田中圭インタビュー「ブレイクと言われて、正直戸惑っています」
自分自身の今に影響を与えた人物や、 ターニングポイントとなった出来事、モノ、場所との出合い。 それをきっかけに変化し成長した自分を振り返る。 田中圭のビフォー&アフターとは? 本誌未収録部分を含む拡大版のロングインタビュー。(「ヌメロ・トウキョウ」2018年10月号掲載)
──ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』では、吉岡里帆さん演じる主人公・義経えみるの上司・京極大輝を演じていますが、「生活保護」がテーマという、これまでにない試みです。
「そうですね。でも自分が小さい頃に近くに生活保護を受給している人もいたので、どんな暮らしぶりだったかも知ってるし、自分と遠い話だとは感じてません。そこから脱却した人もいましたし。働くことができる人は働けばいいと思いますけど、それが難しい人もいます。それぞれいろんな事情を抱えていますから」
──京極係長というキャラクターには親近感を感じますか?
「京極は東京都東区役所生活課の係長なんですが、最初にお金にシビアな現実派の役だと聞いて、ミスキャスティングなんじゃないかと思いました。僕自身は真逆でお金にもルーズなので。京極は仕事に対しては厳しい役柄ですけど、ただの悪役じゃなくて、どこか人間味を感じさせるように演じたいと考えています」
──京極は法律や制度に厳格でいようとするタイプですよね。
「もし現実に身の回りにいたら、積極的に友達になりたいタイプではないですね。でも、仕事を離れたら京極も違う側面があるのかもしれない。脚本の前に原作を読んだのですが、それに比べるとドラマの京極は少しマイルドになっています。第1話と最終話とでは、京極に対して違った印象になるように演じられればいいなと」
──几帳面な役と人間くさい役、どちらが演じやすいですか?
「どちらもいただいた役には誠実に向き合いたいと思ってますけど、僕自身が好きなのはダメな人間です。僕は昔から『全人類ポンコツ説』を唱えているんですよ。『ポンコツ』ってのは否定的な意味ではなく、すべてが完璧な人はいないし、誰しもどこかに欠陥はある。その中で真面目な人もいれば、正義感のある人、極端だけど悪の権化みたいな人もいるわけで。だから、そんなに正しさだけを追い求めなくてもよくないか?と思うんです。もちろん、犯罪となると話は別ですけど」
──コンプライアンスだけで人間を判断できないということですね。
「そう。例えば噓をつくことがあったとしても、それにもいい噓と悪い噓という種類がありますよね。時間に遅れることも約束を忘れることもあるかもしれない。でも人間にとって大事なところはそこじゃない。どうしようもないやつも一生懸命生きてるし、ダメなヤツがダメなヤツを救うことだってある。その人にしかできない何かがきっとあるはず。ずっとそう思っているんです」
──「全人類ポンコツ説」は演技にも反映されているのでしょうか?
「脚本を読んでいるときに、ダメ人間の役であればあるほど、そこにどうやって愛される人間性を持たせるか、逆に完璧な役ならどこにポンコツさを出せるかというのは考えています。もちろん作品によっては、悪か善のどちらか一方に振り切らなくちゃいけないときもありますが、今回の京極は完璧で厳しい上司に見えるかもしれないけれど、僕が演じてる時点でそれがにじみ出ちゃうかもしれません。全話を通して見たら、どこかに人間くさい部分を感じてもらえるんじゃないでしょうか」
──今回、井浦新さんとの共演も楽しみです。
「10年ぐらい前に少しだけ共演させてもらったことがあって。当時、映画『ピンポン』が大好きだったので、『スマイルだ!』とミーハーに興奮したのを覚えています。直接の絡みは少なかったので、井浦さんは忘れてるだろうと思ってたら、当時のことを覚えてくれていて。井浦さんはすごく素敵な雰囲気を纏って演技される方ですし、どこか同じ匂いも感じるので、面白いことができるんじゃないかなと楽しみにしてます。今回は若い俳優が多く出演して、彼らが必死に頑張っている中で、大人の俳優陣ならではのことができたらと思っています」
──上司として新人ケースワーカーたちを導く存在ですが、ご自身が先輩から影響を受けたことは?
「人間は他人に影響されて自分の感覚や人生が変わっていくものなので、たくさんの先輩との出会いから、いろんなことを教えてもらったし、僕自身が変わるきっかけにもなりました。逆に後輩に対しては年齢、性別関係なく対等でいようと思っています。そういえば、さっき、いちばん付き合いの長い先輩・小栗旬から『おい、ブレイク俳優!』ってLINEが来たんです。これって、いじられてるのか?と思いつつ、真面目に返信しちゃいましたけど」
──(笑)。前作『おっさんずラブ』は大きな反響を呼びましたが、変化はありましたか?
「ないですね、まったく(笑)。取材は10倍くらいに増えましたけど、自分がやるべきことは決まっていますから。『ブレイクした』と言われることが俳優のゴールではないし、それを目指してはいけないと以前から思っているんです。いい作品との出合いは感謝でしかないし、前回はある意味、集大成だったかもしれないけど、同時にスタートでもあった。注目されるのはうれしいけど、今『ブレイク』と言われても、すでに18年も俳優をやってますから、正直、ちょっと戸惑っています」
──でも、代表作と言える作品になりました。
「正直なところ『代表作になっちゃったな』という感覚です。僕は、これまでいろんな作品に関わらせていただいて、それでも代表作がないことに、誇りをもっていたところもあったんです。代表作がないのにCMに起用していただいて、舞台で座長をやらせてもらって、そんな俳優はほかにいない。だから『おっさんずラブ』を代表作と言っていただいて嬉しい反面、平常心というか普段の感覚のままなんです」
──以前にも増して、注目されることでプレッシャーは感じますか?
「これまでも常にプレッシャーはありました。きっと、今後の僕に『おっさんずラブ』と同じ熱量を求めている方もいると思うんです。でも、作品は監督、スタッフさん、共演者がいて生まれるものだし、内容も違います。それでも、僕自身は、春田役に向き合ったときと同じくらいのモチベーションで全部の現場に臨みたいと思っているし、それに僕らがもっといい環境を作ることができれば、あの作品を超えることだってできるはずです」
──あらためてご自身の演技論が取り上げられることも増えました。
「それもしゃべりすぎたと後悔しているんです。後輩たちに手の内を明かしすぎてしまった(笑)。アドリブに関しては、それが許される現場かどうかは作品によって違うので、その雰囲気に合わせます。演じる中で言葉が生まれて来ても、それを飲み込んで台本通りに演じることも俳優の技術の一つですし、もしそれを受け止めてくれる現場だったら、アドリブを加えてみて、レールから外れてどこに行くのかわからない面白さを楽しみたい。
『おっさんずラブ』は監督もプロデューサーも、脚本家もそれを理解してくれました。そんなことなかなかないと思います。共演した吉田鋼太郎さんも絶対に何か仕掛けてくるだろうし、林遣都くんもアドリブに合わせる技術のある人だからできたことでもあります。僕は、春田とその世界のキャラクターを忠実に生きている感覚だったんです。それが許されることは少ないので、あらためてすごい現場だったと思います。僕の中では、そこで蓄積、発見したこともありますし、それを生かして、今後の現場にも臨みたいです」
──プライベートでは2人のお子さんがいらっしゃいますが、仕事をする上でお子さんの視線は意識しますか?
「意識したことはありません。俳優が特別に誇れる仕事だと捉えていないし、作品によっては、めちゃくちゃに嫌われることだってあるかもしれない。どの仕事もみんな一生懸命に取り組んでるし、どれが上だとか下だとかもないです。影響力はあるのかもしれないけれど、それは僕らが決めることではない。もし、子どもが『うちのパパは芸能人なんだぞ』と言い出したら怒りますけど、今はそんなことないし、そんなふうにこの仕事を見てないので、心配していません」
──今の演技スタイルになるきっかけはあったのでしょうか。
「役者を始めた10代の頃、演技の先生が芝居の楽しさを教えてくれて、それが今に生きている感じはあります。金持ちになりたいとかモテたいとか、それがモチベーションではなく純粋に芝居が楽しいから、この仕事を続けられているんだと思います」
Photos:Kisimari Interview&Text: Miho Matsuda Edit:Sayaka Ito