まさに未来! “サイボーグ・アーティスト”ニール・ハービソン来日レポート | Numero TOKYO
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まさに未来! “サイボーグ・アーティスト”ニール・ハービソン来日レポート

生身の体と機械が融合した “サイボーグ・アーティスト”、ニール・ハービソン(Neil Harbisson)が来日。東京・青山の「INTERSECT BY LEXUS - Tokyo」にて、日本で初めてとなるパフォーマンスが行われた。そこで繰り広げられた光景とは…?

イギリス政府公認のサイボーグ・アーティスト、ニール・ハービソン (©HEAPS Co., Ltd Photo: Toshinori Suzuki) ニール・ハービソン。頭蓋骨に埋め込んだアンテナによって“色を音として感じる”機能を獲得した、イギリス政府公認のサイボーグ。その彼が、さる12月中旬に行われた「CREATORS EXPERIENCE - INTERSECT BY LEXUS & MEET HEAPS」に登場。本イベントは「人と社会の未来をイノベーティブにデザインする」をテーマに掲げ、レクサスとデジタルマガジン「HEAPS」のコラボレーションのもと、2日間にわたって開催された。 第1夜。会場に現れたニールの頭には、チョウチンアンコウのようなアンテナが生えていた…! その役割は、色盲である彼に色を音として伝えること。装置は埋め込み手術によって取り付けられ、頭蓋骨に固く挟み込まれて取り外せない。パスポートの写真もアンテナ付きのまま。世界で初めての “政府公認サイボーグ” と言われるゆえんだ。


会場にて、サイボーグになったいきさつを説明するニール (©HEAPS Co., Ltd Photo: Toshinori Suzuki)

生まれつき色を識別することができず、モノクロの世界で生まれ育ったニールが、サイボーグになることを決意したのは大学生の頃。人間が色を感じるのは、光の波長を色覚によってとらえているから。だとしたら、光の周波数をセンサーによって感知することで、“色を聞いて感じる”こともできるはず…! その熱意で技術者や医師など専門家たちを巻き込みながら、専用の装置「eyeborg(アイボーグ)」を開発。2003年の埋め込み手術以来、センサー部分を改良しながら現在に至る。

「Apple WatchやGoogle Glassのように、“テクノロジーを装着する” のはいまや当たり前だけど、僕の場合はそうではない。いわば “テクノロジーと融合” することで、僕自身がテクノロジーになったんです」


色相環で表されるすべての色だけでなく、健常者の聴覚を超えた赤外線や紫外線の領域まで感じ取ることができるという (©HEAPS Co., Ltd Photo: Toshinori Suzuki)

さらに彼がユニークなのは、テクノロジーとの融合によって知覚、すなわちインプットを拡張するだけでなく、それをアートとして合うアウトプットする活動に取り組んでいること。色を音に変換して感じるだけでなく、自分が感じた音を逆に色として表すことで、まったく新しい表現の地平が開けるはず──。今回は、LEXUSのクルマを使ったこんな実験を試みたという。

「一般的なクルマと、LEXUSのフラッグシップクーペLC500のエンジン音とを色で比較すると、一般的なクルマのエンジン音は断片的で単調な色模様になるけれど、LEXUSのエンジン音は複数のレイヤーが折り重なって、まるで虹のように感じられました」


センサー部分にカラーシートを当て、色の波長を読み取る (©HEAPS Co., Ltd Photo: Toshinori Suzuki)

プレゼンテーションに続いては、音楽分野の表現者たちとの共創というかたちで、日本で初めてとなる彼のパフォーマンスが実現。登場したのは、クルマのエンジン音から重低音の振動までをマイクひとつで自在に表現するヒューマンビートボクサーのKAIRIと、4つ打ちビートを主軸に多彩な音世界を作り出すDJクルー、CLAT。

ニールがアンテナの先端に赤、青、黄色のシートをかざすと、それぞれの色の波長が音へと変換される。そこにKAIRIのボイスパーカッションや、LEXUS LC500からサンプリングされた音などが複雑に重ねられ、スリリングな協和音を奏でていく。生身の身体とさまざまなデバイス、生の音効果とクラブカルチャー的表現が融合した、前代未聞のインプロヴィゼーションが繰り広げられた。


ヒューマンビートボクサーKAIRIとのコラボレーションの一コマ (©HEAPS Co., Ltd Photo: Toshinori Suzuki)

パフォーマンス後は2階ラウンジにて、ニールを囲んでの歓迎パーティへ。かつてのモノクロ一辺倒のスタイルから、音から感じるインスピレーションによってその日の洋服を選ぶようになったというニールに、ファッション的な観点から、気になることをいくつか聞いてみた。

──ファッションや人となりなど、音や色に男女差はありますか?

「見た目の男女差だけではなくて、音にも女性らしさや男性らしさがあるんだ。女性はメイクアップしていたり、男性より色を身につけることが多いから、よりにぎやかな音として聴こえるよ」

──その印象は、季節によっても変わりますか?

「もちろん季節の違いも感じるよ。夏はにぎやか、冬は落ち着いている感じだね」

──最後に、日本の印象を色で表現すると?

「それが、他の国とはぜんぜん違ったんだ。少しシャドーがかかったピンクやグリーンのイメージだね」


パーティにて、来場者の人となりを音で感じるの図。色だけでなく、顔やファッションによっても感覚は変わるという (©HEAPS Co., Ltd Photo: Toshinori Suzuki)

こうして第1夜のパフォーマンスイベントは終了。翌日の第2夜には、人工生命研究で知られる東京大学大学院情報学環教授の池上高志と、オープンリールアンサンブルなどの活動で注目を集めるアーティスト/ミュージシャンの和田永を迎え、機械と人間の関係、ひいては人間とは何かという問題提起にもつながるトークイベントが開催された。


ニールとパートナーのムーン・リーバス(Moon Ribas)。彼女もまた、左腕に地球上の地震に合わせて振動するチップが埋め込まれたサイボーグだ

世界で唯一の感覚を身に付けたサイボーグ・アーティストを迎え、その思想や感覚世界を体感する、2日限りのスペシャルイベント。その余韻に浸るうちに浮かび上がってきたのは、これから訪れる “人間×テクノロジー” のまったく新しいあり方だった。

キーワードは “人間拡張”。変化はもう、始まっている。2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックでは、義足の陸上競技選手が健常者を超える世界記録を叩き出し、同年秋にはスイスで最先端デバイスを身に着けたサイボーグの競技大会「サイバスロン」が初開催された。ここ日本でも、“現代の魔法使い”ことメディアアーティストの落合陽一が、人間と自然、デジタル環境が一体となった世界観「デジタルネイチャー」を提唱し、注目を集めるなど、テクノロジーによって人間の能力を拡張する試みは、巨大なムーブメントになりつつある。

でもそれは、何も特別なことではない。メガネやコンタクトで視力を拡張し、自転車やクルマで移動能力を拡張し、ファッションで自らの身体的特徴を拡張する。そう考えれば、LEXUSが新進気鋭のメディアと手を組み、この驚くべきイベントを開催したことにも合点がいく。その先にあるのは、クルマがAIによってあらゆる情報とつながり、運転の自動化とともにより人間の意志に直結した存在になる未来。
人間はやがて、テクノロジーと一体化していく──。ニール・ハービソンが届けてくれた “一歩先の未来” の予感。その行方に、引き続き注目していきたい。

INTERSECT BY LEXUS – Tokyo
lexus.jp/brand/intersect/tokyo/

HEAPS Magazine
heapsmag.com/

Text:Keita Fukasawa, Kefa Cheong

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