菊地成孔が選ぶおすすめの本 CDの絶滅を招いたのは誰か? | Numero TOKYO
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菊地成孔が選ぶおすすめの本 CDの絶滅を招いたのは誰か?

さまざまな分野で活躍するクリエイターやアーティストに聞いたとっておきの一冊。

『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』 スティーブン・ウィット/著 関美和/訳 ¥2,300(早川書房)

音楽産業を潰した犯人を探るスリリングなノンフィクション

ノンフィクションは地味で重くなりがちだが、これは小説のように感じる良作。言わば、ノンフィクションが小説を超える「事実は小説よりも奇なり」パターンで、間違いなく2017年に読んだ中でいちばん面白い本だった(さほどの読書家ではないので、昨年は100冊も読んでいないのだが)。

今はデジタルコンテツより「モノ」の市場価値がない。無法地帯のネットコンテンツが資本主義の一角を破壊するといわれていたが、小説、映画、音楽は、まさしくその標的となった。この本の邦題は『誰が音楽をタダにした?』だが、原題は『HOW MUSIG GOT FREE』。それぞれの思惑の重積により、結果的に音楽がタダになってしまった事実を浮き彫りにしている。

著者であるスティーブン・ウッドがヤバいのは、人に着目した点だ。この本には主人公の「僕」のほかに、3人の主要人物が登場する。
 まずは、音響データの画期的な圧縮技術「mp3」を産んだドイツ人技術者、カールハインツ・ブランデンブルク。彼は、音楽をいかに小さな容量のデータに圧縮・解凍し、なおかつ音質を保つかに注力した。まさか、それにより音楽産業が瓦解するとは夢にも思わなかったはずだ。言ってしまえば、核が兵器に使われると思っていなかったアインシュタインと同じ。

次に登場するのは、かつて不法アップローダーだったデル・グローバー。当初、主人公は違法アップロード/ダウンロードは世界的な潮流で、匿名のアップローダーが山ほどいると考えた。しかし、ある時、ふと気づく。新譜は発売前に上がってる。誰か主犯がいるのではないか——。ノンフィクションライターの勘が働き調査に入ると、世界中のアップロードを牛耳る組織「シーン」にたどり着く。結局、取材できたのは、アップロード屋を引退したデル・グローバーだけだったが、彼はCDのプレス工場の社員だった。CDの原盤を余分に制作し、腰ベルトの奥に隠して外へ持ち出す。そして、今や懐かしい最初期のファイル共有サービス「ナップスター」にアップロード。当時、彼に罪の意識はない。そこには、ユースカルチャー特有の、資本主義を転倒さているようなスリリングな楽しさがあるだけだ。

もう一人の登場人物は、超大物プロデューサーのダグ・モリス。彼は50年代から活躍し、現在は米ソニー・ミュージックエンタテインメントのCEO。彼はメディアの動きに敏感で、商売にならないと思われていたならず者たちのギャングスタラップを90年代に商業ベースに乗せた人物。ウェブサイト「VEVO」を立ち上げ、合法的なアップロードのシステムを作り上げた。ミュージックビデオを広告に紐付け利益を創出したが、その結果、若者は音楽に金を払わなくなり、アルバムは売れなくなった。

本書には、脇役としてFBIのコンピューター犯罪専門家や、ファイル共有無料ソフト「ビットトレント」の管理者までも加わり、息もつかせぬ展開をさらに盛り上げていく。

 ご存じのとおり音楽産業はボロボロで、NYのマンハッタンにはすでにCDショップがない。メディア(媒体)の一大転換期においてCDは絶滅し、音楽コンテンツは、ダウンロードサービス、復権したバイナル(レコード)、スポティファイなどのコンテンツ配信サービスの3つに移行した。新しいメディアが生まれ、前時代の遺物が駆逐・再編纂されるのは当然のことだが、その結果、オーバーグラウンドのミュージシャンはライブで儲け、アンダーグラウンドはバズってなんとかするしかない。例えば、昨今のフェスブームがオーバーグラウンド。アンダーグラウンドは、水原希子の「パナソニックビューティ」のCMソングに起用された「ラブリーサマーちゃん」が象徴的だ。彼女はサウンドクラウドから抜擢された。CMクリエイターがサウンドクラウドなりYouTubeから、無名なミュージシャンを一本釣りする時代なのだ。

 CDが売れないと言うのは簡単だが、その原因を紐解いたのが本書。元凶を作った技術者、アップロードするヤツ、それに対抗する音楽産業の大物による三つ巴のまさに小説顔負けのサスペンスだ。類書も多いジャンルだが、視点が斬新な本書が飛び抜けているのは明らかである。

ちなみに、私がミュージシャンだから、現状を知らしめたくてこの本を挙げたわけではまったくないし、内容が面白くなければけして勧めない。というより、現状を知ってもらったところで、もう音楽産業がパラダイムシフトしちゃってるんだからどうにもならないのである。

テーマにまつわるそのほか2冊

『フリー[ペーパーバッグ版] 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』 クリス・アンダーソン/著 小林弘人/監修・解説 高橋則明/訳 ¥1,000(NHK出版)

「問題意識が音楽産業のみならず、あらゆる商品価値が価格に反映されない現状を描く。センセーショナルだが、このまま行くと、全てのビジネスが無料になり地球がヤバイという壮大な内容。個人的な本の好みでいうと、品はよろしくないとは思う」

kiku
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『21世紀の資本』 トマ・ピケティ/著 山形浩生・守岡桜・森本正史/訳 ¥5,500(みすず書房)

「ソビエト連邦を始め強大な共産主義国が崩壊し、資本主義が勝ち残ったように見えるが、経済格差は広がる一方。マルクスが言うように、資本主義の構造に欠陥がある。資本主義を回すだけでは解決しない。つまり、このままだと世界がヤバイですよ系の一冊」

Interview&Text:Miho Matsuda

Profile

菊地成孔(Naruyoshi Kikuchi)1963年千葉県生まれ。音楽家、文筆家、音楽講師。85年音楽家としてデビュー以来、ジャズを基本に、ジャンル横断的な音楽活動、執筆活動を幅広く展開。批評家としての主な対象は、映画、音楽、料理、服飾、格闘技。代表的な音楽作品に『デギュスタシオン・ア・ジャズ』『南米のエリザベス・テイラー』『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』『戦前と戦後』などがある。現在は「DC/PRG(デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン)」「菊地成孔とペペトルメント・アスカラール」「菊地成孔ダブ・セクステット」で活動中。主な著書に『スペインの宇宙食』『時事ネタ嫌い』『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』など。講師として教鞭もとる。レギュラー出演にTBSラジオ「菊地成孔の粋な夜電波」。TABOOレーベル主宰。

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