パリは終わってしまったのか?[前編]/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.1
K「まあ、お決まりのことを言いますが、インターネットによって都市のアウラが消えてきている中で、僕がむしろ際立たせたいのは、「パリがアイコンとして力があったのが、なくなった」ということではなくて、「まだあるんだ」という方向で。もう相当なくなってはいるけれど、伝家の宝刀じゃないけど、いざとなったら抜くっていうパリのぬぐい去れない強さというか」 I「たぶんパリって、世界中のどの都市よりも日本で消費され尽くした街だと思うんですよね。でもやっぱり潜在力はあるから、東京の場合、10年とか20年で建物が塗り替えられて、文化も一掃されるんだけど、パリには何百年も前の石造りの建造物が残っていて、多重層な芸術文化の根が深く張りめぐらされている。その潜在的な力は、まだ消費し尽くせない部分がある。東京という都市の場合は、あっという間にそのオタク的なイメージを消費され尽くしてる部分ってあるんでしょうね」 K「そうですね。東京に今ほど世界中の人が来てるっていう状況も、まぁ80年代に一時あったのかもしれないですけど、原宿やマルキュー(109)に、オーストラリアとかヨーロッパ大陸、アメリカ、アジアからもやって来て、あまつさえアフリカからも来るっていう状況は今までなかった」 I「パリのアート状況で言えば、ボザールという一番有名な美術大学があるんですけど、そこはもうフランス人はほとんどいないんですよね。アフリカや旧フランス植民地の人たちがメインで、残りはアジア系で構成してるという現状ですね。ここ10~15年ぐらいの間に様変わりしてしまいましたから。ただ昨秋、レヴィ・ストロースが亡くなりましたけど、そういう意味でフランスの最良の知性、エスプリというか、そういう漉されて結晶化したものがまだ日本に強い影響を与える回路というのが、幻想だとしてもまだ残っている。日本の知識人や文化層に深くフランスの知が入り込んでるっていうのは言えると思うんですよね」 K「そうした一方で、ソーカル事件とかあるじゃないですか。あれをフランスがどういうふうに受け止めてるのかっていうのは僕なんかにはわかりませんが、日本だと若くて「ニューアカ」が嫌いな世代が、バッサリ一刀両断で、フランスの20世紀の知、それを土台にしてきた知識人はもう全員駄目っていう。バカの不良みたいな、実に気持ちのよい態度で切り捨てやすくなった(笑)。あの事件自体も、ちゃんと受けとめられてはいないような印象。要するに、パリの危機みたいなイメージが、そういう方向からも来ているし、最近だとミシュランが東京に対して自国より多く星をばらまいたっていうのもあげられるんじゃないでしょうか。ベルリン版を出したときには星をまったく与えず、ゲルマン食がまずいんだっていうネガティブキャンペーンのような意地悪なやり方を世界進出の形でやりましたけど。ローマにも非常に辛かったけれど、東京には一番星をあげていて、あまつさえ京都に対しても半ば冷静さを欠いているようなばらまき方をしていた。ビストロなんかも、よく言われることですけどパリに一週間いると、東京のビストロが恋しくなるっていう。東京のほうがうまいじゃん、っていうことが成り立ってしまっていて」 I「まぁ、なんか…東京、京都のほうがおいしいんじゃないんですか? 博多のほうがもっといいけど」 K「ミシュランは、京都でずっとフランス料理をやってきた人には星を一つもあげなかっ たんですよね。それはフランスなりの意地の悪さというよりもむしろ、和食にばらまくので手いっぱいで一冊になっちゃったんで、そこまで手がまわらなかったっていうイメージですね。ミシュラン京都で取り上げられた店の99%が和食で、フレンチは一軒だけですから」 ▶続きを読む/ハイブリッド化するパリカルチャー