ディオール(Dior)は、現地時間の1月26日にパリのロダン美術館にて2026年春夏オートクチュールコレクションを発表。クリエイティブ ディレクターを務めるジョナサン・アンダーソンにとって初挑戦となるオートクチュールコレクションには、アニャ・テイラー=ジョイ、ジェニファー・ローレンス、リアーナに加え、日本からはジャパンアンバサダーを務める八木莉可子が来場した。
本コレクションのテーマは「ヴンダーカンマー(脅威の部屋)」。自然と芸術の共鳴と言い換えても良いだろう。アンダーソンによれば、儚さを備えた自然が、自らを進化させ、環境に適応し、外的要因に耐えるという能動的なシステムは、オートクチュールの理念と共通するものがあり、オートクチュールそのものが現代においては保証なきものであり、実践を通じてのみ生き残る絶滅の危機に瀕したアートフォームであると説く。ともすれば、極めてネガティブで悲観的にも聞こえるが、その芸術を自らが作り出すことで守り抜くという、後世に向けたアンダーソンなりの決意表明でもあるのだ。
会場となるロダン美術館の天井には、“藤の花棚”を彷彿とさせるようなシクラメンの生花でびっしりと覆い尽くされている。これは、数ヶ月前にアトリエを訪れたジョン・ガリアーノがジョナサンに手渡したシクラメンの花束に感銘を受けたことが本コレクションの起点となっている。2011年に思わぬ形でディオールを追われた憧れのガリアーノから託された詩的なバトンは、オートクチュールという古典芸術を守り抜くというアンダーソンの気持ちを後押ししたことは間違いないだろう。
ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲による、荘厳なストリングスが鳴り響くとショーはスタート。ファーストルックは砂時計型のドレスで、バイアスに配したプリーツが構造的なフォルムに優美な流れを強調する。「オドゥンド」と名付けられた同ピースは、ケニア出身の陶芸家マグダレン・オドゥンドの擬人化された作品にインスパイアされたもの。続いて、同様のフォルムのドレスが2体続くがヘムラインのリボンやドレープのつき方が若干異なるのが分かる。後日送られてきたプレスリリースによれば、この軽やかで構築的なシルエットはデザインの過程において、マケット(模型)、ミニチュア、プロトタイプを用いて試作を重ねることで実現したという。
デビューコレクション以降、ジョナサンのシグネチャーのひとつでもあるクラフト的なアプローチがやや控えめだったが、自身のアイデアとそれを具現化するアトリエチームの技術力がガッチリ噛み合い、さらに一段ギアが上がった印象だ。 構築的シルエットへの探求は本コレクションでも最後まで貫かれており、シアーなネットを被せたバルーン状のトップスやアットランダムなラッフルのあしらいが白蝶貝や珊瑚礁を想起させるワンピースなどが登場。多層的なレイヤーそれぞれにどんな視覚的/感覚的効果や機能があるのかを含めて、改めて衣服と身体性を問い直すような試みが見て取れる。
また、メゾンに通底する崇高なサヴォワールフェールも枚挙にいとまがない。ナスタリウム(金蓮花)モチーフのドレスやベルベット地のワンピースがその好例だ。前者はフリル全体に縁取りされたナスタリウムが盛り込まれたスペシャルなピースで、シフォンの軽やかなテクスチャーと僅かに寄せたギャザーが立体感を演出する。目を凝らしてようやく分かるクリスタルのベールで形作られた小さな花弁は、着る人の身体の動きに合わせてまるで蝶の羽のように揺らめくなど、細部にまで超絶技巧が宿る。後者は一見すると普通の黒いベルベット素材だが、実は白のベルベットを黒く染色したもの。腰元から足先にかけて美しいドレープが表出するのだが、芯地のホワイトがかすかに浮き出ており、ドラマティックな陰影を作り出している。
羽細工や花飾りを担当するアトリエチーム「メゾン ルマリエ」の卓越性を堪能できるのが、“シクラメン”という名のドレスだ。全面に隙間なく精緻なシクラメンが散りばめられており、「装飾」という範疇を優に超えて、花々が生命力を持ってドレスに擬態化したかのよう。奥行きのある立体的な表情は、スタンプ模様をベースにして11種類もの染料を使い分けたという。
自然と芸術の相互関係が主題であることは冒頭でも述べたが、フラワーモチーフはコレクションを通して手を替え品を替え採り入れられていた。なかでも豊富なバリエーションが揃った草花のヘッドピースと、“しだれ桜”を連想させるラベンダー色のウィッグは、テーマを視覚的に補強する意味でも強く印象に残った。また、手元や首元のアクセサリーには鉱物や隕石を使用。美しくも儚い花と雄大な時間の連なりが醸成を促す結晶のコントラストには、アンダーソンの自然への憧憬が現れている。
コレクションノートによると、アンダーソンはオートクチュールに関して「現在の考察と再構築を繰り返して、新たなクリエイションを思い描くための解釈的なレンズ」と捉えている。そのうえで、メゾンが培った高度な技術が単なる過去の遺物に収まるのではなく、生きた知識として活性化する必要があると訴える。こうしたアンダーソンの狙いや思索と実践の数々が、コレクションの多方に伺える。様々なバリエーションで披露されたワイヤー入りパニエのようなワンピースは、1949年春夏コレクションが初出の“ミスディオール”ドレスを現代的にトレースしており、つま先が上向きにせり上がったスクエアトゥのワンストラップパンプスやサンダルは、1953年から10年間、ディオールのシューズデザイナーとして活躍したロジェ・ヴィヴィエによるデザインをリファレンスしたものだ。

また、アンダーソンによって、これまでカーゴパンツやデニムに刷新された1948年春夏のドレス「カプリス」のシルエットは、今回もニットワンピースのフロントやツイードコートのバックスタイルに転用。「ドレスアップとカジュアルダウンという相反するものの駆け引き」は、アンダーソンの真骨頂であり、ネップのニュアンスや切りっぱなしの処理など、どこか粗野なムードを醸すコートに上質なエレガンスを付与していた。かたや、メゾンが誇るシグネチャーのひとつで、前任のマリア・グラツィア・キウリが好んで多用していたリボンやボウ(蝶々結び)のモチーフは、今回花を模したイヤーカフが目立った程度。ただ、裏を返せば潤沢なアーカイブも含めて、先人たちのレガシーが余りあることの証左とも言えるだろう。
メンズ、ウィメンズ双方でクリエイティブ ディレクターを務めるアンダーソンだが、膨大な仕事量に反して、その創造性はまるで尽きることがない。自身の黄金期を更新し続けるような圧巻の内容であると同時に、まだまだ底知れなさを感じさせる素晴らしいコレクションであった。
Dior
クリスチャン ディオール
TEL/0120-02-1947
URL/www.dior.com
Text: Tetsuya Sato














































