ディオール(Dior)は、現地時間の10月1日にパリ・チュイルリー庭園にて、2026年春夏プレタポルテコレクションを発表。ジョナサン・アンダーソンがアーティスティック・ディレクターに就任以降、初となるウィメンズコレクションには、グローバルアンバサダーを務めるジス(BLACKPINK)やBTSのジミン、ジェニファー・ローレンスらに加え、日本からは新木優子と中谷美紀がフロントロウを彩った。
ムッシュ ディオール以降ディオールにとって初めてとなるメンズ、ウィメンズ双方でクリエイティブ ディレクターの大役を担うジョナサン・アンダーソン。6月に発表されたメンズコレクションでは、メゾンに通底する歴史と伝統を鮮やかに再解釈した内容で、大きな評判を呼んだのも記憶に新しい。わずか2ヶ月で完成させたという本コレクションもまたメゾンの“言語”を解読しようとする試みの集積であり、それを独自に発展させる意思の表れとなった。
ランウェイショーの開始前、会場中央に設置された逆三角形のモニターに映し出されたのは、メゾンの歴史を培ったムッシュ ディオールを初め、ジョン・ガリアーノやラフ・シモンズといった先人たちの姿や往時のコレクション映像、さらにヒッチコック映画のシーンをカットバックした映像だ。イギリスのドキュメンタリー映画監督、アダム・カーティスがコレクション用に制作したもので、劇中の女性によるスクリームと矢継ぎ早に差し込まれるフッテージが会場内の緊張感を高める。
映像終了後に明転すると、ショーがスタート。ファーストルックはピュアホワイトのデイドレスで、身体のラインを横断するように2つのリボンが交わる。リボンやボウ(蝶々結び)のモチーフは、ムッシュ ディオールも愛した永遠のシンボルであり、前任者のマリア・グラツィア・キウリも多用していたモチーフのひとつ。本コレクションでもコットンドリルのミニスカートやレースのドレスのバックスタイルなど、ディテールの要所要所で散見された。また、序盤で登場したハットは、19世紀に航海士が被っていた帽子に倣ったもので、スティーブン・ジョーンズがデザインを手掛けた。かつて、キム・ジョーンズがディオール在籍時にも重用していたハットデザイナーの存在が、連綿と続くメゾンの歴史を感じさせる。このハットは、本コレクションを代表するキーピースのひとつとして、数多くのルックで採り入れられていた。
アンダーソンによるアーカイブのリファレンスを再解釈する試みは、多方に見て取れる。アイコニックな「バー」ジャケットは、シュリンク加工によってサイズダウンすることで、構築的なシルエットを強調。メンズコレクションと同様にアンダーソンの出身地であるアイルランドの伝統的なドネガルツイードを使い、ネップのようなゴールドのスパンコールと、サテンで切り替えたピークドラペルが粗野なテクスチャーに、洗練されたエレガンスを加味する。パネルを幾重にも重ねてボリュームを出した“デルフト”ドレスも、Pコートのヘムラインやモーニングコートのテール部分などに応用されていた。
1952年秋冬コレクションで発表された「シガール」ドレスや、1949年オートクチュールコレクションが初出となる「ジュノン」ドレスもモダナイズされている。前者は、鋭角的に張り出したフォルムを総レースのドレスなどに転用。サヴォワールフェールが息衝く精緻なレースと構築的なシルエットが意外なコントラストを生み出す。また、孔雀の羽を思わせるブルーグリーンの花びらを重ねた傑作「ジュノン」ドレスは、ミニ丈のスカートやトップスの首元を飾るあしらいとして使われている。花弁をマキシサイズに変えて「ニュージュノン」として再解釈したキウリに比べると、やや控えめなアレンジにも映るが、荘厳な雰囲気のオリジナルに対し、ヘルシーなミニ丈のドレスにすることでコンテンポラリーに昇華している。こうした時代の空気を的確に捉えたバランス感覚もまたアンダーソンの持ち味だろう。他にも、メンズコレクションで先駆けて発表された1948年春夏コレクションのドレス「カプリス」のシルエットを模したデニムパンツは、今回ウィメンズでも登場。先述した「バー」ジャケットを含めて、性差を問わない共通のデザインやディテールも本コレクションの特徴と言えよう。
伝統に終始しないアンダーソンらしい個性も目立った。異形なフォルムもそのひとつ。短冊状のファブリックを編み込んで成型したバルーンシルエットのドレスやウエストラインからこぶのように大きく張り出したドレスは、ファッション(衣服)と身体性について問い直すかのよう。なかでも細かいプリーツが帯のように形作られ、裾に向かって不規則なドレープを描くワイドパンツとボウタイ付きのホワイトシャツを合わせたルックは、飾らないヘアメイクとの相性の良さも含めて目を惹いた。
また、ポロシャツやデニムスカートといったカジュアルなアイテム群も、“変化”を印象付けるのには効果的であった。本コレクションを通じて「ドレスアップとカジュアルダウンという相反するものの駆け引き」を意識したとアンダーソン自身が語っていたように、裾が切りっぱなしになったデニムスカートには、端正なテーラードジャケットやリボンブラウスを合わせるなど、必ず品の良さを忍ばせている。色や編み柄など、バリエーションで魅せていたケープもノーブルなムード作りに一役買っており、フェード感の強いデニムスカートに合わせたロングケープは、籐の椅子から着想を得たディオールの代表的なパターン“カナージュ”を全面にあしらうなど、伝統的な意匠が品格を後押しするという点で奏功しているのは間違いない。

ショーのラストにアンダーソンが登場した際には、自然とスタンディングオベーションが起こるなど、初めてのウィメンズショーも大成功で幕を閉じた。挨拶がわりとなった本コレクションでは、アンダーソンの創造性に寄与するクラフト的なアプローチは鳴りを潜めており、まだまだ引き出しの多さには無限の可能性を感じさせる。冒頭のオープニング映像に話を戻せば、“Do you dare enter…the House of Dior?(ディオールというメゾンに、足を踏み入れる勇気はあるか?)”というメッセージが映し出された。これは、アンダーソンが自らに対して決意を問うものであり、同時に変化を受け入れる覚悟があるのかと観るものへと問いかけているようでもある。全権を託された稀代のデザイナーが今後どんなクリエイションを見せてくれるのか、いやが応でも期待は高まるばかりだ。
Dior
クリスチャン ディオール
TEL/0120-02-1947
URL/www.dior.com
Text: Tetsuya Sato








































