大人世代にとってのセラピー。アデル待望のニューアルバム『30』
最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、アデルのニューアルバム『30』をレビュー。
大人世代の心のセラピーとしての、世界的歌姫の告白的アルバム
私事で恐縮だが、もう間も無く30代に入ろうとしている。何かが大きく変わるわけではないにせよ、その数字の重みを思うと子どもの頃はすっかり遠くなりにけり、ついに紛れもなく大人になったのだなとしみじみとしてしまう。とともに、かつての友人たちは皆それぞれ全く違う人生へと道わかれて疎遠にもなり、個人的な経験を分かり合える地平にはすでになく……。要は、新しい年代を迎えるにあたり漠然とした不安や寂しさがこのところ積み上がってきているこの頃なのである。 アデルのニューアルバム『30』は、まさにそんな、若者から成熟した大人へ人生が移り変わっていく年頃のえも言われぬ感情を歌った作品だ。『30』というのは(これまでのアルバムもそうであったが)現在33歳のアデルがこのアルバムの制作に取り掛かった頃の歳を指しているそうで、作品自体が彼女のドキュメンタリーのような性格も担っている。彼女自身、出産、離婚、母親としての経験を通じてヘビーな期間を過ごしたようだが、だからこそこのアルバムは、とにかく自分の中から吐き出すことを必要とした結果生まれた作品なのだそうだ。「Easy On Me」では結婚生活の終わりを正直に告白、「Woman Like Me」では離婚した相手への煮え切らぬ想いを歌いながらも、「Cry Your Heart Out」ではスウィングするリズムとともに<自分の心を大声で叫べ>と軽やかに繰り返すなど、苦い経験も誰かに打ち明けることでアデル自身、傷ついた心を少しずつ癒していることが今作の歌詞には見て取れる。「Hold On」は彼女自身にとっても今作のハイライトと言える楽曲なのだそうで、ひどい状況にいることを自覚しながらも<Love will soon come, if you just hold on(諦めなければ、愛はもうすぐ訪れる)>と優しく力強く自分を鼓舞する様子には、思わず涙腺が熱くなる。
今作はまた、楽曲のアレンジもこれまでになく多彩だ。アデルらしい、クリーンでエモーショナルなピアノ・ソングだけにとどまらず、主にアルバム前半では、テイラー・スウィフトをも手がけた、ポップス界のスーパー・プロデューサー、マックス・マーティンや、ベックなどを手がけるグレッグ・カースティンとのビートの効いたアップテンポなアレンジの楽曲が並び、このアルバムが決して暗く起伏のない私小説的な作品なのではなく、うずまく感情をパワフルに昇華しようと試みた、ポップ・アルバムでもあることを伝えている。後半には、今年リトル・シムズをプロデュースしするなど、ロンドンのシンガー・ソングライターシーンのキーパーソンとなっているInfloがプロデュースした楽曲が。先述の「Hold On」も彼の手によるもので、柔らかに流れていくきらびやかなピアノの音色と慈愛に満ちたアデルの歌声が幸福感溢れるコーラスとともに届けられ、そのぬくもりに、胸につかえていた感情が洗い流されていくようにも感じる。
今作について「人生においてこんなにピースフルに感じたことがないと思える場所に辿り着いた」と語るアデル。人生が進むにつれ、周りの人たちと生活や生き方が個々に違うものになっていくと、プライベートな悩みというのはなかなか共有できないもの。だからこそ、音楽を通じてであれ、それをただ聞いてもらうことは彼女にとっても癒しになったことだろう。「再び喜びを見いだすことができるのかどうか分からなくなっていた」とまで語っていたアデルだが、そこから殻を破った彼女の姿はすがすがしく、「誰が私の世代のための音楽を作るの? その役割は私が受ける」という彼女の言葉通り、同世代の大きな希望にもなってくれた。彼女自身のセラピーとしての今作は、また私たちにとってのセラピーなのである。
Adele(アデル)『30』
国内盤CD(解説・歌詞・対訳付き) ¥2,640
完全生産限定盤CD(解説・歌詞・対訳付き、紙ジャケット仕様+ボーナストラック3曲)¥2,860
完全生産限定盤LP(解説・歌詞・対訳付き、2LP) ¥5,940
2021年11月19日リリース/ソニー・ミュージックレーベルズ
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Text:Nami Igusa Edit:Chiho Inoue