母なる大地とルーツにリスペクトを捧げたビョークの最新アルバム『フォソーラ』 | Numero TOKYO
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母なる大地とルーツにリスペクトを捧げたビョークの最新アルバム『フォソーラ』

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、ビョーク(björk)のアルバム『フォソーラ(fossora)』をレビュー。

母なる大地とルーツにリスペクトを捧げた、新しくも“土っぽい”ビョーク

Photo:Vidar Logi
Photo:Vidar Logi

正直なことを言うと、筆者は熱心なビョークのファンではない。むしろどこか苦手意識を抱いてきた方だと思う。作品を重ねるごとに奇妙に変貌していくビジュアル、ストイックなビート、前衛的なサウンド・メイク、押韻や拍の枠に収まらない独特なリリックや歌唱には圧倒されこそすれ、理解とはほど遠い……そんなふうに感じていた。いや、そうではない。筆者がビョークを遠ざけていたのは、これまでの彼女の作品の多くに(それがたとえどのようなアウトプットであれ)彼女の個人的な心の傷や怒り・悲しみからくる強烈な感情をその根源に感じ取ってしまうからに他ならなかった。けれど、ニューアルバム『fossola』からは、これまでになく親しみや包容力を感じたことに驚いた。

前作『Utopia』から約5年ぶりとなる今作は、コロナ禍によりツアーが中断したこともあって、2019年末から2021年末にかけて留まることとなった故郷・レイキャビクで制作を進めたものだという。奇遇なことに、2020年の初頭、パンデミックの寸前に筆者もレイキャビクに滞在したのだが、ロックダウン下でなくとも国の首都とは思えないほど落ち着いた街であるから、彼女が故郷に腰を据えていた2年間はさぞ静かな環境だったのだろうと想像がつく。実際彼女自身も「パンデミック中の生活は最高だった。毎朝自分のベッドで目を覚まして、いつも驚きに満ちていて、安定感があって、かつ穏やかで」と語っていたそうで、今作のとっつきやすさは常にトップアーティストとして自らを駆動させ続けなくてはならないフラストレーションから彼女がいっとき解放されたが故なのかもしれない。

Photo:Vidar Logi
Photo:Vidar Logi

今作のサウンドの要は、木管楽器。それも前作でフィーチャーされたフルートではなく、オーボエやクラリネットといった、さらに音域の低い木管楽器だ。タイトルにもある“Fossola”というのは「土を掘る人」という言葉の女性形となる造語だそうで、ここに今作のテーマが「土」であることが示唆されている。オーガニックであたたかなアコースティック・サウンドを主幹に、弦楽もふんだんに盛り込んだアレンジを施し、中低音の木管楽器を印象的に配置したサウンド・メイク。加えて、冒頭の「atopos」で聴けるような、まるで土を掘り下げるドリルを思わせるウーファーの効いた低音のビートも相まって、重心の低い、地に根を張るようなイメージが今作からは思い浮かぶ。それは前述の通り、彼女がそのキャリアの中でも特に長く故郷に留まったことはもちろん、2018年末に自身の母を見送ったことも大きいのだろう。象徴的なのは、「ancestress」というナンバー。直接的にも母への想いを込めた曲であるが、同時に「女系の祖先」という意味も含むこのナンバーでは、普段は世界中を飛び回るビョーク自身がアイスランドという土地とルーツにあらためて純粋なリスペクトを向けていることが伝わってくる。

その表れとも言えるのが、今作に関わるアーティストの顔ぶれだ。ロサリアとの仕事でも知られるプロデューサーのエル・グインチョやアメリカのスピリチュアルR&Bシンガーのserpentwithfeet、バリ島出身のユニット、ガバ・モーダス・オペランダイといったグローバルな人脈の力も借りつつ、今作のキーとなる弦楽器や木管楽器を奏でるメンバーの多くはアイスランド人で構成されている。清らかなコーラスを聴かせるのはビョーク自身も所属していたという現地の合唱団だ。極め付けは、彼女の息子であるシンドリが前出の「ancestress」で、また娘のイサドラが「Her Mother’s House」でビョークの声に歌声を重ねていること。余談だが、筆者が現地で聞いたところによるとアイスランドには女性を火山に喩えるような表現もあるようで、世界で初めての女性大統領が誕生したのもこの国。「アイスランド人であり、この国の女性である」というアイデンティティに彼女自身もあらためてエンパワメントされ、安定した穏やかな心を取り戻したという側面も今作にはあるのかもしれない。

Photo:Vidar Logi
Photo:Vidar Logi

なお今作のビジュアルは「キノコ」をモチーフにしているそうで、タイトル曲の「Fossola」では自らをキノコに喩えている。<私たちは地に足を降ろし胞子を排出しながら / 新たに生まれた苗や芽を / 地中へと埋め込む>というその「Fossola」の歌詞には、母なる大地=彼女のルーツとつながり、世界中へその生命力を撒き散らし続けるビョークの生き様そのものにも通じるものをも感じることができる。「ovule」、「fungal city」といった楽曲では、彼女がこれまでも表現してきた性的官能と思しき歌詞も見られるが、それらも今作においては過去の生々しい傷や痛みとしてではなく、生と死が循環していくことへの気づきと肯定へと昇華されているように感じられる。この『Fossola』は、おそらくビョーク史上の中でも特に包容力に溢れ、穏やかさをもたらしてくれる作品となることだろう。筆者のように、彼女の作品に苦手意識のあった人にこそ、聴いてほしいアルバムだ。

björk 『fossora』

CD ¥2,970

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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