サウス・ロンドン出身のラッパー、ロイル・カーナーが自身のダークサイドに踏み込んだ新アルバム | Numero TOKYO
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サウス・ロンドン出身のラッパー、ロイル・カーナーが自身のダークサイドに踏み込んだ新アルバム

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Loyle Carner(ロイル・カーナー)のアルバム『hugo』をレビュー。

父への怒り、そして許し。ミックスのラッパーが踏み込んだ自身のダークサイドと“黒人性”

リトル・シムズを引き合いに出されることも多い、サウス・ロンドン出身のラッパー、ロイル・カーナー。クラシカルかつスムースなコードワークや、90年代のブーン・バップを思わせる生っぽくファットな音作り、温和なラップスタイル、またヒップホップやUKグライムが持つ(もちろんそれが全てではないにせよ)マッチョイズムや“ワル”なパブリック・イメージとは異なる素朴な好青年然とした佇まいなどから、とりわけラップ・ミュージックに距離感を抱いているリスナーからも支持を得ているUKのラッパーの一人だ。だが、この約3年ぶりのサード・アルバム『hugo』で彼が挑んでいるのは、そんな自分のイメージを覆すこと。自分自身の深部、つまり、これまであえて避けてきたという彼の黒人としてのルーツについて、直接的に、そしてラディカルに、対峙するに至っているのである。

これまでの作品においても、同世代の若き父親達を称賛する代表曲「The Isle Of Arran」など、シリアスな視点を伴った楽曲はある。とはいえ、直接的に負の感情を露わにすることは少なかったのがロイル・カーナーという人の音楽であり、その人となりこそがファンを惹きつけていた理由の一つだったとも言える。だが、今作が1曲目から突きつけるのは「Hate」という直接的な言葉だ。このナンバーが告白するのは、彼が直接対峙できずにいた“黒人”としての自分への気づきと恐れ。不安定に浮遊しリフレインするピアノのコードとともに、焦燥感を滲ませるようにスピットされる<I fear the coulor of skin>というリリックには、これまでになく彼のダークな内面が感じ取れ、胸が詰まるような想いがする。そもそも、彼は白人の母親と黒人の父親を持つミックスで、実の父親とはずっと疎遠になっていたという。だが一方で彼自身は、その「白でも黒でもない」自分自身が何者かわからなくなっていたのだろう。白人には有色人種として扱われ、黒人には仲間と認めてもらえない苦しみは、2曲目の「Nobody knows(Ladas Road)」でも、ソウルフルなゴスペルのサンプリングとともに、熱く切実さを増していくラップによって吐露されている。

彼にとって、黒人としての唯一の身近なロールモデルである実の父が、彼に黒人の歴史や遺産を伝えてこなかったこと、その父親の不在に対して怒りを覚えていたことが今作の制作の発端となり、これらアルバム序盤の楽曲が生まれたそうなのだが、最後の「HGU」では<I forgive you>と許しを与えているのが印象的だ。きっかけは、彼自身が父親になったこと。彼もまた父親として欠点があり失敗もすることに気づき、自らの父親のことも許せるようになったのだという。民俗的な響きが新境地な「Georgetown」という曲は、父親のルーツであるガイアナの首都を指しており、詩人・John Agardの「Half-Caste」というミックス・レイスへの差別を批判したポエトリーもサンプリング。父親との関係を、息子の誕生を機に修復することで、彼は彼自身の中の黒人性と、ミックスとしてのアイデンティティと対峙することができるようになったのだ。ちなみに、タイトルの『hugo』とは父親の車で、ジャケットの写真もその車だというエピソードも、なんとも感慨深い。今作は、親子3代の継承の軌跡なのである。

アルファ・ミスト、ジョーダン・ラカイとコラボレートした「Blood On My Nikes」は後半のハイライトだ。どこか物憂げに鳴る乾いたスネアと鐘のようなシンバル、リフレインする曇ったシンセのラインとピアノに加えて、青年議会議員のスピーチをラストに引用、ナイフ犯罪の多発するイギリスを憂い、息子の将来も案じている。今作のロイル・カーナーは、ただ耳触りの良いことだけを言ってくれる好青年では、もうない。祖先の遺産と未来を守るためならば、ラディカルな表現にも臆することのない、勇敢な父親となったのである。

Loyle Carner 『Hugo』

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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