音楽と映画のプロが語り合う!『ジュディ 虹の彼方に』がもっと面白くなる見どころトーク | Numero TOKYO
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音楽と映画のプロが語り合う!『ジュディ 虹の彼方に』がもっと面白くなる見どころトーク

『パラサイト 半地下の家族』(19)の快挙で沸いた本年度のアカデミー賞授賞式。多くの映画ファンが驚かされる結果となったが、反対に“最も盤石”だった部門は、主演女優賞に違いない。 3月6日(金)より全国公開中の『ジュディ 虹の彼方に』(19)で伝説のスター、ジュディ・ガーランドを演じ切ったレネー・ゼルウィガー。『ジュディ 虹の彼方に』(19)で伝説のスター、ジュディ・ガーランドを演じ切ったレネー・ゼルウィガー。「憑依」と呼ぶにふさわしい彼女の演技は、目線や話し方はもちろん、『オズの魔法使』(39)で一世を風靡した歌声までも完ぺきにトレースしていた。劇中の彼女を観れば、オスカー獲得は納得だろう。 それだけでなく、1人の女性の波乱万丈な人生を描く人間ドラマ、LGBTQの要素やハリウッドの負の部分を描く現代的なテーマも要注目。今回は、そんな本作の魅力を、プレス(マスコミ用資料)やパンフレットにも寄稿している音楽評論家の中島薫と、映画ライターのSYOの対談という形で紐解いていく。

(左)中島薫 (右)SYO
(左)中島薫 (右)SYO

中島薫(以下、中島)「本作を観てすごいと思ったのは、何よりレネー・ゼルヴィガーが“ものまね”で終わっていないところ。映画とかTVショーを観て研究し尽くしたでしょうに、それをあまり出さないで自然に表現している。その点に一番感心しました。ジュディ・ガーランド自身とても複雑な人ですが、レネーの演技は説得力があって嘘くさくなかった。愛嬌があって、悲惨になりすぎない。ジュディもコメディエンヌとして素晴らしい人でしたし。最初にレネーと聞いたときはイメージが湧かなかったので、映画を拝見したときびっくりしました」

SYO「『ブリジット・ジョーンズの日記』(01~16)や『シカゴ』(02)を観てきた身からすると、『レネー、ここまで変わるんだな……』と予告編の段階で衝撃的でした。歌が上手いのはこれまでの作品で分かってたけど、歌い方も変えてきて『レネーを観ている』という感じがなかったんですよね。レネーは1年間トレーニングして、4カ月リハーサルしたと聞きました。ジュディが亡くなった1969年にレネーが生まれたそうで、レネーは生のジュディを知らないんですよね。それもすごいなと」

中島「笑い方とかしゃべり方、息継ぎもそっくりなんですよ。ジュディって間の取り方がすごく絶妙な人で、そのへんも特徴をつかんでいて驚きましたね。アメリカではジュディの知名度は抜群でファンが多く、ある程度似ていないとお客さんが文句言うから(笑)、大変だったと思いますよ」

SYO「ジュディが最初にステージでちゃんと歌うシーンで、レネーの目の演技がすごいなと思いました。あれも、ご本人があんな風に歌われていたんでしょうか?」

中島「ちょっとね、イっちゃったような目をするときがあるんですよ」

SYO「そうなんですね! 瞬きをしないでずっと目が静止してるみたいでした」

中島「何百回とTVショーを観て、エッセンスを得たんだと思います。本当によく似ていました。原因が薬なのかお酒なのか分からないけれど、ジュディは時々ちょっとアブない目をしていたんです」

SYO「なるほど……。歌声も、どこまで伸びるんだろうという感じで圧倒されました」

中島「ジュディの歌い方って、テクニックじゃないんですよ。そのときの感情がもろに出るから感動させるんだと思います。レネーはそこもよく捉えていました。僕、NYにダンサーの友人が多いんですが、実際にジュディのバックで踊っていた人がいるんです。意見が合わないとワイン持って楽屋に籠って出てこなくなっちゃうとか、近づきがたいものがあったみたいですね。でも間近で歌を聴くとあれ以上の人はいないそうです。『本物の天才シンガーだった』と言っていました」

SYO「すごいな……。ちなみに、劇中のジュディはコンサート中のMCでお客さんをイジっていましたが、実際もあんな感じだったんですか?」

中島「あれはけっこう忠実です。客とのやり取りが上手で、アドリブでしゃべるのもとても得意な人でした。お客さんから野次られて途中で出て行ってしまうのも、全部本当です。ジュディが生まれた時代は、レコードやラジオが発達した一番良いとき。どんどんオーディオ面が進歩して、スタンドマイクからハンドマイクが出てきました。最初にハンドマイクを使ったのはフランク・シナトラなんですが、ハンドマイクのおかげでステージを動き回れるようになって、お客さんの顔が見えて歌詞も伝えやすいし、すごい発明でした。ジュディもハンドマイクを上手く使っていた人ですね。エンターテインメントのオーディオ面での歴史とともに歩んだ人だから、そういう見方もできて面白いです」

SYO「お客さんに語りかけるように歌ったり、動きも印象的でした」

中島「本当に上手でしたね」

SYO「ライブシーンを筆頭に、お客さんへの愛情がすごく伝わってきて。お客さんがいるから、自分がボロボロになっても舞台に立とうとし続けるところが素敵でした」

中島「やっぱりそこなんですよね。生粋のエンターテイナーなんですよ。そういうところが映画から伝わっていて、昔から聴いている身としてはうれしいです。人間愛に満ちている人ながら無責任で傍若無人なところもあって、お酒やドラッグをやっていなければ……と思うところもありますね。47歳で亡くなったけど、僕は長生きだと思っています。16歳のときから薬物を常用していたのに……もっと早くに亡くなっていてもおかしくなかった。相当強靭な肉体の持ち主だったんじゃないかな」

SYO「たしかに」

中島「実は本作で描かれるロンドンのトーク・オブ・ザ・タウンのショーのあとにも、ジュディはコンサートをやっているんです。それを聴くとやっぱりすごく声が出ていて、晩年はヨレヨレだったっていうのは嘘。好不調の波は激しかったけど、最後までお客さんを楽しませようという気概があった。それは教わったものじゃなく、持って生まれたものだったと思います」

SYO「才能ももちろんですが、ジュディのパフォーマンスはある種、仕込まれた芸でもあるじゃないですか。それが彼女の救いにもなるというのはけっこう皮肉ですよね。休みたかっただろうに、お客さんの前にも立ちたいというところが人間くさい。お金のためだけじゃなくて、お客さんに楽しみを届けるという仕事に、自分の存在意義を感じていたんだと。何度も逃げ出そうとするけど、その度に戻ってきましたもんね」

中島「やっぱり舞台で拍手を浴びちゃうとね。映画では『火がついた』と訳していましたね。あれは上手い翻訳だと思いました」

SYO「ジュディのことを調べていたときに、役者としては陰りが見えたタイミングでライブショーにシフトしたことでジュディの新たな魅力が引き出された、という解説を読みました」

中島「劇中ではルーファス・シーウェルが演じている、シド(シドニー)・ラフトという夫のおかげです。彼がパレス劇場などの大きい劇場でのコンサートをブッキングしたんです。親権で揉めてるところばかり出てきましたが、ジュディの人生にすごく貢献した人なんですよ。生涯で5人の男性と結婚したジュディですが、シドを一番信用していたと思います。そのシドとの娘であるローナがミュージカルで来日した時にインタビューしたんですが、お母さんは面白い女性だったそうです。コメディのセンスが抜群で、どんな最悪なときでもジョークを言ってみんなを笑わせていたそうです」

SYO「親子愛も沁みましたね……。劇中にゲイのカップルが登場しますが、LGBTQの方々への目線もすごく優しかったですね」

中島「あそこもしつこくやらなくて、よかったですよね」

SYO「本当に。どうしても今の映画ファンとしては、『LGBTQがトレンドだから入れたのかな?』みたいな感覚にもなっちゃうんですよね。でもそう感じさせないフラットな演出でした。ジュディが、自分のファンであるゲイのカップルの家に遊びに行って、一緒に歌うところが泣けて……。もちろんラストも感動するんですが、それに匹敵するくらいのいいシーンですよね」

中島「上手いですよね。もっとべったりやりがちだけど、長々とやりすぎないところがよかった。ピアノ伴奏だけで歌う『Get Happy』も素晴らしかったですよね」

SYO「おっしゃる通り、本作って感動の余韻を意図的にちょっと短くしている気がしています。特に冒頭から中盤まで。カタルシスを必要以上に感じさせない。作品全体としても、良い意味できれいごとじゃない。グッとくる部分とか感動的なシーンも入っていますが、根本的には悲観的な要素があって、“良い話”で終わらないところが素晴らしかったです」

中島「ある意味冷めた目で、俯瞰的に撮っていますよね。“お涙頂戴”的な感じはあえてやらなかったんだと僕も思いました。薬物中毒でヨレヨレになるところもヘビーにやらないで、演出のさじ加減がとても上手でした」

SYO「ちなみにジュディは、今でもLGBTQコミュニティの方にとって大事な存在なんですか?」

中島「そうですね。本作の基になっている『End Of The Rainbow』をブロードウェイでやったとき、叩かれたんですよ。当時のジュディを知っているゲイのファンがみんな観に来て『これはジュディじゃない』って怒ったんです」

SYO「へえ! じゃあますます、本作がヒットして高評価なのはすごいことなんですね」

中島「僕、『End Of The Rainbow』の日本公演の際に解説を書いたんですが、舞台と本作の内容はまったく違いました。映画の脚本、とてもよかったです。舞台だと子ども時代の回想とかもなくて、場面がかなり限られています」

SYO「それは驚きです」

中島「『End Of The Rainbow』の作家ピーター・キルターが日本に来たときに会ったんですが、もともとジュディ本人に興味はそんなになかったそうです。パフォーマーとしての生き方に興味を持ったみたいで。映画のほうは、セリフや描き方にジュディへの愛情が感じられましたね。そこが大きな違いになっていると思います」

SYO「そうなんだ。面白い……」

中島「個人的に気になっていたのですが、SYOさんのような若い人が本作を観たら、どういう捉え方なんでしょう? 今だとジュディみたいな人が生きていくのはなかなか難しいじゃないですか」

SYO「『ショービズに殺された人なんだろうな』というのはすごく思いましたね。スタジオからアンフェタミン(覚せい剤)を“痩せ薬”として常用させられていた点など、衝撃的でした。『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(15)にもその描写が出てくるそうですが、当時のショービズ界の“普通”は今の感覚だと危ういなと……。当時、『風と共に去りぬ』(39)や『市民ケーン』(41)など、今でも残っている素晴らしい映画がたくさん作られたけど、現実はけっこうドロドロしていたんだなと驚きました。余談ですが、レネーって、2010年から6年くらい休業していたんですよね。レネーという“休めた人”が、ジュディという“休めなかった人”を演じるのも時代の変化を感じました。ジュディは『スタア誕生』(54)でオスカーを獲れなかったけど、今回レネーがオスカーを獲ったというところも劇的ですね」

中島「そうですね」

SYO「若い人にも観てほしいというのは本当に思います。取っ掛かりは何でもいいと思う。『アカデミー賞を獲ったから』でも、『感動的って聞いたから』でも。ジュディ・ガーランドという人を知らなくても好きになるというのが、この映画の功績ですね。『その人の人生に立ち会った』みたいな、安っぽい感動ではない何かを感じられると思います。そして本作を観てからジュディ本人の出演作を観てくれたらいいですよね」

中島「実際の映画を観れば、レネーがいかに上手くやっていたかが分かるだろうし」

SYO「あとは最近ヒットが続いている音楽系の映画──『ラ・ラ・ランド』(16)『グレイテスト・ショーマン』(17)や、『ボヘミアン・ラプソディ』(18)『ロケットマン』(19)という伝記映画の系譜にあるという点でも注目です。ボブ・ディランの伝記映画もティモシー・シャラメ主演で製作されるみたいですよね。スティーブン・スピルバーグ監督も『ウエスト・サイド・ストーリー』をやりますし。それは流行っているから、というだけではないんじゃないかな。ほかでは得難い感動が“音楽映画”にはあるんだろうなと。『良い音で聞きたい』っていう映画館で観る理由もありますよね」

中島「伝記映画が最近多いっていうのは、何か理由があるんですか?

SYO「どうでしょう。LGBTQのことを描けるようになったのは、一つ理由になるかもしれません。『ボヘミアン・ラプソディ』『ロケットマン』『ジュディ』……全部その要素がありますね。数年前に『キャロル』(15)という作品があったんですが、製作総指揮・主演のケイト・ブランシェットにインタビューした際、『実現までにすごく時間がかかった』と話していました。ハリウッドであってもそういう状況だったそうです」

中島「意外ですね」

SYO「そういった意味でも、今だからちゃんと作ることができた映画だと思いますし、劇場に観に行く意義を感じさせてくれる作品だと思います。ジュディという1人の人間の人生に立ち会うという部分は、彼女を知らない世代にも響くでしょうし、お客さんのためにここまで自分を燃やし尽くした人がいたということ自体がすごく美しい。人物も歌もストーリーも、感動できるものです。面白さの保証としては、アカデミー賞主演女優賞を取っているので、安心して劇場に来てほしいです」

中島「ジュディ・ガーランドの歌はキレイすぎないので、そこも若い人には新鮮だと思います。今はレコーディングでどうにでもなるけれど、調子が悪いときはそのまま悪い。そのまま出てしまう感じが、だからこそ舞台に向いていたんです。僕は、そういう荒っぽいところを感じ取ってほしいです。それと『Get Happy』は90年も前に作られた曲ですが、いまだに人を感動させることがあるということ。スタンダードの楽曲の素晴らしさに触れて、楽しんでいただきたいです」

『ジュディ 虹の彼方に』

原作/舞台「End Of The Rainbow」 ピーター・キルター
監督/ルパート・グールド
脚本/トム・エッジ
キャスト/レネー・ゼルウィガー、フィン・ウィットロック、ルーファス・シーウェル、ジェシー・バックリー、マイケル・ガンボン ほか
配給/ギャガ
3月6日(金)より全国公開
gaga.ne.jp/judy

© Pathé Productions Limited and British Broadcasting Corporation 2019

 

Text:SYO

Profile

中島薫Kaoru Nakajima 音楽&ミュージカル評論家。国内や来日ミュージカルの公演プログラムなどに寄稿。監修・執筆作に、『魅惑のミュージカル鑑賞入門』(世界文化社)。最近は、演劇誌『アクトガイド』(東京ニュース通信社)に寄稿している。
SYOショウ 1987年、福井県生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画Webメディアでの勤務を経て、映画ライター/編集者に。Twitter: @syocinema

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