ceroの荒内佑、初のソロ作『Śisei』で体感するあたらしいポップス | Numero TOKYO
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ceroの荒内佑、初のソロ作『Śisei』で体感するあたらしいポップス

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、arauchi yuのアルバム『Śisei』をレビュー。

クラシック音楽とサンプリングを縦横に織り込んだ、絵画のような新しいポップスのかたち

arauchi yuこと、ceroの荒内佑の初のソロ作である今作。もともと、ceroの中でも楽理に通じ、ハーモニーやリズムの組み立ての部分に大きな役割を担ってきた荒内のルーツは実は幼少期から聴いてきたクラシック音楽にあるそうで、今作はその音楽的な原体験をもとに構想が練られていた作品なのだそうだ。サウンドは、豊かな彩りをもって奏でられる弦楽器や木管楽器、ピアノの生の音色が中心。だが、楽曲の全体の印象はクラシックというよりもトラック・メイクによって構成されたもの、というほうが近い。難解な聴き心地ではないのだが、楽器同士がメイン / バックとはっきりと役割分担をしていないため、どれかの楽器だけを聴いていれば全体像が掴めるわけではない、というのが今作の興味深いところだ。 各楽器が「いっせーの」で同時にコードを奏でる瞬間は作品を通して少なく、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノ、クラリネット、フルートといった楽器が入れ替わり立ち替わりしながら短いフレーズをミニマルに繰り返すことで大きなひとつのメロディを形作る、といった構成が特に耳を惹く。リズムも独特で、小節の頭や裏拍にビートを置くポップスの定型からやや逸脱しているため、聴いているうちに、少しだけ足が地面からフワリと浮いてしまうかのような感覚にも誘われる。今作は印象派のクラシック音楽や現代音楽からインスピレーションを得たそうで、メロディやリズムが一度バラバラに分解され、再構築されて空間の中で自由に鳴っているような聴こえ方をする点は、確かにそうした音楽にも通じるところ。直感的にラヴェルの「水の戯れ」などを想起するリスナーもいるかもしれない。

そう、たとえるなら、岩や茂みにランダムにぶつかり形を変えながらも、ただ滔々と流れていく川の流れのような──。ポップスの型から逃れた自由さと、その中にあるミニマルな規則性が今作には両立している。また同時に、筆が踊り絵が目の前に描かれていくインスタレーションのような映像も、頭の中に立ち上がってくる。しかもそれは、淡いタッチの点描によって描かれ、少し引いて見ることによって描かれているものの輪郭が理解できるような、モネの絵画のようなイメージだ。いずれにせよ、どれかひとつの楽器あるいはヴォーカルが明瞭なメロディ・ラインを担うという、私たちが普段よく耳にするポップ・ミュージックとは少し違う音楽体験が今作からは得られるのが面白い。

他方、今作は単なる器楽によるクラシック音楽というだけではなく、少しイビツで異物感のあるサンプル・サウンドがあえて楽曲の随所に散りばめられたり潜り込んだりしているのもポイントだ。ベーシストであり作曲家で、クラシック、現代音楽から、エレクトロニックにまで造詣の深い千葉広樹をパートナーに、自身のルーツであるクラシックをもとに、青年になってから夢中になったというエレクトロニック・ミュージックやサンプル・ミュージックの要素を取り込んだことで、自分らしい音楽になった、と荒内自身は語る。『Śisei』というのは「刺青」のことで、こうした今作の「コラージュ」感覚を指しているのだそう。世界の地域の中には、刺青を入れることが成熟の証とされるところもあるとどこかで聞いたことがあるが、今作はまさに、荒内の音楽的な経歴を辿りながら、緻密に再構成され、彼の音楽的な素養の成熟ぶりを体現した作品だと言えるだろう。作品そのもののみならず、そんな興味深い出自をもつ音楽家が今の日本のポップスを牽引しているということにも、なんともワクワクさせられてしまうのであった。


arauchi yu
『Śisei』
通常盤CD ¥2,750円(2021年8月25日リリース)
各種配信はこちらから

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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