ナタリー・ポートマン、ハン・ソヒらが来場。キウリが有終の美を飾った「ディオール」2026年クルーズコレクション
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ナタリー・ポートマン、ハン・ソヒらが来場。キウリが有終の美を飾った「ディオール」2026年クルーズコレクション

© LAURA SCIACOVELLI © FONDAZIONE TORLONIA
© LAURA SCIACOVELLI © FONDAZIONE TORLONIA

ディオール(Dior)は現地時間の2025年5月27日、ローマにあるヴィラ アルバーニ トルロニアにて2026年クルーズコレクションを発表。アーティスティック・ディレクターを務めるマリア・グラツィア・キウリが有終の美を飾ることとなったラストコレクションには、ナタリー・ポートマン、ハン・ソヒ、アシュリー・パーク、ロザムンド・パイクなどのセレブリティが来場し、フロントロウを彩った。

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キウリの生まれ故郷であるローマを舞台に行われたショーは、映画、演劇、ファッション、芸術の都として知られるかの地を讃えるものであり、ある一人の女性との出会いが創作における始点となっている。彼女の名前はミミ・ペッチ=ブラント。ローマやニューヨークでギャラリーを運営し、サルバドール・ダリやフランスの作曲家、アンリ・ソゲらの才能を見出し、パトロンとしても支援したカリスマ性溢れる人物である。キウリはペッチ=ブラントが設立した劇場の修復プロジェクトの陣頭指揮を執るなど所縁も深く、本コレクションもペッチ=ブラントが1930年にパリで開催した舞踏会「Le Bal Blanc(白い舞踏会)」が下敷きとなっている。女性ゲストに求めた「白」のドレスコード(男性は黒)や、ショーの冒頭で披露された無声劇も壮大なコンセプトを補強していた。

© ADRIEN DIRAND © FONDAZIONE TORLONIA
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また、およそ100年前の舞踏会をトレースするうえでキーワードになったのが、“Bella Confusione(美しき混乱)”だ。これは、イタリアの名匠フェリーニの映画『8 1/2』(1963年)のために、脚本家のエンニオ・フライアーノが提案したタイトルであり、キウリ自身もショーの演出において“美しき混乱”を意図したことを後述している。その一例を挙げれば、比喩的な意味を含めて、「生きている人物と幽霊との間の曖昧な境界線を越えること」であり、無声劇に登場したキャストは、ショーの最中もランウェイ脇で役の姿のまま見守っており、まるで亡霊がタムリープしたかのような不思議な光景は、幽玄な世界観の構築にユーモアを添えて後押ししていた。(ちなみに、長尺のコレクション動画には幽霊が蘇るシーンも描かれている)

ファーストルックは、メンズのワードローブから取り入れたベストをテールコートと組み合わせ、同色のロングスカートを合わせたもの。贅沢にダブルフェイスカシミアで仕立てたアンサンブルはオートクチュールで、シンプルな装いに卓越したサヴォアフェールが息衝く。その後、ショールカラーのようなラペル付きのノースリーブドレスやナポレオンジャケットを思わせるロングジャケットなどが続く。舞踏会を模した演出に倣った男装的なルックは、女性性/男性性からの逸脱や、自分自身を解放するための変装を想起させるもの。また、オールホワイトでまとめた一連のルック群に、フェティッシュなアクセントを効かせた黒いレースのアイマスクも「Le Bal Blanc」のドレスコードのオマージュだという。

また、序盤に登場したPコートのバリエーションは、ファッションとユニフォーム/コスチュームの歴史から引用した要素と、コンテンポラリーな表現方法を融合させたもの。前見頃はショート丈で、背面が燕尾服風になっていたり、インナーにシアーなロングドレスを合わせたりと、いくつかのバリエーションで魅せていた。コートの上からボディバッグのストラップをギュンギュンに閉めて斜め掛けし、ラペルをあえてアシンメトリーに見せた着こなしはかなり新鮮で、実際に取り入れてみたくなる。

他にも、メンズのコンケープドショルダーをデフォルメしたようなトレンチコートや肩口から足元までラメ入りのフリンジが揺らめくゴールドのロングドレス、ローマ・カトリック協会の聖職者・枢機卿(すうききょう)の祭服に着想を得たミニドレスなども目を惹く。終盤に登場した身体のラインを拾うブラックとレッドのベルベット地のドレスは、フェリーニの映画『甘い生活』(1960年)のヒロイン、アニタ・エクバーグの衣装を担当したフォンタナ姉妹にオマージュを捧げるなど、ルックそのものやディテールの端々に、ローマの文化や歴史への敬意が見て取れる。

序盤のオールホワイトに象徴されるように、カラーパレットは白、黒、ベージュ、淡いヌーディカラーが中心。とくに出色だったのは、ショーを通じて様々なバリエーションが披露された透け感のあるロマンティックなロングドレスだ。目を凝らさないとモチーフが分からないほど精緻な刺繍や重層的な表情のラッフル、交互にバイアスで敷き詰めた鳥の羽のようなあしらい、重ねたリーフから覗くカットアウトなど、技巧を凝らした意匠とそこに宿る崇高な手仕事は、キウリの集大成でもあると同時にアトリエを支える職人たちへの信頼が伺える。美しいコレクションピースを照らす月夜を思わせるライティングや、偶発的ではあるにせよ、ぼんやりと灯りに浮かび上がる濃霧とモデルの手足を濡らす雨露が、抒情的なムードを増幅させていたのも印象的だった。ショーのフィナーレを飾るラストルックは、まるでローマのコロッセオで戦う剣闘士を彷彿させるドレスであり、まだまだストラグルすることを諦めないキウリの気持ちを考えるとぐっと胸に迫るものがあった。

© ADRIEN DIRAND © FONDAZIONE TORLONIA
© ADRIEN DIRAND © FONDAZIONE TORLONIA

キウリの退任が正式に発表されたのは、ショーの2日後。ディオール初の女性アーティスティック・ディレクターとして、日本でも爆発的な人気を博した「ブックトート」やキトゥンヒール「ジャディオール」のヒットに加え、シグネチャーである「バー」ジャケットの継続的な展開や「サドル」の復活など、メゾンが培った歴史と伝統を鮮やかに更新することで、売り上げを飛躍的に伸ばすなどビジネス的にも大きく貢献した。

一方、デビューコレクションとなった2017年春夏コレクションでは、ナイジェリア出身の作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの著作タイトル『WE SHOULD ALL BE FEMINISTS(男も女もみんなフェミニストでなきゃ)』を引用したメッセージTをランウェイで披露。その後も、ショーの舞台演出やセットデザインには必ず女性アーティストを起用し、シャンソンシンガーのエディット・ピアフや画家のフリーダ・カーロ、元スコットランド女王メアリー・スチュアートをアイコニックな女性像として捉えたコレクションを発表するなど、女性たちのエンパワーメントを推し進め、モードの世界を内側から変えようと戦ってきたことは特筆すべきことであり、その勇敢さに、性差を問わず力をもらった人も多いに違いない。現時点で正式発表はないが、新天地としていくつかブランドの名前も上がっており、まだまだその活躍を見ることができそうだ。

Dior
クリスチャン ディオール
TEL/0120-02-1947
URL/www.dior.com

Text: Tetsuya Sato

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JULY & AUGUST 2025 N°188

2025.5.28 発売

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