映画『We Margiela』で偉大なるマルタン・マルジェラを再考 | Numero TOKYO
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映画『We Margiela』で偉大なるマルタン・マルジェラを再考

©️2017 mint film office / AVROTROS
©️2017 mint film office / AVROTROS

ファッションの現場から姿を消した、謎に包まれた伝説のデザイナー、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)とはいったいどんな人物だったのか? 90年代、華やかなモード界に衝撃を与えたマルタンという存在、そしてメゾンのあり方を、共に働いてきたスタッフによる証言と貴重な記録映像で送るドキュメンタリー映画『We Margiela マルジェラと私たち』が公開中だ。

私がいわゆるファッションショーやモードに興味を持った90年代前半。そして、憧れだったファッション雑誌の編集に携わるようになった90年代末。そのとき、既にマルタン・マルジェラは、人と違う、とんがったファッション好きの間では、神的存在で、彼の哲学に憧れ、リスペクトする人はとても多かった。表舞台に姿を表さず、全くもってその実像がわからないのに、圧倒的なカリスマ性があった。

日本初のフラッグシップストア、あの忘れもしない「恵比寿南3-3-3」(ゾロ目の住所にも意味を感じずにはいられなかった)にあった、今はなき一軒家をリノベーションしたお店。ブランド表記は一切なく、住所のプレートが目印。床や壁、ソファや照明、何もかもが真っ白な家。噂によると、マルタンも来日し、一緒に白いペンキを塗っていたとか(真偽のほどは定かではないが…)。パリも東京も、空間全体を白くすることだけでブランドを表現できる、アイデンティティを示せるという凄さ。

古着やヴィンテージのリメイクライン「アーティザナル」はこんな大量の素材から研究されていたとは…。
古着やヴィンテージのリメイクライン「アーティザナル」はこんな大量の素材から研究されていたとは…。

雑誌の中のマルタン・マルジェラへのインタビューを読むも、好きな音楽とか個人的な質問や、核心に触れることには答えず、はぐらかされるというか煙に巻くような回答ばかり。そして、思えば、いつも回答は、「We(私たち)」で始まっていた。そのせいか、マルタンは架空の存在なのではないか説、実は「あの人がマルタンなのではないか」説など諸説がいくつも飛び交っていたように思う。その疑問や謎も、この映画をみて納得、やはりあの回答は、そういうことだったのかと(ネタバレなので書けませんが)。

シーズンごとに配布されたルックブックは紙焼きプリントを貼り付けたスタッフのお手製で、モデルの目はいつも黒いマジックで消され匿名だった。
シーズンごとに配布されたルックブックは紙焼きプリントを貼り付けたスタッフのお手製で、モデルの目はいつも黒いマジックで消され匿名だった。

さらに映画をみて、改めてわかったこと。

本当に、マルタン自身はクリエイション一筋で、お金の香りに吸い寄せられることもなく、コマーシャルなことに色めき立つこともなく、華やかで派手なファッションシーンとは一線を画した、インディペンデントな存在として君臨していたのだということ。

あんなに語るべき要素だらけの服なのに、デザインし作ることに徹し、本人は一切語らない。そんな職人気質なマルタンを支え、ブランドを代弁する敏腕スタッフによってメゾンが成り立っていたこと。まさに私たち=マルジェラなんだと実感しました。

超オーバーサイズのメンズのトップを‘見えない’トップでひだをつけてジャストサイズにするというアイデア
超オーバーサイズのメンズのトップを‘見えない’トップでひだをつけてジャストサイズにするというアイデア

それまでのファッションの歴史の中で、マルタン・マルジェラほどに、服の概念を根本的に覆すような、新しい服の概念までを作り出したデザイナーはいなかったのではないだろうか。

今のトレンドとして定番のようになっている、コートやシャツの着方が何通りもあるとか、袖や肩を抜く的なアイデアは、彼がいなければ生まれなかったかもしれない。裏返しでも、前後反対でも、オーバーサイズでも、袖が複数本あっても、さらに袖に手を通さなくてもいいんだ。作りかけでも、前身頃しかなくても、陶器や靴下や手袋、どんな素材で服を作ってもいいんだ、という、これまでの服の常識を取っ払い、服に自由と可能性をもたらしてくれたような気がする。

そして、今、マルタンの生み出した、(映画の中ではリリース当時白い目で見られた的な印象でしたが)画期的なタビブーツは、再びブームを呼び、メゾンのシグネチャーとして、シャネルのマトラッセ、カルティエのタンク、サンローランのスモーキングスーツのように、モード界の伝説の名品になっているように思える。

最後に、映画の中のエピソードで印象的だったのが、ブランドのネームタグにネームを入れず、白い布を4箇所の白糸で止めるだけのタグに決定する時に、お母さんが自分の名前がないと悲しむ、というコメントをしていたということに、マルタンの人間味溢れる部分に触れた気がして微笑ましくなりました。そりゃそうだ、小説家だとして、せっかく本になった小説に記名がないのと同じだもの。

というわけで、ファッション史に大きな転機をもたらした、マルタンという謎に満ちた人物と、その謎を作っていたメゾンの真実を映画『We Margiela マルジェラと私たち』の中で、少しだけ解き明かしてくれたような気がします。でもマルタン自身が登場しないあたり、やっぱり謎は謎のままなのですが…。

『We Margiela マルジェラと私たち』

監督/メンナ・ラウラ・メイール 
出演/ジェニー・メイレンス(声のみ出演)、ディアナ・フェレッティ・ヴェローニ(ミス・ディアナ)ほか
2019年2月8日(金)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開中

©️2017 mint film office / AVROTROS

©️2017 mint film office / AVROTROS

Profile

佐々木真純Masumi Sasaki フィーチャー・ディレクター/ウェブ・コンテンツディレクター。大学在学中から編集プロダクションにて雑誌などに携わる。『流行通信』編集部に在籍した後、創刊メンバーとして『Numero TOKYO』に参加。ファッション、アート、音楽、映画、サブカルなど幅広いコンテンツを手がける何でも屋。操上和美が撮影する「男の利き手」や「東信のフラワーアート」の担当編集。ここ数年の趣味は山登りで、得意芸の“カラオケ”は編集部名物。自宅エクササイズ器具に目がない(なんならコレクター)。

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