今こそ私たちを惹きつける、ビーチ・ハウスの集大成『Once Twice Melody』 | Numero TOKYO
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今こそ私たちを惹きつける、ビーチ・ハウスの集大成『Once Twice Melody』

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Beach House(ビーチ・ハウス)のアルバム『Once Twice Melody』をレビュー。

進化ではなく、深化。ビーチ・ハウスが、今こそ私たちを惹きつける理由とは

アメリカ・ボルチモア出身のデュオ、ビーチ・ハウスが4年ぶり、8枚目のアルバム『Once Twice Melody』をリリースした。彼らを一躍ブレイクへと押し上げ、今や2010年代のドリーム・ポップの金字塔とも呼べる『Teen Dream』(2010年)や『Bloom』(2012年)での透明感あふれる音色のきらめきや、その後の『Depression Cherry』(2015年)で傾倒したシューゲイズ・サウンド、前作『7』(2018年)での生命力に満ちたバンドの力強さ……といったこれまでの作品ごとの色を思うと、今作は一聴した限りではいささか特色に欠けるアルバムに思えるかもしれない。いや、むしろそう思えてしまうのは、今ここに挙げたような「ビーチ・ハウス・サウンド」のすべてが、今作にギュッと詰まっているからだとも言える。そして、このセルフ・プロデュース作にして彼らのキャリアの集大成でもある今作は、3月5日週のビルボード(アメリカ)のトップ・アルバム・セールス・チャートにおいて、ついにバンド初の1位を獲得。根強い人気を保ってきたとはいえ、これまでの彼らのキャリアのピークが10年近く前であったことを考えるとやはり驚くべき現象だ。かくいう私も、長らく彼らの音楽に魅了されてきた一人ではあるが、彼らのサウンドの何がいったい、今のリスナーをこれほど惹きつけるのだろう?

今作は、4章構成のダブル・アルバムで、全18曲の大作だ。冒頭こそ前作の作風を引き継ぐ生ドラムを大々的に導入した力強いバンド・サウンドで始まっていくものの、アルバムが進むにつれ、徐々にそのサウンドが変化していく。瞬く星を思わせるシンセのコズミックなサウンドに、オルガンの演出するゴシックなサイケデリア、ファズを深くかけた甘美なシューゲイズ・サウンド、さらには、野心的なテクノ・ビート、温もりのあるアコースティック・ギター、優雅で壮大なストリングスも交えたその音色の数々は、これまで彼らがキャリアを通じて一作ごとに血肉にしてきたもの。そして、そのすべてがハスキーで神秘的なヴィクトリア・ルグランのヴォーカルと、これまで以上にミニマルに抑えられたメロディに溶けていくことでまどろむような一定のトーンを保ちながら、アルバムが終わる頃には気づけば初めとは全く違う風景の場所に立っているような感覚を味わわされるのだ。

アルバムを通じて起こる、その微かな音色の変化の様子には、つぼみが数日かけてゆっくりと花開いていく様子のような、あるいは星空が一晩かけて天空を西から東へ傾いていくような、雄大な自然現象のようなイメージさえ思い浮かぶ。それゆえ、今作は「聴く」という言葉よりは、むしろ「味わう」「浸る」という言葉がふさわしいかもしれない。

今作の作風それ自体は初期の頃のものとも、似てはいる。けれども、聴き比べてみると使われている音色はグッときめ細やかで高精細なものになっていることに気付かされる。初期の作品を今作を聴いた後の耳で聴いてみると、あんなに美しく思えた作品が、大味で手作り感のある音にさえ感じるくらいだ。キャリアを通じて、彼らは自分たちの創り上げてきた世界観を、確実に研ぎ澄ませてきたのだろう。彼らが変えたのは、その姿ではなく、質。今作で彼らが成し遂げたのは、進化ではなく、深化だ。流行り廃りに流されず、キャリアを通じて自分たちの世界観をただ磨き続けてきた、その神秘性と職人気質という一見相反するような特性こそ、私たちが彼らに惹きつけられる所以なのかもしれない。

我々人類がどうあろうと、過酷な世界がこの足元に広がっていようとも、頭上の星々はただ変わらず美しい──彼らの音楽に触れるといつだってそんなイメージを思い浮かべる。ビーチ・ハウスは、どんな時代も変わらず、私たちのいっときの極上のエスケープのための場所であり続けている。そして、この不安な時代においてこそ、人々はそうした音楽の中で、自然と心を休めたくなるのかもしれない。

Beach House 『Once Twice Melody』

2022年2月18日 世界同時発売、解説/歌詞/対訳付
2CD ¥2,970(ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ)

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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