マリーナ・アブラモヴィッチ、ピーター・ドイグらが選出。第36回「高松宮殿下記念世界文化賞」受賞者が決定
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マリーナ・アブラモヴィッチ、ピーター・ドイグらが選出。第36回「高松宮殿下記念世界文化賞」受賞者が決定

マリーナ・アブラモヴィッチ 《アーティスト・イズ・プレゼント》 2010年 ニューヨーク近代美術館(MoMA) Marina Abramović, The Artist Is Present, 2010 Performance 3 months The Museum of Modern Art, New York, NY Photo: Marco Anelli Courtesy of the Marina Abramović Archives
マリーナ・アブラモヴィッチ 《アーティスト・イズ・プレゼント》 2010年 ニューヨーク近代美術館(MoMA) Marina Abramović, The Artist Is Present, 2010 Performance 3 months The Museum of Modern Art, New York, NY Photo: Marco Anelli Courtesy of the Marina Abramović Archives

世界の優れた芸術家を称える「高松宮殿下記念世界文化賞」の第36回受賞者が発表された。本年度は、絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の5部門において、国際的に活躍する5名が選ばれている。

今年の受賞者は、絵画部門にピーター・ドイグ(イギリス)、彫刻部門にマリーナ・アブラモヴィッチ(セルビア)、建築部門にエドゥアルド・ソウト・デ・モウラ(ポルトガル)、音楽部門にアンドラーシュ・シフ(イギリス)、演劇・映像部門にアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル(ベルギー)の5名。

また、将来を担う若手の支援を目的とした「若手芸術家奨励制度」の対象団体には、イギリスの劇団ナショナル・ユース・シアターが選出された。

授賞式は、10月22日(水)に東京・明治記念館にて開催予定。各受賞者には顕彰メダルと感謝状、賞金1,500万円が授与される。なお、若手芸術家奨励制度の授賞式は、7月15日(火)にロンドンで開催され、同団体に奨励金500万円が贈られる。

【絵画部門】ピーター・ドイグ
記憶や風景をもとに幻想的な世界を描き出す

ロンドンのアトリエにて 2025年4月
At his studio in London, April 2025 © The Japan Art Association / The Sankei Shimbun
ロンドンのアトリエにて 2025年4月 At his studio in London, April 2025 © The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

現代美術における絵画の潮流「新しい具象(ニュー・フィギュラティブ・ペインティング)」を代表する画家として知られている。スコットランドのエディンバラで1959年に生まれ、幼少期をカリブ海のトリニダード・トバゴ、少年期を北米カナダで過ごした経験が視覚的感性に大きな影響を及ぼした。その作品は写真や絵はがき、映画などをもとに過去の記憶を豊かな色彩と独特の筆致で表現し、神秘的かつ夢幻的な「魔術的現実主義」とも称されている。代表作には、ホラー映画から着想を得た《のまれる》(1990年)、小津安二郎監督の『東京物語』の影響を受けた《ラペイルーズの壁》(2004年)などがある。

ピーター・ドイグ 《のまれる》 1990年 Peter Doig, Swamped, 1990 Oil on canvas 197 x 241 cm © Peter Doig
ピーター・ドイグ 《のまれる》 1990年 Peter Doig, Swamped, 1990 Oil on canvas 197 x 241 cm © Peter Doig

制作はイメージを長期間ストックしておき、通常10年ほど寝かせた後に描く独特のスタイルを採用している。「私の絵は自分の人生と深く結びついていると感じる。旅のようなものだし、自分が生きて来た人生そのものだ」と語る。主な個展は、テート・ブリテン(2008年)、バイエラー財団美術館(2014–15年)、東京国立近代美術館(2020年)、ロンドンのコートールド・ギャラリー(2023年)などで開かれ、2023–24年にはパリのオルセー美術館で自身の作品と同館所蔵作品を対話させた展覧会をキュレーション(作品選択・構成)した。

【彫刻部門】マリーナ・アブラモヴィッチ
身体を通して芸術の極限を問い続けるパフォーマンス・アートの先駆者

マリーナ・アブラモヴィッチ
Marina Abramović © The Japan Art Association / The Sankei Shimbun
マリーナ・アブラモヴィッチ Marina Abramović © The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

共産主義体制下のユーゴスラビア(現セルビア)で育ち、パルチザンとしてナチス・ドイツに抵抗した「国民的英雄」の両親のもと、厳格なストイシズム(禁欲精神)を教え込まれた。実験対象として観客に自身の身体を委ねた《リズム0》(1974年)では、装填された銃を頭に突き付けられ、別のパフォーマンス作品《リズム5》(1974年)では、酸欠で意識不明になるなど何度も命を落としかけたが、身体と精神の限界に挑むような自己表現を続けてきた。

マリーナ・アブラモヴィッチ 《リズム5》 1974年 Marina Abramović, Rhythm 5, 1974 Performance 90 Minutes Student Cultural Center, Belgrade Photo: Nebojsa Cankovic
Courtesy of the Marina Abramović Archives
マリーナ・アブラモヴィッチ 《リズム5》 1974年 Marina Abramović, Rhythm 5, 1974 Performance 90 Minutes Student Cultural Center, Belgrade Photo: Nebojsa Cankovic Courtesy of the Marina Abramović Archives

2010年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)で約3カ月、合計700時間以上も椅子に座り続け、無言で観客と見つめ合うパフォーマンス《TheArtist Is Present》を実施。85万人を動員し、MoMAの観客動員記録を更新した。「創作は、私にとって生きることそのもの」と語る。近年は教育活動にも力を注ぎ、ヨーロッパやアメリカで教鞭を執る一方、2012年には長時間パフォーマンスに特化した研究機関「マリーナ・アブラモヴィッチ研究所(MAI)」を設立。1997年に第47回ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞を受賞、2008年にオーストリア科学芸術名誉勲章を授与された。2023年にはロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで大規模個展を開催し、ギャラリー全体を作品で占めた初の女性アーティストとなった。同展は2026年までヨーロッパの会場を巡回する。

【建築部門】エドゥアルド・ソウト・デ・モウラ
自然と歴史と共鳴する建築で、土地に根ざした空間を創出

ポルトガル・ポルトの事務所にて 2025年4月 At his office in Porto, Portugal, April 2025 Photo: Shun Kambe © The Japan Art Association
ポルトガル・ポルトの事務所にて 2025年4月 At his office in Porto, Portugal, April 2025 Photo: Shun Kambe © The Japan Art Association

モダン建築と自然を融合させた建築を次々と生み出し、世界的に高い評価を得てきたポルトガル建築界の第一人者。代表作には、二つの山のような赤レンガ色の“ピラミッド屋根”を持ち、周囲の緑と美しい対照をなす首都リスボン近郊の『ポーラ・レゴ美術館』(2009年)や、廃墟となっていたポルトガル北部の修道院を改修した国営ホテル『ポウザダ・モステイロ・デ・アマレス』(1997年)がある。2004年のサッカー欧州選手権開催に合わせて、北部ブラガの市営競技場『エスタディオ・ムニシパル・デ・ブラガ』(2003年)を設計した。

『ポウザダ・モステイロ・デ・アマレス』 1997年 Pousada Mosteiro de Amares, 1997 Photo: Shun Kambe © The Japan Art Association
『ポウザダ・モステイロ・デ・アマレス』 1997年 Pousada Mosteiro de Amares, 1997 Photo: Shun Kambe © The Japan Art Association

建築素材は、その場所や現地の文化事情を考慮に入れて決定するのが一貫したスタイル。「素材が色について多くのことを教えてくれる」と話し、色を選ぶことはしないという。2011年プリツカー賞を、2018年ヴェネツィア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞。2024年にはフランス文科省から芸術文化勲章を授与された。また、米ハーバード大学やスイス・チューリヒ工科大学など、世界各地の建築学校で教壇に立っている。いま建築に必要なものは「現在における問題の解決」と指摘し、エコロジーと自然災害への意識向上と、そのための知性と教養が重要だと説いている。

【音楽部門】アンドラーシュ・シフ
精神性と深い洞察に満ちた演奏で、楽曲の本質に迫る名ピアニスト

バレンボイム・サイード・アカデミー/モーツァルトホールにて(ベルリン)2025年4月 At the Mozart Auditorium of the Barenboim-Said Akademie in Berlin, April 2025
Photo: Pablo Castagnola © The Japan Art Association
バレンボイム・サイード・アカデミー/モーツァルトホールにて(ベルリン)2025年4月 At the Mozart Auditorium of the Barenboim-Said Akademie in Berlin, April 2025 Photo: Pablo Castagnola © The Japan Art Association

現代を代表するピアニストのひとりであり、室内オーケストラの設立や、ピアノ演奏と指揮を同時に行う「弾き振り」など、多彩な音楽活動で国際的な評価を受けている。バッハやモーツァルト、ベートーヴェンをはじめ、バルトークやヤナーチェクといった作曲家の作品にも深い理解を示し、幅広いレパートリーを誇る。なかでも2004年以降、世界各地で取り組んだベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲によるリサイタル・シリーズは、彼の音楽に対する哲学を体現した重要な企画となった。「演奏家は“再創造者”にすぎない」と語り、常に作曲家への真摯な姿勢を持ち続けている。

アンドラーシュ・シフ&カペラ・アンドレア・バルカのコンサート 2025年3月21日 ミューザ川崎シンフォニーホール Concert of András Schiff & Capella Andrea Barca, March 2025 MUZA Kawasaki Symphony Hall Photo: Taichi Nishimaki
アンドラーシュ・シフ&カペラ・アンドレア・バルカのコンサート 2025年3月21日 ミューザ川崎シンフォニーホール Concert of András Schiff & Capella Andrea Barca, March 2025 MUZA Kawasaki Symphony Hall Photo: Taichi Nishimaki

後進の育成にも熱心に取り組み、「音楽を愛する心と、作品や作曲家に対する敬意を次の世代に伝えたい」と願い、クロンベルク・アカデミーやバレンボイム・サイード・アカデミーでピアノと室内楽を教え、2014年には若手ピアニストの支援プログラム「ビルディング・ブリッジズ」を創設した。2006年にボンのベートーヴェン・ハウス名誉会員、2014年にはイギリスでナイトの称号を受けた。このほか、英国王立フィルハーモニー協会金賞、ドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字星章、オーストリア共和国科学芸術名誉十字勲章一等級を授与され、ライプツィヒ市のバッハ・メダルやプラハのアントニン・ドヴォルザーク賞など、多数の栄誉に輝く。グラミー賞には8回ノミネートされ、1989年にバッハ『イギリス組曲』で第32回グラミー賞を受賞した。

【演劇・映像部門】アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル
音楽と身体の関係性を可視化し続けるコンテンポラリー・ダンスの革新者

アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル Anne Teresa De Keersmaeker © Anne Van Aerschot Courtesy of Rosas
アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル Anne Teresa De Keersmaeker © Anne Van Aerschot Courtesy of Rosas

振付家・ダンサーとして、1980年代以降のコンテンポラリー・ダンスを牽引してきた存在。モーリス・ベジャール創設の舞台芸術学校「ムドラ」でバレエを学んだ後、ニューヨーク大学に留学。1983年に自身のカンパニー「ローザス」を設立し、以降、音楽と身体の関係性にフォーカスした革新的な作品を発表し続けている。

代表作『ファーズ』ではスティーヴ・ライヒのミニマル音楽に緻密に呼応した振付を展開し、『ローザス・ダンス・ローザス』では繰り返しと構成によって独自のスタイルを確立。歩行や回転など日常的な動作を抽象化することで、身体表現の本質に迫る。彼女にとって「ダンスとは動きの中で思考すること」であり、知性と感覚を往来する探究的な姿勢が評価されている。

『ワンス』 2002年 Once, 2002
© Herman Sorgeloos Courtesy of Rosas
『ワンス』 2002年 Once, 2002 © Herman Sorgeloos Courtesy of Rosas

バッハやベートーヴェン、ジョン・コルトレーン、インド古典音楽など幅広い音楽家と“対話”を重ね、音楽を背景ではなく構造の基盤として振付を構築。『ドラミング』『レイン』などの代表作に加え、音楽を排した『ザ・ソング』では、照明や空間といった他要素のみでリズムを創出する挑戦も行った。

教育活動にも熱心に取り組み、1995年にブリュッセルに舞台芸術学校「P.A.R.T.S.」を設立。身体を使った表現力だけでなく、考える力やアイデアを持った次の世代のアーティストを育てている。フランス芸術文化勲章コマンドゥール(2008年)、ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞(2015年)、オーストリア科学芸術名誉勲章(2016年)など受章(賞)歴も多数。ダンスを通じて新たな表現の可能性を切り拓いている。

【第28回 若手芸術家奨励制度】
ナショナル・ユース・シアター
多様な若者たちが演劇を通して可能性を広げる、英国最古の若手劇団

『マクベス』 ロンドン・ギャリック劇場 2018年 Macbeth, Garrick Theatre, London NYT REP Production, 2018 Photo: Rich Lakos Courtesy of National Youth Theatre
『マクベス』 ロンドン・ギャリック劇場 2018年 Macbeth, Garrick Theatre, London NYT REP Production, 2018 Photo: Rich Lakos Courtesy of National Youth Theatre

1956年にロンドンで設立された、英国で最も歴史ある若手俳優のための劇団。ダニエル・クレイグやヘレン・ミレンなど著名俳優を多数輩出している。現在は芸術監督ポール・ローズビーのもと、多様な背景を持つ若者たちが集い、演劇を通して社会に働きかける活動を展開。全国規模のオーディションや無料の集中プログラムを通じて、11〜30歳まで幅広い年齢層の育成を行う。ロンドン五輪など国際舞台でも活躍し、次世代の創造力を支え続けている。

 

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