには解放させてあげないと……っていう言い訳をしているんですけど(笑)」
ジャケット¥184,000、Tシャツ¥24,000、パンツ¥72,000/すべてYohji Yamamoto(ヨウジヤマモト青山店 03-3409-6006)
映画『パターソン』の情報はこちら
Photos:Kohey Kanno
Styling:Yasuhiro Watanabe
Hair & Makeup:Katsuhiko Yuhmi
Interview & Text:Naoto Mori
Edit:Sayaka Ito